第172話 刀にあって、槍に無いもの

 土使いである岡本のサポートが花開き、反撃のチャンスを迎える。


「おっっしゃぁあああああああああ!!」


 相手の攻撃が鈍ったその機を戦闘を極めた者達が見逃すわけもなく、長刀を持った三嶋隆弘が声を上げて一目散に敵へと向かって走り抜けていく。興奮状態が持続している。自然と声が大きく出ている。


 その姿を見て、黒服は何を思う。


 ――ほんと……よく動くな……三嶋は。


 自分との差を感じずにはいられなかった、素早さが売りの若者との差を。


 ――アイツ……こんな熱い奴だったっけ……?


 槍を持って走る先輩の自分が後輩の後を追いかけている。気を抜けば置いていかれそうになる。若さがあふれ出している背中が魅力的に見える。少しの間に変わってしまった後輩に寂しさすら感じる。


 ――はぁ……キツイな……アイツに着いてくのが。


 同じく走ってはいても明らかに何かが違うと感じる。


 あれほど熱く軽快には走れていない気がする。


 性質の違いなのだろう。持って生まれた本質がどこか違うのだと感じざる得ない。三嶋隆弘のいまは全てが全力に近い。止まるわけがないと言わんばかりに乱暴に走っていく熱さが違いすぎる。


 ――恐いもんとかねぇんだろうな……


 走ってる距離は変わらない。物理的な距離は離れずとも、それでも、どこかで追いつけないと感じてしまう。守りなど捨てているような若さ。攻める気概はなりふりなど構わない。


 ――失うもんがねぇのよな……若さって……


 三嶋の姿に若いことが羨ましいと男はふと笑ってしまった。


 ――羨ましいぜ……ほんとに


 自分とは違う、自分は三嶋隆弘みたいにはなれない。どこかで冷めた眼で見てしまって、考えてしまう自分にはなれない領域の世界。少しだけ瞼を閉じる刹那に感じてしまう。


 ――俺は……お前とは違うわ……


『松本……お前はー』

『何がです……か?』


 トレーニング中に火神に褒められたが何か違和感を感じた槍使いは問い返した。何か含みがあるような表情と言い方。男は自然と冷めた瞳で、そんなものを見抜いてしまった。

 

『いいや、感心してんだよ……冷静に状況を見て、誰にでも合わせられる戦闘スタイル。仲間のことを良く分かってる証拠だ、仲間の力を、仲間の使い方を』

『……それって、褒めてます?』


 火神に向かって問いかけずにはいられなかった。何か挑発めいたものを感じる。火神の使い方などと言い方をしている部分がひっかかる。田岡だったら流していただろうが、松本は言葉の裏を見ていた。


『なに言ってんだよ……はっ』


 火神はヘラヘラと松本の前で笑って見せた。そんなものは問い返さなくてもわかっているだろうと笑わずにはいられなかった。お前が気づかないわけがないよなと。




『褒めてるわけねぇだろ――』




 サングラス越しの鋭い眼光に松本の心臓が跳ね上がる。しかし、それは恐怖などに起因するものではなく、自分が見透かしていたようで何かを見透かされている感覚が心臓を跳ね上げたことに他ならない。


とでも思ってんのかよ……』

『…………っ』


 怒りを滲ませる声と威圧に松本の体が硬直した。火神の上手いというのは上手く周りに気づかれないようにやっていたということを指しているのだろうと気づく。仲間のことは良く分かっているのも火神の指摘通りだ。


 だからこそ、相手に合わせて動くことが出来ていた。


『――――おい、松本。手を抜いてんじゃんねぇぞ』


 そして、火神の言う通りだった。


「…………」


 ――なんなんだよ……この人……っ。


 胸倉をつかまれ壁に押し付けられてふざけてると思う。それでも、反論できなかった。反面どこかで松本は怖かった、自分が見る側だと優位的に思っていた感覚が奪われていくことが。自分を間違っていると問い詰める眼光が怖かった。


『お前が楽をした分、誰かが危険を負ってんだ。お前が手を抜いた分、誰かが負担をしょってんだ。お前が動かない分、誰かが動いてんだよ……』


 ――なんで……


 草薙総司だったら気にもしなかったのだろう。


『唯一褒めるところがあるとすれば、冷静に見えてることだけだ』


 松本という人間の本質。仲間が何を考えて動いてるか分かっていた。どういう人間で何を得意とするのか。どういう時に前に出て、どういう時に助けを欲するのか。なんとなく見えていた。


『そこ以外はクソだ……テメェは。忘れるな』

 

 こんなに罵倒されることなどなかった。何かを言い返したくても確信をつかれた気がして言葉は出てこない。ただ乱暴に首を絞められて罵られることに甘んじることなど、今までなかった。

 

 ――なんで……っ、


 突如として、襲ってくる罪悪感。 


 ――オレを見てんだよ……っっ!


