#002 これって解決方法になりますか?

#002-第1話「黒井家の事情」

 俺は頭の上のウサミミをぴょこぴょこさせながら(だいぶ自由に動かせるようになってきた)、居間のソファでだらりとしつつ、英単語帳を眺めていた。母は急な出張で九州に行ってしまい、姉は黒井さんの家から帰ってきている最中なので、今は家に一人である。


 姉が帰宅するまで、あと十五分くらいだろう。黒井さんの家は藤野ふじのにあるらしく、俺の家からはちょっと遠いのだ。


 晩飯を作るのもなんだか面倒だったが、食べないと姉に怒られるのでカップ焼きそば……正確には「焼きそば弁当」をもって晩飯とした。いや、これでもバレたら多分怒られる。「焼きそば弁当」を知らない? ってことは、同時に作れる「中華スープ」の存在も……!? なんてこった……。ローカルだったの、あれ。


「ただいまぁ」


 姉の疲れたような声が玄関から聞こえてきた。俺はソファから起き上がって、単語帳をテーブルに置いた。その間に姉が居間に入ってくる。今日は白い七分袖のブラウスと、黒いタイトスカートという装いだった。少しフォーマルである。


「あ、居間にいるなんて珍しい」


 ウサミミに関しては、もはやスルーである。お互いに当たり前の光景になっているからだ。


「今日、母さんいないしね」

「そっか。ハルちゃん、晩御飯は?」

「焼きそば弁当あったから、それ食べた」

「足りないでしょ、それじゃ」


 姉はそう言うと、キッチンに立った。


「姉ちゃんは食べたの?」

「向こうでご馳走になっちゃった。断るのも悪いと思って」

「そっか。いいよ、そんな腹減ってないし」

「そう?」


 姉はキッチンから出てくると、ソファに腰を下ろして、隣に座るように促した。断る理由も無いので、俺はそこに座りなおす。姉は密着するようにり寄ってきて、俺の肩に手を回した。寄り添う形になった俺たちは、なんとなくテレビを点ける。ボリュームはほんのわずかに聞こえる程度、まで絞ってしまう。


 俺はリモコンを置いて、姉の方に視線を送った。


「黒井家、どうだった?」

「大変なご家庭だった」


 姉は小さく息を吐く。視線が俺と絡み合う。少しだけ、心拍が上がったのを感じる。


「春先に工場経営してたお父さんが脳出血で倒れて、会社が倒産。お母さんはパートに出て医療費を何とかしてるみたいだけど、生活に回すお金は厳しいんだって」

「……そうなんだ」


 あの明るくぶっとんだ性格の黒井さんからは、想像もつかない家庭環境である。


「工場自体はもう何年も火の車で、お父さんは相当身体にキテたみたい。お母さんはそれをなんともしてあげられなかった事を本当に悔いていたわ」

「お父さんは?」

「もう随分長いこと意識不明なんだって。生命保険があるから万が一でもだいじょうぶだって、お母さんは仰ってたけど」

「……そうなんだ」


 そんな中でも家庭教師を、となると、これは相当深刻な話題になるぞ。俺はそんなことを思いながらも、好奇心に負けて、くようにして訊いていた。


「家庭教師の件は、どうなったの?」

「ん……」


 姉はテレビに顔を向けて、数秒間黙った。そして、

 

「引き受けるわよ」


 至極あっさりとした口調で答えたのだった。

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