#003 晴れた空にも星は見えない

#003-第1話「数学ガール」

 十月十日から十一日にかけては、二学期の中間試験がある。


 今回は姉も卒業論文の中間発表や家庭教師のバイトなどで予定がぎっしりと埋まってしまっており、俺たちを手助けする余力がなかった。


 ……という事情で、俺とリオは学校の自習室に居残って、必死に勉強をしていた。


 そろそろ休憩しようかとシャーペンを置いた時、中林さんが顔を覗かせた。帰り道になんとなく様子を見に来たのだろう。


「なんだ、面白そうな事をやっているな、大鷹君」

「あ、中林さん。一緒にテスト勉強します?」


 そんな具合で、試験三日前の月曜日には、中林さん(一応言っておくが、眼鏡メイドの学級委員である)が、佐和山さん(こちらも補足しておくと、ウサミミメイドのバレーボール部員である)も連れて俺たちに合流してくれた。


 中林さんは学年トップの学力を持っていたので、これはかなり心強い増援だった。


 ちなみに佐和山さんは、中林さんに拉致られただけの被害者であり、簡単に言えば戦力外である。えて言うならば「絶対に赤点を取らない天才」であったが、多分それはフォローにはならないので沈黙しておく。


「数学の追い込み中か。数学なら得意だ」


 カバンから教科書とノートを取り出しながら、中林さんが言った。その眼鏡がキラリと輝いた。


 その姿に思わず、姉から借りた「数学ガール」という本を思い出した。「数学ガール」についての詳細は、アマゾンの書評でもご覧ください。なお、作中に登場するミルカ女史は、見事に俺のストライクゾーンである。


 でも安心して欲しい。中林さんの特殊性癖を知っている俺としては、中林さんをストライクとかボールとか、そういう風には見られないのである。強いて言うならデッドボールである。


 あ、モノローグばかりじゃなくて、ちゃんと勉強してましたよ?


 そんな具合で数学の詳細な解説を受けていると、瞬く間に時間は過ぎていった。


 時計を見ればもう午後六時を過ぎていた。ざっと二時間半、脇目もふらずに勉強していたことになる。


 それだけの間、俺たち(佐和山さんを除く)の集中力を切らすことなく解説を続けられた中林さんのスキルにも舌を巻く。眠りの魔法を終始放ってくる先生方よりも、ずっと頼りになるじゃないか。


「さ、この辺にしておこう」


 中林さんは教科書と参考書、そしてノートを順に閉じながら言った。そこでリオが提案する。


「ねぇ、絵里えりちゃん、晶乃あきのちゃん、モス寄らない?」


 絵里というのは中林さんのことで、晶乃というのは佐和山さんのことだ。が、佐和山さんはカバンを肩に掛けながら立ち上がると、小さく両手を合わせた。

 

「ごっめーん、私は帰るわぁ。次のバス逃がすと八時近くまで来ないんだぁ」


 佐和山さんはそう言い残して、急いで教室から出て行った。中林さんはなにやら無言で迷っていたが、やがて立ち上がりながら答えた。


「寄り道か。楽しそうだな」

「絵里ちゃん、晩御飯とかおうちに連絡しなくていいの?」

「心配ない。我が家では食事はセルフサービスだ」


 へぇ。そんな家もあるのだなぁ、と俺は素直に思った。


 そこには実は、とても複雑な事情があったのだが、この時点の俺には知りようもないことだった。

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