 見られていなければバレない。見透かされなければ気づかれない。そんな見え透いた上辺が罵倒で取り払われた。見えてしまった汚い本質。冷静に見えていたことを上手く使っていた自分の姿が露呈される。


 悔しそうにする松本の胸元から乱暴な手が離れていく。


『松本、テメェは、少しは三嶋を見習え……』


 何も言い返せない自分に言い残された言葉。上辺の蓋を外され心に投げ込まれた一つの助言。ソレが後輩を見習えという屈辱的な内容。


 ――三嶋をって……なんだよ、それ……。


 その時、ただ松本は壁に寄りかかって立ち尽くしていた。





 そんな、後輩の背中をいま追いかけている自分。


 ――ガムシャラ過ぎだ……三嶋。 

 

 後輩は自分に無いものを持っている。冷静とは対極の何かがあの若さにはある。足並みを揃えて異界の王に初撃を打ち込んだ。火神のせいであれから三嶋を意識させられた。


 ――お前って……


 自分には劣ると分析していた後輩。それが数週間もせずに化け始めている。火神の火にあてられた三嶋隆弘のトレーニング量は増加の一途をたどった。大阪での一人暮らしということもあり、庁舎から帰ることはなかった。


 ――こんなに……熱いのかよ……。


 庁舎にはシャワーも仮眠室もある。だからこそ、ずっとトレーニングに三嶋は明け暮れる。業務の空き時間があればひたすらに己を鍛えていた。あの火神を相手に恐れずに何回も指導を受けに行く三嶋の元気な姿。


 ――とてもじゃねぇが、その熱さにクソな俺はついてけねぇよ……。


 そんな姿を眼で追う日々。


 否が応でも本質的に松本は冷静に見えてしまう。


 ある程度の結果を残してきた冷静さは松本の武器だ。


 ――ここは三嶋が先陣を切って、その後ろで俺が隙をつくのが一番楽だ。

 

 戦況は、やるべき役割は、見えている。

 

 ――三嶋が疲れてきてから、オレが変わりを務めれば一番いい。


 ただただ、事務的に考えて戦闘をこなしたい。このやり方が間違いではない。余力を残して何が悪い。何かがあった時に備えているだけだ。ただ何か起こらなかったときに自分が一番楽をするだけだ。


 ――俺はスピードを……落とすのが。

 

 いま動く足の力を緩めればうまく止まれ位置取りが出来るだろう。そんなことが頭を駆け巡る。だが、目の前の景色がそんな自分の考えに待てと問いかける。


 ――三嶋……。


『お前が楽をした分、誰かが危険を負ってんだ』

 

 ――三嶋……おまえ、っ。


『お前が手を抜いた分、誰かが負担をしょってんだ』


 ――まじ……何も考えてねぇ、なっっ。


『お前が動かない分、誰かが動いてんだよ』


 目の前にある背中は何も考えてなどいない。周りなど何も見えていない。情動的で熱情的な迄の破滅衝動の塊でしかない。計画や作戦などもなく、ただ戦うためだけに。


 後輩のそんな姿が冷静に見えて、しまっていいのかと、


 ――なんなんだよ……オマエ、ッ!!

 

 松本の心が怒りを吹き出す。


 自分が何かを考えている間にも一歩でも前へと敵へと早くに斬り込みに行く若さ。憧れとも羨望とも違う。プライドを傷つけられるような感覚に近かった。


 ――ふざけんなよぉおおおおおおおお!!


「ウラァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ――オレを、置いてくんじゃねぇよォおお!!


 置いて行かれてたまるかと自然と叫んで加速を上げていた。冷静に見ていたが故に屈辱的な感覚だ。火神に指摘されたことが合ってるかの如く、何か自分に足りないモノを三嶋が持っていることが、松本の胸をざわつかせる。


争覇槍術ソウハソウジュツ 示現流ジゲンリュウ――!!」


 深く呼吸をする三嶋の横に並び、気づかぬうちに声を上げていた。引けを取らるわけにはいかないと意地が働く。その槍が大きくしなりを生み出す。行けと胸がざわつく。


 意地でも、後輩に負担をいるわけにはいかない。



蛇腹海龍旋ジャバラカイリュウセン!!」


「二の型、荒舞アラマイ!!」



 荒ぶる二人の黒服、異界の王のサソリの脚へとダメージが入り続ける。何かを共有するように二人の激しい連撃の嵐は鳴りやまない。呼吸が続く限り止まることもなく、生み出される演武。


 ――すごいな……みんな。


 ただ一人、魔法使いの黒服は、


 その状況を遠く離れた場所で静かに見ていた。



《続く》

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