第213話 一気飲みではすみません
「ここから先は王の間となる。異界の者らよ、身なりを整えられよ」
案内する騎士の外人に言われるがままに皆が自分の服装を確認している。謎の緊張感がある、ココはしっかりやらなければならないと。王に会うからというよりも、目の前の外人のせいに近かった。
いきなり斬ろうとする脅しを笑顔でやられて、
文化や価値観の違いを見せつけられたが故にせざる得なかった。
完全に主導権は異界の方たちにある。
――なんだか似てるな……。
身なりを正していると俺は安心感を覚えた。保険の営業の挨拶前に行う、玄関前のルーティン。ネクタイの曲がりを確認して、スーツの埃を探し、バックを確認する。
この緊張感もピンポンを押したときのドキドキに似ている。
「バッグはないか……ふふ」
懐かしいと思うとなぜか笑いがこみ上げた。まるでこれから異界の王様カーネルサンダーに保険の売り込みにいくような気がしてきてしまう。異界の保険は王のお気に召していただけるだろうか。
「何をへらへらと笑っておられる……っ」
キッと凄みを帯びた視線が騎士から向けられた。俺は委縮した。
「すみません……」
部長よりも迫力が凄い。きっと、王に会わせる人物の見極めをしているのもあるのだろう。変な奴が王に謁見して粗相を起こさないか。お前は起こしそうだなと目をつけられたか……。
「準備はよろしいかッ!!」
俺のせいで騎士の緊張が高まってしまった。恫喝するような大きい声に後ろの若者たちが委縮する。またやってしまったと思いながらも俺は年長としてしっかりせねばと気合いを入れ直す。
王に粗相をすれば、誰かの首が飛びかねない。
「それでは、参る」
――俺のせいで……誰かが死ぬのは……いやだ。
年長者として、リーダーとして、前を歩く者として、俺も責任を負う立場。
――いや、俺も……一緒に殺される……のか?
ならば、後ろの若者たちの行為によって俺も同罪になる可能性がある。
「異界の者らよ、前に進まれたり!」
なぜなら先頭に立ってしまったからだ。
――やばい……不安しかない……吐き気がする。
不安に胸が押しつぶされるような圧力を感じていると同時に扉が開いていく。赤いじゅうたんが真っ直ぐと偉大なる王のもとへと伸びている。周りには案内人の騎士と同じようにゴツイ騎士がこれでもかと並んでいる。
――なんだよ……これ!?
ただでさえ不安しかないのに、こんな場所を歩かされていることにさらにパニックだった。失敗をしてはいけないと思い歩く赤
――処刑場への……レッドカーペット。
綱渡りさせられているような錯覚。風がふけば落とされそうになるような恐怖。
――異世界のひとたちの視線がキツイ。
品定めをするような視線。本当に大丈夫なのかと問うような、よそ者を見る怪訝な表情。頭がクラクラする、動悸が止まらない。粗相があってはいけないと考えると、なぜか大学生の時に一気飲みさせられて死にかけた記憶が蘇る。
『粗相じゃなぁ~い。はーい、九条くんばつゲ~ム♪』
あ、それ、イッキイッキとコールがかけられる。あの時、何をしたわけでもないけど、やらされた。粗相という何かをしたわけではない。焼き鳥を串からはずしていたら、つくねを一個だけ床に落としてしまった。
だが、雰囲気に押されて俺は飲み続けた。
周りの空気が冷めない様に、頑張らなければと。
友情イッキ発動と言われて、なぜか二杯目に突入させられて。
「止まれッッ!!」
「ヒャイ!?」
「何をしている、キサマ!!」
「スミマセン!!」
騎士が怒っている。後ろを見ると離れた位置で若者たちがびっくりした顔でオレを見ている。怖がっているようにも見えた。俺はようやく状況を察した。
イッキの想い出に浸っていたところ、
俺だけが止まらずに王のもとへとスタスタと歩いて近づいて、
行ったのだった。
ソレには騎士も怒る。ただでさえ不審な異界の者が停止する場所をわきまえずにスタスタと王へと近づいていくのだ、王の暗殺でもする気かと思うだろう。いきなりの粗相をぶちかました。
「すみません……ホント、すみません……」
イッキで済んでいたのが、首を跳ねられても文句が言えない。
俺の顔は引きつって、薄ら笑いを浮かべる。
九条豪鬼は――本当にダメな人間だ。
≪続く≫
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