#003-第6話「不器用の結果」

「絵里ちゃん、妹いるんだ?」


 リオがポテトをもぐもぐしながら首を傾げた。中林さんは小さくうなずく。


「兄もいる。兄はT大理Ⅲだな」

「T大!」


 俺とリオの声がハモる。天下のT大、しかも理Ⅲ! 名実共に最強の学部である。偏差値80くらいじゃなかったっけ? 少なくとも俺やリオには縁のないレベルの大学である。


「あれだけ勉強する環境が整っているなら、当然の帰結だ。逆に行けないほうがおかしいだろう」


 クールに言い放つ中林さん。いや、普通の頭脳では、どんだけ勉強してもT大の他の学部にすら行けませんから。


「私は一回目の喫煙発覚の時点で、早々に見放されてしまったがな。おかげで塾にも行かせてもらえていないし、家庭教師もついていない。自由にやれる身分ではあるが、まぁなんだな。ここまで露骨に見放されると、俄然やる気になるな」


 中林さんが眼鏡を掛け直す。チャキッという擬音が聞こえてきそうだった。


「絵里ちゃん、すごい!」


 リオが目を潤ませながら言った。中林さんは少し居心地悪そうな表情を浮べる。


「悪あがきだ。なんてことない」

「それができるところがすごいよ! 私なら……」

「鹿師村さんはこんな事になる人ではない。だから、その想定は無意味だと考える」


 どこまでもクールである。


「私は友達を作るのが下手だからな。そう、大鷹君のようにな」


 そこでいきなり俺に話が向けられた。俺はモブキャラの反射反応で、無駄に視線を彷徨わせた。中林さんは「やれやれ」といった具合で首を振り、前に流れてきた髪を後ろに流す。


「まぁ、そんなだから、『女子の彼女枠』なんていうものを作り出したのだ」

「それ……不器用の結果だったんだね」


 俺は息を吐きながら言った。中林さんは曖昧に肯いた。


「だとは思うのだが、私の脳内は元々百合畑だったのかもしれないな。今となっては判然とはしないが」


 中林さんの唇の端に乗せられる、微かな笑み。リオが唾を飲み込みながら中林さんを見つめていた。みとれている、のだろうか?


「さて」


 中林さんは左手にした小さな腕時計を確認した。俺たちもつられて時計を見る。午後七時半になっていた。


「今日はなんだかおかしな話に付き合わせてしまって、すまなかった」

「そんなことないよ、絵里ちゃん。大事な話をしてくれたんだよね、ありがとう」

「ははは、鹿師村さんは本当に天使みたいな人だな」


 レンズの奥の目がすぅと細まった。一瞬、そこに猛禽類的な気配を感じたが、多分気のせいだ。うん。そういうことにしておく。


 そう言い聞かせている俺に、中林さんは「大鷹君」と、顔を向ける。

 

「は、はい?」


 お約束通り、キョドる俺。中林さんはうっすらとした笑みを唇の端っこに浮かべ、俺と目を合わせた。


「ミトコンドリアは」

「み、ミトコンドリア?」


 また話が戻った――!?


 中林さんはニヤッと露骨な笑みを浮かべた。そこに篭る感情は、よくわからない。


「あれはね、単体では生きられない。そして細胞もミトコンドリアなしでは生きられない。それはという関係であるが、悪い事ではない」

「はぁ」


 唐突に何か難しい話をされた。


「羨ましいよ。君たちは何もかも共有できるのだろう?」

「うん」


 満面の笑みのリオ。しかし俺には……。謎の声の件は、未だにリオには秘密にしている。


 中林さんは何度か頷き、俺をチラッと見て言った。


「私もいつかはそういう人を見つけたいものだ」

「私たちでよければ何でも」

「……まぁ、変な話を聞かせてしまったしな。だが、私は君たちの邪魔をするつもりはない。暇なら絡んでくれて構わない、程度だ」

「不器用だなぁ」


 俺は思わず言い、中林さんはまたクールに微笑んだ。


「不器用はお互いさまだ。では、私は今日はこのあたりで」

「うん」

「試験勉強、抜かりなくな」

「あ、絵里ちゃん待って。LINEやってる?」

「……登録は晶乃しかいないが」


 中林さんがカバンからスマホを取り出す。藍色の、これまたクールなデザインのケースに入っていた。


「私、登録して良い?」

「……良いのか?」

「もちろん」


 二人はLINEのIDを交換していた。俺はそれを眺めている。さすがに俺は、他の女子とIDを交換するのは何だか躊躇った。リオもその辺は強要してこない。俺だって、リオが他の男子とLINEでやりとりしてたら何かイヤだし。ん? この感情はおかしくないよな?


「よし、おっけー。ありがとう、絵里ちゃん」

「よろしく頼む。既読スルーには、目を瞑ってくれ」

「わかった」


 リオはカバンを持って立ち上がった。トレーにゴミやら何やらをまとめて、俺もそれに続いた。

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