第173話 撃ち合い上等

 道しるべとなるリーダーの背中を失ったその瞳は暗闇を睨みつけた。歩くべき道はもう自分には分からない。自分の夢は問われれば分からなくなった。先が見えない恐怖。


 どこを目指していいのかも分からない。


 目印など何もない。足は泥濘ぬかるみに沈んでいく、希望はない。


 それでも、暗闇に前を向いて歩くしかなかった。


 だから、主人公は歩き続けた。迷いながらもがきながら、ただ足を前にと泥濘に叩きつけていく。自分の夢など無くなっていた。それでも、歩く理由がある。誰かが着いてくる。


 しかし、今まで迷いなく歩いてきた道がぶれていく。


 不安を口にする声が後ろから聞こえる。このままでいいのかと、これでいいのかと。間違っているのではないのかと、彼を責めるように。その声が暗闇を歩く彼の耳に聞こえている。目的を失くした足はより重くなっていく。


 その声は自分の迷いの声と同じだ。


 歩き続けることが間違いなのか、


 歩いてきた道が間違いなのか、そんな不安が無いわけがない。


 このヒカリナキセカイを歩くべきなのは、リーダーと呼ばれる者達。そんなものに自分が成れるわけもないとどこかで諦めていた。それでも、諦めがあろうと迷いがあろうとも、声を無視するようにただ黙々と主人公は歩き続けた。

 

「ふぅー……」

「氷彩美ちゃん、少し休憩にしましょう」


 眼をこすり集中が途切れたような嘆息に義母が気を利かせて休憩を申し入れた。火神氷彩美の集中力もさることだが、なによりも物語に入り込んでいた。だからこそ、彼女は疲れていた。


 自分が描く主人公の辛さが重なる、


 自分ともう一人に感情移入しすぎていたが為に。


「いいえ、お義母さん……休憩はやめましょう」

 

 だからこそ、彼女は休憩を断る。


「いま、いい所なんです。これからなんです」


 彼女は車いすの上でうぅーんと唸り手を伸ばしてコリをほぐす。ここからが力をいれなければいけないと彼女は本能で分かっている。ヘルメスがいったことの意味を。


「この為にここまで書いてきたんですから――」


 主人公が辛いままで終わらせてなるものかと彼女は息巻く。彼女はペンを強く握り直す。見てろと舌なめずりをする。そんなものを読者は求めていないと彼女は分かっている。


「一気に書き上げましょうッ!!」


 彼女が望むものは主人公への救いだ。重なるから、それは必然に近い。彼女が求めるモノが漫画に描き出されるのは当然のこと。他の誰でもない、誰よりも彼女が一番願っているものだ。彼が報われる未来を願う。

 

「離れろォオオオオオオオ!!」

 

 京都の街で田岡茂一の号令が飛ぶ。目の前で巨大な敵の槍が三分の一ほど光を保っている。鎖を体に巻き付けながらも大きく引き絞られていく。攻撃に参加していた面々が田岡の声に反応して、魔物と距離を開けていく。


 ――撃ち合いだな……


 その光に包まれればどうなるかなど分かっている。だからこそ、仲間を逃がす。槍は自分の担当だと言い切った。そのために斧へと敵と同じく闘気を溜めていた。体躯などは比較にもならない。


 ――上等ッッ!!


 それでも、田岡は覚悟を持って臨む。


 相手の槍が空から降ってくる。そのタイミング見極めようと眼光が見開かれていく。浅黒い筋肉の塊が啼き声を上げた。肉と肉が連動する音。


轟音ごうおん――――」


 光が眩しく田岡を照らす。膂力で大地を砕く反動をただ武器に乗せる。上から来るなら下から打ち上げる。反抗するように輝かしい金の斧が振るわれる。お互いの武器武器がぶつかり、その重量がお互いの体に圧力をかける。


金剛コンゴウォオオオオオオオオオオオ――!!」


 異界の王の甲冑がギシギシと音を鳴らし、田岡の筋肉の繊維が切れていく音がハーモニーを奏でる。一歩も引かぬ。これは力と力の勝負だと魔物の王と斧の勇者は雄叫びを上げる。

 

 必殺の一撃と一撃が生む波動が京都の市街地に波紋を呼ぶ。遠くの木々が揺れ瓦礫が重力を忘れ浮かび始める。闘気と闘気の光のぶつかり合いが時空を歪め出す。


砕神爆サイシンバ――――グッ」


 ――持ってかれ……るゥッッ!?


 巨大な槍と打ち合っている斧が震えだす。押し込む力が負けている。


 武器を通して使い手にかかる衝撃は計り知れなかった。その街を破壊するほどの一撃は田岡の限界突破している筋肉を容赦なく引き裂いていく。気を抜けば手から斧が離れかねない。


 ――くそぉ……っっっ。


 腕の血管が弾け血しぶきが田岡の後方へと吹き飛ばされていく。両手両足で支えていなければ体ごと持っていかれそうになる。足が段々と衝撃波に後方へと引きずられていく。


 ――くそぉおおおお……ッッ!!

 

「銀翔さん!」


 都庁の扉が激しく音を立て、黒服の一人が銀髪の元へと走って寄ってきた。


「京都が……京都がっ……」


 血相を変えた部下の顔に涼し気な銀髪の男の瞳が落ち着けと優しく微笑む。それでも、部下の表情は曇ったままだった。その話を伝えることだけで受け止め切れていなかった。



「壊滅しまし……たァっっ!!」


 

 悲し気に涙を零す部下の言葉に銀髪は目を下に伏せて、


 透き通った声で言葉を返す。





「――――問題ない」




 その銀髪の発言に部下の涙が止まる。


 その冷たい言葉に驚きと何を言われたのか分からない思考でかき乱される。


 その男が言えたことは


「なにを……いってるん……ですか、銀翔さん」


 片言な言葉だけだった。



《つづく》

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