#001-第9話「頑張る黒井さん」

 翌朝、黒井さんに姉との話を伝え、姉の携帯番号を教えてあげた。黒井さんは妙にテンションを上げたと思ったら、学校に設置されているたった一台の公衆電話に走っていった。


「いやぁ、バカ……じゃない、大鷹、なまら助かるわぁ」


 黒井さんは戻ってくるなり、そう言って俺の背中を叩いた。小さい身体のどこにそんなパワーがあるのだという一撃である。息が詰まる。


「でも黒井さん。料金交渉もまだでしょ?」

「二千円で良いよって。それならアタシのバイト代で出せるからさ」

「バイト? うちの学校、禁止じゃなかった?」


 そんな話をしていると、リオがさりげなく近付いてきた。黒井さんは俺たちを見ながら頷いた。


「その件で先公に相談してたんだけどさ、昨日オーケーが出て。バイトは学校公認ってことになったのさ」

「すごいね、愛ちゃん! 弟の学費のためにバイトするなんて!」


 リオは目を潤ませている。黒井さんは居心地悪そうに髪を掻き毟る。


「あんまりでっかい声で言わんでくれる?」

「あ、ごめん」

「ま、いいけど。隠すことでもないし」

「うんうん、愛ちゃんすごいよ。えらい。かっこいい」

「誉め殺すのやめれや」


 そう言う黒井さんもまんざらでもなさそうだった。リオに誉められて嫌な気分になるヤツなんてそうそういないだろう。リオは本心で誉めるのだ。これも才能、人徳というものなんだろう。


「まぁ、うちって貧しいくせに子沢山って家庭だからさ、何かとイレギュラーなんだよ。アタシ、中学の時も新聞配達してたしな。今は弟二人がやってるけど、そこから家庭教師代出せってのも不憫ふびんな話だろ」


 うわ、苦労人。なんとなく予想はしていたが、黒井さんは俺たちでは想像もできないくらいの苦労人だったらしい。リオはいっそう目を潤ませると、黒井さんを抱き締めて、もがく黒井さんにお構いナシに「いいこいいこ」し始めた。


「ちょ、やめっ、はずかしっ」

「私、愛ちゃんのことを尊敬します!」

「もういいってば!」


 その時チャイムが鳴って、朝のホームルームが始まった。


 命拾いしたな、黒井さん……。

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