第145話 多角的高次元反物質原素体
絶望因子と名付けられた、
なぜ、田島ミチルがこの名前をつけたのか。
それには理由がある。
人間の住む世界は三次元であり、宇宙は四次元空間と呼ばれる。二次元は平面の絵に等しく、一次元は単なる直線でしかない。それ以上の次元を高次元と呼ぶ。次元軸が増えることで世界は大きく変化する。
仮に異世界というものが存在するとしたら――ソレは高次元に当たる。一種のパラレルワールドだ。
三次元で成り立つ世界であったとしても、別の三次元であり観測は出来ない。そこに隔たるものを次元軸で表すことが出来ない。人間は四次元以降の存在の認識が不可能に近い。辛うじて次元軸を定めることによって四次元を表現できたとしても、五次元以上の認識など不可能に近い。
人類から観測できない世界、ソレも一つや二つではない。
星の数のほど存在する別種の異世界。
だからこそ、その高次元に多角的とつけた。
そして、反物質は宇宙上に存在しない。物質の対極的存在。正確に言えば、存在していたが消滅したいという説が有力とされている。現状人工的に極少量であれば作ることも可能であるが、保存が出来ない。
だが、かつて宇宙誕生以前には物質と同様の数だけ存在したとされている。本来であれば粒子の対となる反粒子が存在しなけらばいけないはずだった。その均衡が崩れ反物質が無くなり物質だけが宇宙に残る。
ソレがいまの現代だ――では、消滅した反物質はどうなった?
田島ミチルによって、ある種の仮説が立てられる。
反物質は、消滅したのでも、無くなったのでもない――
観測できない領域へと展開されているのだと。
物質を化学的に分けていって最後に得られる要素を元素という。元素体などという言葉は存在をしていない。それでも田島ミチルはソレに体という文字を使った。櫻井京子と田島ミチルが観測に成功した絶望因子の特徴からとられた言葉。
ある仮説は、ソレを元にしている。
『繋がりやすくなっている要因は現実の人類による失敗の蓄積量になると想定するならそうなるな』
田島ミチルと不死川はソレを元に仮説を進めていた。
『波長が
絶望因子といわれるものの形が、連想させたのだ。異世界と現界を繋ぐために必要な対価とは何だ。近似している波長とは何があるのか。現実と異世界に両方存在したものとは何だ。
『それじゃ失敗の蓄積って……』
その仮説に阿部が寒気を覚えた。
失敗とは何だ。蓄積されたものとは何だ。
ゲートが繋がりやすくなる要因とはなんだ。
何と何が世界を繋げることを可能にした?
『転生者の死亡者数になるじゃないですか!』
あくまで、仮説でしかない。
ただ、田島ミチルがそう結論づけたことも元素体と名付けたこともソコにリンクする。彼女は確かにその存在しないといわれた物質の観測に成功した。その物質の形を捉えることに成功した。
その絶望と名付けられた元素が、ヒトの形をしていたからだ。
【人が絶望に堕ちるのは、どんな時だ――】
物質と反物質がくっつくと対消滅という現象が起こる。E=mc2という式であらわされるソレは同量のガソリンをエンジンで爆発させたときの約三億倍のエネルギーを生み出すと予想されている。
異世界と現実の繋がる高次元で奇跡的に出会う、相反する二つの同質。
ソレが生み出すエネルギーが次元を歪み、二つの世界を収束させる。
次元空間上で発生する衝撃波がゲートより広がった。
雲が散り、暴風が巻き起こり、大地が
「――――――っっっ」
涼宮強は必死だった。突如として味わう強力な世界の衝突による余波。尋常ならざる体をもってしても足が持っていかれそうになる。その震源地の真ん中で必死に足をこらえて踏ん張り続けた。
広がる衝撃波は家屋を倒壊させ、ビルの窓を激しく打ち付けた。遠く離れた東京にある窓ガラスにヒビが入るほどの衝撃だった。爆発とは違う。ゲートを中心に円を描き上空を吹き抜ける風圧。
「みんな、下がるでふよッッ!!」
マカダミアにも衝撃が走る。強化されたコンクリートの校舎を叩きつける突風。教室に広がる波紋。生徒たちに走る戦慄。誰もが初めてみる光景に身構えた時だった。
「―――――――――」
地球に存在しない言語がつぶやかれた。それは偽物の高校生。
彼女は、誰もが慌てた教室で殺意を込めた言葉を放った。彼女はこうなることを知っていた。誰もが注意を窓の外に向ける一瞬が来ることを。アビスコーリングによる余波が到達した瞬間に動き出すことを決めていた。
櫻井の後ろに影が落ちる。
――なんだ……よ……
「どうした……?」
その人物と目を合わせた櫻井は不思議そうに見つめる。何かいつもと違う雰囲気を纏うクラスメートに反応が出来ていなかった。これが六道花宮、御庭番集である彼女のやり方だということに気づきすらしなかった。
花宮は心でクスクスと嗤う。
これは櫻井はじめの力量を図り、あわよくば殺すための彼女の手段。
先ほどの言葉で任務は動き出した。ソレは人間の使う言語ではなかった。彼女がその種族であるが故に使える古代の言葉に等しい。髪に隠れた耳は尖っている。
彼女の実年齢は四百に近い。
彼女は人には聞き取れない周波数帯の言葉で、指令を放った。
『殺っちゃえ、
だからこそ、彼女の指示で彼は動き出した。櫻井の問いに彼は答えなかった。ただ近くに立ち不気味な駆動音を鳴らして、目から怪しげな光を放つ。
「なんだよ……
誰もが窓の外を眺めている中で、
櫻井の前に立ち機械の体で彼は櫻井に告げる。
「――――
これから、お前を殺すと。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます