#009-第3話「石狩鍋」

 三十分後、俺たちは少し早めの夕食の席についていた。やや緊張した面持ちの中林さんも一緒である。


「二人増えると、なんか一気に大所帯感が出るね」


 リオが鍋を眺めながら、少し嬉しそうに言った。鍋の中身は、北海道名物である「石狩いしかり鍋」だ。


 「石狩鍋」って何だ、だと? 君の目の前にある端末は、ネットに繋がっていないのかね?


 「石狩鍋」をものすごく適当に説明すると、鮭がふんだんに入った、味噌とバターで味付けされた鍋料理である。味噌の風味にバターのコクが合わさり最強に見える、そういう料理だ。あとは某有名レシピサイトあたりでも検索して、是非一度お試しいただきたい。


 なに、そもそも「石狩」ってなんだ、だと? ええい、君は北海道を侮っているのかね? 石狩というのは、札幌の隣の市の名前だ。具体的にはグーグルマップ先生やWikipedia先生に尋ねてみると良い。


 俺がそんな具合で一人憤慨していると、中林さんが俺の脇をつついてきた。


「私なんかが、本当にいいのだろうか?」


 俺はその問いかけの意味が分からず、首を傾げた。


「その、つまり、私がいじめられていたという話はしただろう。あれ以来、他人と同じ皿のものをとったことがなくて」

「ああ」


 俺は頷いた。その時には、リオが俺たちの間に挟まっていた。


「絵里ちゃん、いいんだよ。いっぱい食べてね♡」

「あ、うん」


 あの中林さんが、著しくペースを崩されている。状況を理解したリオ母とリオ父が顔を見合わせた。リオ母が言った。


「中林さんには凛凰が世話になっているから、いいのよ、このくらい。家庭教師代だと思って」

「は、はい、でも」


 中林さんの眼鏡が、鍋の湯気に煽られて曇った。それを見て冴羅が小さく噴き出した。


「絵里さん、うちのお父さんもお母さんも、にぎやかなのが好きなんだから、遠慮しないでね」

「そうだよ、絵里ちゃん。ささ、食べよう食べよう」


 リオは自席に戻ると、にこやかに言った。


 リオ母やリオ父は、中林さんへしきりに感謝の念を述べつつ、さりげなく中林さんの趣味や嗜好を聞きだしていた。結果わかったのは――いわゆるレズビアンである事は巧みに伏せられていたが――、中林さんがかなりの文学少女であるということだった。


 曰く、国語の勉強の一環としての読書がきっかけだったらしいが、その内に物語というものの面白さに傾倒していったのだという。その読書量は年間五百冊にも及ぶ、とのことだ。


 しかも、読むのは小説に留まらないようで、歴史書や神話、哲学など多岐に渡るようだった。しかも、原書で読む事すらあるのだという。


 ……俺レベルでは足元にも及ばない存在だという事を痛感させられた次第。学力にはそこそこ自信はあったが、中林さんのそれは「学力」という枠にはまってすらいない。天才とカテゴライズするのがしっくりくる人だったのだ。


 中林さんはリオやリオ母のペースに乗せられて、結構な量を食べさせられていたように思う。


「あ、もう結構です。すみません、食べ過ぎました」


 さらに盛り付けようとしたリオ母に、中林さんは慌ててそう言った。リオ母は少し残念そうな顔をしたが、それ以上の強要はしなかった。リオはそこにフォローを入れる。


「絵里ちゃん、結構食べたねぇ!」

「食べ過ぎた……」


 中林さんは、冴羅が入れてくれたコーラを飲みながら、そう繰り返した。そしてしみじみと言った。


「でも、美味しかった……」

「あら、嬉しい♡」


 リオ母は上機嫌で両手を合わせた。リオ父もニコニコしながら中林さんを見ていた。


 だが、その直後、全員が慌てる事態が起きる。

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