第214話 奇跡の職業サムライ

「コホン………うむ」


 ようやく整列が終わりオレを含めた地球人は王の前に列を作って並んでいた。主に俺のせいで気まずい空気が流れている。咳払いした王の顔も大丈夫なのかと問いかけてくる。


 ――やっちまった……。


 自分の顔面の筋肉が強張るのを感じ取る。冷や汗で脇ジミが出来てる感覚がある。


 主に俺のせいだが……。


 視界の端にある騎士長の眼力など凄まじいとしか形容できない。これが異界の者が持てるオーラというものだろうか。達人は目で人を殺すというがまさに、眼光がオマエを殺すとオレに語ってくる。


 ――申し訳ございません……っっ。


 先刻、王から離れるようにヘコヘコとすみませんと頭を下げて戻ってみたものの場にいる皆の顔が引きつっている。王を含めてだ。部長に怒られるよりも現場の状況が厳しい。


 が向けられている。


 ――これが九条豪鬼の営業スタイルなの……だ。


 もはや、自覚している。


 ――なにが……なのだ……だ。転生しても俺は変わらない……ダメだ。


 俺はこんな風に空気を変えてしまう人間なのだと。


 職場の皆にため息をつかせる営業マン。それが異界では殺される寸前だという状況に変わるだけだ。異世界に向いてない……現代にも向いてはいないが。


 俺の失態が作り出した微妙な空気を変えるように


「異界より招かれし者達よ……よくぞ、此度の召喚に応じて」


 頑張って喋ってくれたのが王である。


 ――王さーまーと忠誠を誓いたい!


「馳せ参じてくれた!!」


 右腕を力強く伸ばして手を俺たちに向ける。所作一つが、その動きだけで王が偉大であると思い知る。周りの騎士たちが跪き頭を一斉に垂れる。その甲冑が奏でる音がより王の荘厳さを際立たせた。


 王が放った、


 『異界』という言葉、『召喚』という言葉、


 ”二つ”で俺たちの中に確信が生まれる。


 ――やっぱり……いや、疑う必要もなかった。


 圧巻だった。見たこともない赤い絨毯と王宮。


 目の前にいる王の威光、騎士たちの忠誠心で


 甲冑が奏でた王への敬意。


 全てが合致する。必然だった。


 気が付けば、


 心から敬服した。たった数秒で膝が自然と屈した。


 この世界での流儀や礼儀なども知らずとも、


 日本人たちが周りの騎士に習う。


 ブレザーを来た若き学生たちも、


 俺自身も自然と――


 レッドカーペットに膝をついて頭を下げていた。


 ――部長に頭を下げるのとは……違う。


「汝らが力を我が国に貸してくれるというのであれば、カーネルサンダーの名において全面的に協力を申し出る。生活の面倒も、成果に応じた報酬も、栄誉も名誉も、この国にあるものをであればなんなりと授ける」


 低く透き通る声が脳にすんなりと王が言わんとしてることを収めさせる。迷いなどなく回答は決まっているものであり、ここで逆らう余地など何もない。


 格の違いを思い知らされた。


「我が国の為に命を懸ける覚悟があるのであれば、そなた等の名を」


 白い髭が積み重ねた重みを出す。




「我が国に永久に残すと私が誓おう!!」



「王……ッ!?」「……なんてことだ」

「永久に国に名をなどと……まさか」


 ソレがどれほど光栄なことなのかは騎士たちに走る動揺をみればすぐに分かった。そこまでのことを言っていいのですか、王よ、と驚きの視線が物語っている。


 その価値が通じることはない。名を残す意味など知らない。


 それでも――この王が懸ける熱意が心を伝う。


 国の為に、民の為に、ここいる騎士たちの為に王は声をあげた。

 

 ――カッコイイな……。


 憧れすらも超越していく人間がいたと生まれて初めて思い知らされた。生まれの違いや育ちの違いなどでは説明がつかない人としての器のデカさを思い知る。なるべくして王になった人だと分かる。


 ――それに比べて俺は……何が出来る……


 異世界に転生して俺は何になったのかも分からない。姿かたちが変わってなどいないだろう。スーツを着ている身体は妙に自分になじんでいる。口元に生えた剃り残しも廊下を歩いている最中に確認済みだ。


 ――俺は……この世界で……何を……っっ。


「カーネルサンダー王よ、ご挨拶させていただきます!! 私は勇者ヨシカズ!」


 『勇者』という響きに俺はビックリしてその男の子の顔を見た。端正な顔立ちにモデルのような体系。まことに勇者だと思わざる得ない。いの一番に自己紹介をしている勇者だ!?


