第171話 極限の戦闘に於いて、花開く

 極限の戦場だからこそ、極限まで追い込まれた記憶が団員たちの脳裏を駆け巡る。それは恐怖と混在する教訓。火神恭弥という男に仕込まれた戦闘技術。


 ――暴れ………すぎっ!!


「クソォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 鎖ごと振り回される斎藤。激昂状態の王はサソリの脚を奇怪に動かし、体を捻り、これでもかと暴れ狂う。目障りで仕方なかった、不愉快で仕方がなかった。


 遠くからの狙撃、足元を斬りつけ駆け回る二匹とハンマーを叩きつける僧侶、


 鎖で制限される肉体。王の目に映る忌々しい黒い影たち――。


 その怒りを巨大な肉体が露わにするのを田岡が目の当たりにした。


 ――尾っぽが……反り立って……っ。


「全員、上に気をつけろッッ!!」


 足元で攻撃をしていた三嶋たちがすぐさまに田岡の声に反応する。槍は光っている。サソリの尾が上に上がって自分たちに武器が向けられている。予想できたが故に三嶋の口角がひくついた。


 ――盾を……そんな風に……っ。


「使うなってのッッ!?」


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 所々で大地が弾け飛ぶ。大きな影が荒々しく黒服たちを追いかける。あと一歩の寸前で駆け抜ける。手当たり次第だ。近くにいる黒服を誰でもいいから潰せればいいといった攻撃。


 潰してやると言わんばかりに、防具であるはずの盾を振り上げる尾が、


 ――無茶苦茶やりやがって、見境がねぇなぁあああ!?


 鞭のようにしなり、幾度となくむやみやたらに大地を叩きつけた。


『テメェは……さっきから何をチョロチョロやってんだ?』

『足引っ張って、すいません……自分は戦闘が不得意で……』

『あん?』

『ホント、すみません!!』

『…………』


 火神に怒られたと思った男は力強く頭を下げる。男には自分が黒服の中で戦闘を苦手としていると自負があった。近接戦闘が絶望的に苦手だったのだ。しかし、飛び道具というには威力が低い能力だった。


『オマエ……戦闘中に何をしようとしてるか、ちゃんと答えてみろ』

『えっ……は、い……』

 

 怒られると思ったが何か不思議そうに火神が見ていることで男は若干気が緩んだ。自分の考えを言ってみろと言われたか、男なりに戦闘中に考えていた動きを一つ一つ説明していった。


『馬鹿かッ!!』

『すみません!!』


 それが案の定、当初の予定通り怒られることに繋がった。


『テメェに攻撃しろなんて求めてねぇんだよ!!』

『…………』

『聞け!!』

『はい!!』


 男の考え方を聞いた火神は根本的な間違いに気づいていた。だから、戦闘中の男の動きが何をやっているのか理解できなかった。だからこそ、火神は聞いたのだ。理解できないからこそ、男との対話に耳を傾けた。


『誰も戦闘能力の低いお前に前線で戦えなんて頼んじゃいねぇ!! お粗末すぎて、お荷物以外の何物にもならねぇ!!』

『……………はい』


 ――そりゃ……そうだよな……オレ、なんか……。


 火神の罵倒で男の心は折れかけた。自分でも自覚していた。皆でトレーニングをやれば分かった。自分が足を引っ張っているのだということに。出来ないと諦めることが嫌で続けていたのだと、この瞬間に悟る。


 それが確信へと変えられたが故に男は心が折れた。


 だが、




『お前の能力はなんだッ!!』



 

 その手を強く握って、引き寄せ、問いかけ、自分に落ち込む暇など火神は与えなかった。その眼に怒りはあれども自分をバカにしたものではなかった。


『土で、す………っ』


 だからこそ、男は間抜けにも泣きそうになりながら答えた。


『お前の能力の自慢できるところはなんだ……?』

『…………っ』


 ――自慢できるところ……なんて……


『なんだって聞いてんだよォッ!!』

『強度は、足りませんが、巨大なモノでも……っ、素早く作れますッ!! 能力を発動するスピードなら負けないと……っ、おもってま、す!!』

 

 火神の気合いに押され半ばやけくそで男は答えを返した。


『そうだろ……そうだろうがよォッ、なに勘違いしてんだッ!!』

『え…………っ?』

『えっ、じゃねぇだろッ!!』

『いっつ!!?』


 頭に衝撃が走った。否定されて肯定されて、殴られ、頭の中はゴチャゴチャだ。それでも火神は男の手を握ったまま、真剣に話をつづける。この男の勘違いを正さねばならないと感じていたからだ。


『お前の自慢通り能力の発動において、他のやつらよりもお前は早い! だからこそ、お前はサポートに回れ!!』

『サポート…………?』

『あぁぁ…………くそッ!!』

 

 なんで分からないと苛立ちを見せる火神は男の手を離し肩を強く引き寄せる。


『いいか、一度で頭に叩き込め――』


 横並びに立ち耳元でしっかりと聞きこぼさせない様に、


『お前の能力は攻撃に使えるレベルじゃねぇ、それでも時間稼ぎには使える』


 頭に叩き込めと驚いている男の眼を至近距離で睨みつけた。


『応用も効く……あれだけのデカい壁を作れるんだ、あのスピードで』

『…………?』


 ――あれ……こんなオレを、認めてくれて……?


