#005-第5話「月と地球の関係」

「そうだね、きっと」


 リオが肯いた。俺は天井を見上げたままだ。


「そん時にさ、何も言わなかったら、なんかずるい気がするんだ。俺の答えを、俺の考えを、放棄してる気がして。それにさ、『そうだね』なんて俺には言えない。たとえそれが事実だとしても」


 はぁ。


 溜息が出た。


「だから、『そんなことないよ』って。そう言うことしかできない」

「多分ね、お姉さん、そんな迷いとか全部分かってると思うよ」

「うん。俺なんかがいくら考えたって、姉ちゃんの考えには及ばないし」


 俺は視線を落とし、リオの頭を軽く撫でた。リオは俺をじっと見ていた。


「でもさ」


 俺はリオの頬に触れた。少しひんやりとして、そして貼り付いてくるような肌だった。


「たとえ見抜かれていたって、予定調和みたいなものだったとしたって、俺は『そんなことないよ』って言うと思う。俺たちはきっとわかってる。少しずつこうして距離を取っていかなきゃならないってこと。だから、嘘でも、なんでも、そうやって誤魔化してでも、気付かない振りをしてでも、緩やかに離れていかなきゃ」

「ハルくん」


 リオは俺の顔に両手を伸ばしてきた。「お姉さんに聞いたんだけど」――その指先が俺に触れた。


「月と地球って、少しずつ離れていってるんだって」

「そうなの?」

「一年で三センチとか四センチとか。わずかな距離だけど、ちょっとずつ確実に遠くなっているの」


 月と地球の距離を考えたら、それはほんの僅かな距離のはずだ。


「だから、月も地球も永遠に在り続けるとしても、いつかは互いに見えなくなってしまうんだ」


 リオは言う。


「ねぇ、ハルくん」

「うん?」

「月と地球は、お互いに影響を及ぼしあっていることは知ってるよね」

「潮の干満とか、そういうの?」

「それもある。でも、お姉さんによると、地球の自転の安定性にも一役買っているんだって。今の二十三.四度の地軸の傾きを維持できているのは、月のおかげなんだよ」


 そうだったのか。


「月が遠ざかっていくに連れて、地球の地軸はブレブレになっていって、当然今のままじゃいられなくなる。月が完全になくなっちゃうと、地球は今の何倍ものスピードでふらふらと回り始めて、もうどうにもならなくなる」


 リオが言いたいことはわかった。俺と姉を、地球と月との関係に見立てているのだ。

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