「この国の為に命を賭して戦うと誓います!!」

「勇者ヨシカズ、期待する。頼むぞ、我が国の為に!!」


 王の力強い、周りの騎士たちもご納得するような丁寧なごあいさつである。完全に先を行かれている。年下の男の子のほうが俺よりもはるかに立派だ。二十越えのおっさんは何も出来ん。敗北を味わう他ない。


「私は魔法使いの渡辺りえ! 勇者ヨシカズと共にこの国の為に!」

「オレは戦士の田辺だ。元より転生したからには国の一つがぐらい救ってやる!」

「魔法使いに、戦士か!!」

「おれっちは、盗賊タダシだ。よろしくな!」

「私は神官の広瀬アリスです。よろしくお願いします!」

「盗賊に、神官とは!? おぉ!!」


 ――えっ……えっ!? えっ??


 周りの騎士たちからも声が上がる。俺はあっちこっちに視線を映して大変だった。それよりも頭が混乱して動かない。何かがオカシイ流れだ。というか、俺の理解が追い付ていない。


「オレは錬金術師の工藤。探求に努めるよ、世界の真理の」

「あっし、商人の多々良と申します。お金の扱いが得意でやんす」

「オレはナイトのアベマサ。騎士としてこの国にはせ参じた」


 ――錬金術師……っ!? 商人!? 内藤のアベマサ……どっちのナニ!?


 混乱が混乱を呼ぶ。若者たちの順応の速さも去ることながらおっさんの俺の思考回路はショートしかけていた。皆が役割をしっかり持っている中で俺だけが混乱中。勇者以外の職業がどうして、出てくる!?


 ――そうか!! アレがあるのか!!


「ステータスオープン!」


 目の前に広がる情報の細かさ。


「えぇ……えぇええ……っ」


 そもそもゲームやらない人間にキツイステータス表示。


 STR、VIT、INTなどの単語を見ても何がなんだかわかりません!!


 数字を見ても大きいのか小さいのかも分からない!


 ステータス画面が英語表記なのが辛い! なぜに日本語じゃないのか!!


「神様は……日本語しゃべっていたのに、あんなに流暢に……しゃべっていたのにッッ!! なんでッッ!!」


 保険の営業販売でも下の下のオレに英語などという知的文化財産はない。あの子たちは学校でちゃんと勉強しているのか、それとも現代教育は英語に特化しているのか。


「オレは、預言者サトウ」「ワタシは、クリスタルマスターシズク」「ボクは戦術士のキラ」「アサシン、クマダだ」「ラクリマのタケダ」「プリテンダーよしひこ!!」


 ――どうする、どうする!? 完全に出遅れた!!


 彼らの順応性に年老いた中年は置いていかれる。どれがなんだと未だにステータス画面の解析すら分からない。ひたすらきょろきょろしていた。彼らの言ってる単語も分からないが俺だけが理解できていない。


「さすが、転生者!」「レアな職業までいるな」「まさか、ラクリマ使いとはな」「クリスタルマスターシズク……侮れん」「プリンテンダーヨシヒコもなかなかの面構えよ」


 騎士たちもご満悦な様子、あせる九条豪鬼。


「どうされたんですか?」

「えっ、あっ……あのですね」


 神官だった高校生の子。ええこです、神官さま!


「どこを皆さん見ているのか……と」

「ステータス画面のそこですよ、九条さんの職業は……コレです」

「なに……コレですか?」

「そうです、そうです♪」


 にこっと神官様が微笑んで頷いてくれると安心する!!

 

 そして、コレが俺の職業か!! 来たぜ、俺のターンだ!!


 俺は颯爽と立ち上がり王の方を見た。俺以外の転生者たちはもはやターンエンド。俺だけに注目が集まっていた。俺への注目度が高まっているのを肌で感じる。なぜなら、オレが一番最後だから!!


 ――しかし……これが俺の職業。


 大トリという大役になってしまったが俺は不安などなかった。


 俺の職業は――だったから。


「九条豪鬼!」

 

 俺の声が高らかに王宮へと響く。騎士たちもまたやつかという視線でオレを見ている。変な意味で悪目立ちしてきたから仕方がない。それでも、さらっと終わらせれば大丈夫。


 なんなら問題などない!





「サムライでござる!! この命、お国の為に!!」




「…………?」


 俺の職業は奇跡を呼び起こす。こんなにも誇らしい職業ない。


「ござる……とな?」


「ござ……るで、ござるよ!」


 俺は慌てて変な言葉を返してしまった。なんだ、ござるでござるとは!!


 王様もさぞやビックリされているご様子で口元がプルプルと震えだす。


 ござるはやりすぎたかなと思ったが、


 ――えっ……なんで?


 どうにも何か違う。騎士たちも


 笑いを堪えるのに必死なようで吹き出すものや、腹を抑えて震えるもの。


 王様がふしぎな顔でオレを見ている。


「教えてくれ、そなたよ」


 そして、口が開かれた。



「サムライとは何のことだ、九条?」


「へっ??」


 サムライとは??



《続く》

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