『聞いてんのか、こら?』

『はい、聞いてます!!』

『お前のやるべきことは前に出て戦闘に参加することじゃねぇ、』 

 

 肩を近づけ、しっかりと目を合わせて二人は意識を確認する。



『お前のやるべきことは――――』



 男はそれから真剣に火神の話を聞いた、時には質問をして殴られたりもしたが、男はめげずに火神に聞いた。ずっと劣っていると感じていた部分と求められていたことは違うのだと理解した。


 なによりも嬉しかった。


 怒りながらでもしっかりと教えてくれることが。使えないと思っていた自分を火神がちゃんと見ていてくれたことが。自分という人間の他人よりも優れている部分を見抜いていくれていたのだと。


 間違った努力の方向性を正してくれているのだと分かって、


 真剣に教えてくれたことがなによりも、


 岡本オカモトにとってはうれしかった。 

 


 ――俺がやるべきこと…………


 男は大地に両手をついた。


 京都で最初に火神の指示を受けたのは岡本だ。無茶な指示だったが敵陣をかき分けてゲートまで辿り着いた。期待に答えたかった。だからこそ、単独でゲートまで行き壁を作った。敵を阻むための妨害。


 ――俺にしか出来ないこと……オレがいる意味……ソレは、


 視線の先で大きな盾が仲間たちに向かって、振り下ろされている。鎖を持った仲間が振り回されている。槍を前に田岡が構えていて動けない。狙撃を受けても怒り狂った王は止まらない。




 ――仲間をサポートする、




 岡本はイメージする。いま戦場に必要なものは何か。仲間たちの手助けになるように。いまこの場に自分がいる火神が教えてくれた役割を、発揮するために能力でイメージする。


「おっ? おぉ? おおお!!」


 鎖使いの斎藤の前に大地がせりあがていく。瓦礫を押しのけて大地が隆起していく。それが斎藤の不安定な躰を支える足場となる。


「岡本さんか………」


 ――階段みてぇに……やっと、足が着いた。


「ヤルぅうううううう!!」


 ――これ、足場あれば、イケる!!


 鎖を操作しやすくなったことに斎藤の感激が上がる。振り回されながらも経路がある。不安定な体勢が一気にいうことを聞く。足の踏み場があれば力の逃がしようもある。その先を予測するように大地は創り上げられていっている。


「盾が……?」


 ――落ちてこない?


 異変に逃げ回っていた三嶋はふと上空を見上げる。盾が上にあげられギチギチと揺れている。何が起きたと三嶋は注意深く観察する。しなりが鈍くなっている。何か動きづらそうに見える。


 ――スピードが落ちた……?


 盾は振り下ろされた。それでも、激しく打ち付けていた盾の動きが鈍くなっている。避けることに余裕すら感じる。あきからな異変だった。何かが王の身に起きたのだと感じとった。


 ――なるほど……そういうことか……。


 三嶋は王の身に起きた異変に気付いた。


 ――考えつくか……そういうこと。


 盾から仲間を護るのではなく動きを鈍らせる発想。盾を抑えるために大地を創り上げれば破片がどう転ぶか分からない。ならば、盾から仲間を護るにはどうしたらいいのか。 


 その発想力、想像力こそが能力者の武器である。


 ――まさか、尾っぽに……やるとは。


「岡本さんだな……これは」


 こういう発想は岡本の得意分野だと三嶋は感嘆する。


 パラパラと何かが尾の間から零れ落ちている。


 それも繋ぎの部分から。


 ――そこに土をいれますか……。


 節という部分が自由な可動を助ける。人間でいえば関節に近いものだ。そんなものに異物が詰まるとなれば動きは否応なく制限される。本来あるべき可動領域を食いつぶす土が岡本によって埋め込まれている。


 ――俺は前線では戦えない……


 ただ一人の能力者が出来ることなど限られている。全部が一人で出来るわけではない。勇者であるからこそ忘れてしまうこともある。前線で自分が戦わなければいけないと。


 ――それでも、俺は


 全員が勇者のパーティであれば、ソレは大いなる間違いだ。


 だからこそ、火神恭弥は間違った彼に道を示した。


 お前のいるべきは場所はそこではないと、


 ――みんなが戦えるように、戦いやすいように、


 諦めていた彼の本質をちゃんと見抜き、あるべき役割と強い意思へと導いた。




 ――サポートが出来る!!

 



 ソレが極限の戦闘に於いて、花開く。 

 


《つづく》

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