第174話 帰れる時間が分からねぇ
――問題ないって……
黒服を着た者達ならば知っている。銀翔衛と火神恭弥は相いれない性質の二人なのだと。部下に対して、優しい人間と厳しい人間。高圧的な性格と柔和で温厚な気質。相反するような存在。
――そんな言葉……っ。
「なんですか……っ」
ソレがトップとNo.2なのだと誰もが知っている。
――それじゃ、まるで……
「どういうことですか……っっ」
二人が言い合いになる場面を幾度と見てきた。そこから受け取れるモノが男を怒りで滾らせる。京都の壊滅を悲しむ心が踏みにじられたことよりも、なによりも許せないことがある。
――火神さんが……大阪支部が消えてもいいって
「答えてくださいッッ!!」
――言ってるのと同じじゃないかッッ!!
男の怒号が会議室に響き渡る。怒りを滲む目で睨みつけ、呼吸を激しくした男と銀髪の男はただ目を合わせて逸らさなかった。回答いかんによっては許さないと断罪するような涙を浮かべる目がブラックユーモラスのトップを審判していた。
『田岡くん……』
『大丈夫、必ず帰ってくるから』
――あぁ……怒られる……必ず帰るって約束したのに。
力負けしていく田岡の脳裏に不安そうに自分を見つめた彼女の瞳がよみがえった。帰ると約束したことを思い出し、苦笑いを浮かべる。目の前の槍は光を強くしていき自分の体には皮膚が焼かれていく感覚がある。
「田岡さん!?」
「三嶋、止まるなッ!!」
田岡の姿に走っていた三嶋の脚が止まると同時に槍を持った男の声が響いた。
立ち止まって振り返り三嶋は、表情を曇らせる。
「松本さん!!」
「走れ、イケェエエエ!!」
躊躇う暇などないのだと先輩の声が響く。田岡のところに行ったところで何が出来るわけでもないという判断。分かっていてもその脚は鈍った。その三嶋の黒服を乱暴につかみ松本は引きずって疾走する。
「お前は、お前に出来ることをしろォオオオッッ!!」
松本の言葉に、その行為に三嶋隆弘は迷いを押し込める。迷いを捨てられる訳はなかった。何もできないことが分かっている。それでも、窮地の仲間を見捨てて走ることが正しいのかと、問われる。
「クッ――――」
――ちっくしょ……っっ。
三嶋には葛藤しながらも、歯を食いしばって走り抜けることしかできなかった。田岡が稼いでくれている時間を無駄にするわけにはいかない。それでは、田岡の戦いが無意味になってしまう。
――それでいい……イケ、
田岡は走って離れていく三嶋に微笑む。やけに世界が遅くなったように感じていた。世界から、ただ静かで何か終わりに近くづくような気配が田岡に与えられていた。
『心配してないわよ……帰る時間がわかったら、』
――志水……ごめん……。
『連絡ちょうだいね』
――帰れる時間が分からねぇんだ……。
異界の王の槍はかつて一つの島を焼き切った。それは異界の世界を砂の世界へと変貌させる。サソリの脚をもつ騎士の超常の武器は神具に匹敵する。太陽の如き灼熱を纏う槍は砂漠の王に齎された恩恵だった。
自分の中の水分が体からゆっくり蒸発していくのが分かる。光に包まれている喉が渇いて音を鳴らした。少しずつ収束していく光。集まるのは二つの闘気。これから、僅かな時を経て衝撃が巻き起こる。
――オレが死んだら……志水は……
最期の時に思い出すのは彼女の事ばかりだった。草薙総司が最期の瞬間に家族を想ったように、一番自分が大事にしていて、一番の後悔となるべきものを人生の最後に思い浮かべるのだろう。
――あの時みたいに泣いちまうかな……?
長く一緒にいた田岡だからこそ彼女の過去は知っていた、黒服を来た志水が声を出して泣き崩れた過去を。彼女がなぜ不安そうに田岡に問いかけたのかを分かっていたからこそ約束した。
大丈夫だと帰ると、言葉にして安心させた。
――見たくねぇな……
異世界から帰った二人は結ばれる予定だった。二人に何も起こらなければ90パーセントの確立で一生を添い遂げる約束を交わしていたのだろうと田岡は考える。
だが、何かが起こる可能性は黒服を着ている限り起こりうる。むしろ、黒服を着ていなかったとしても起こらないとは言いきれないものだった。何かを含む10パーセントの残酷な未来が隠されているのだから。
それは田岡が置かれた今の状況そのものだった。
――志水の泣いた、あんな顔……っ。
大切な者を残して死んでいく時に大事な人を思い出す。では、残された側の人間は何を思えばいいのだろう。その最後の想いを聞くことも叶わず、伝える別れも出来ないままに、死という結果だけが悲しみを連れてくる。
――志水にあんな顔させるくらいなら……。
ソレを受け止めるしかない残された者たちは、
――志水に怒られるほうが……ずっと……マシだ。
泣くことしか出来ないのだから。
死ぬ者よりも残された者たちの悲しみの方が大きいという事を田岡は知っている。大人である最強の証を着た志水ですら泣くしかなかったのを傍でただ見ていたから知っている。
《つづく》
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