#006 「愛してる」の意味と価値

#006-第1話「あたし無しでも、うまく……」

 日付が変わった頃(つまり今、十月十二日土曜日になった所だ)、姉が帰宅した音が玄関から聞こえてきた。そしてそのまま居間の方へ入ったようだった。


 俺はこんな時間まで、例のPの付く投稿サイトで、リオの作品を眺めていた。何度見てもどこかこそばゆい、そんなストーリーが面白おかしく綴られていた。


 ギョッとするほどシリアスだったり、「そんなにだったか?」というくらいハイテンションなものまで、実に様々だ。ただ、姉の事は巧妙に伏せられており、それによって「重さ」はあまり感じられない展開が多かったように思う。こうして見ると「姉の存在」がどれほどまでに俺たちに大きなものとなっているのかが、よくわかった。


「俺も何か書いてみようかな」


 なんて思い立ち、テキストエディタを立ち上げる。書いてみると言っても、SFを書くほどの知識はなかったし、ファンタジーのための舞台設定も何もない。それに俺が書きたいものは、どうやらその手のものではないようだった。


 そうだな、カテゴリーで言うならば、「日常」とでも言ったら良いのだろうか。「脚色付き日記」という表現が正しいのかもしれない。


 白い画面の前で唸っていると、姉が階段を上ってきた。そして一度は隣の自室に入ったが、程なくして「起きてる?」と囁きつつ、俺の部屋のドアをノックした。


「起きてるよ。どうぞ」


 俺はテキストエディタを最小化すると、椅子を回してドアの方を振り返った。そこには白いブラウスとスラックスを身に着けたフォーマルな出で立ちの姉が立っていた。


「しつれいしまーす」


 姉は入ってくるなり、俺のベッドに腰を下ろした。そして腕時計を外しながら訊いてきた。


「どうだった、試験」

「うん、上手くいったと思う」


 俺は頷きながら答え、姉の表情を観察した。姉も俺を観察しているようで、じっと瞬きもせずに俺を見ていた。視線が一瞬、交錯した。


「そっか」


 ややしばらくの沈黙の末、姉はそう言った。そして伸びをして、そのまま上半身をベッドに倒れこませた。


「よかった」


 寝転がりながら呟く姉。だが、その声は少しトーンが低かった。


「……あたし無しでも、うまくやれるようになったんだね」


 想定通りの言葉だった。姉も言うかどうか考えていたのだろう。その言葉が出るまでに、随分と時間がかかった。


 そんなことないよ――俺はそう言えばいい。


 だが、俺の口は頑として動かなかった。どうしても、言葉が紡げなかった。


 姉は寝転がった姿勢のまま、俺を横目で見ていた。その疲れたような視線に、俺はさらに萎縮させられる。


「ハルちゃん」

「……うん?」

「あたしは大丈夫だよ、ハルちゃん」


 姉は短くそう言って、勢いよく身体を起こした。そしてブラウスの第二ボタンを外し、襟元を緩めた。その仕草があまりにも色っぽくて、俺は思わず凝視した。姉は小さく笑う。


「ハルちゃん、今日はそのウサミミ、誰にも見えない日だよね」

「あ、ウサミミ」


 言われて初めてその事を思い出す。そうだ、新月の日以外は、漏れなくウサミミが生えるようになっているのである。


「今日は満月じゃないから、大丈夫」

「そっか」


 姉はベッドに腰掛けた姿勢のまま、腕を組んで少し考え込んだ。


「ドライブデート、する?」

「こんな時間に外出したってバレたら、また怒られるよ」

「それもそうか」


 姉はちょっとだけ笑った。そして、自分の隣をパンと叩いた。


「じゃぁ、ハルちゃん、ここ座って」

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