第133話 死亡遊戯王デュエルモンスターズ

「半ガチ堕としッッ!!」


 本来は『ハンカチ落とし』という遊戯。だが、そんな原理を無視する。誰もが涼宮強を見失う。音が遅れて聞こえるせいで初動が掴み切れない。気づいた時には遅い。


 ――もう……あんなところに!?


 杉崎莉緒の反応が追い付かない。敵の真後ろに回り込み、ガッチリと球状の体にクラッチを決めている姿を捉えたのも一瞬。その圧倒的パワーが火を噴く瞬間。魔物の体が意思を無視して引っ張られる。


 ――ジャーマン……


 クラッチを決めたまま柔らかく体がしなる。敵の体が締め付けられて窮屈にはじけ飛びそうな形状で地面へと堕ちていく。魔物相手にプロレス技が炸裂する。地面に魔物の体が突き刺さると同時に大地が半径十メートルひび割れた。


 ――スープレックス!?


 杉崎の立っている大地が揺れる。


 戦場ヶ原が戦場というリングと化す。魔物相手に人類最凶の獣が解き放たれた。


 総理官邸にも、その戦場の激震は届く。


「総理、アンゴルモアが栃木の戦場ヶ原に現れたそうです」

「アンゴルモア……か」


 秘書が瞳を細めて微笑みを押し殺しながらも、座している鈴木政玄に伝える。いま、異常事態に異常事態が重なっておりますと。相手を試すように秘書は総理の回答を待つ。


「ちょうどいい……」


 総理は席を立ちあがって窓から遠くの空を見る。


「彼には少し目立って欲しいと思っていたところだ」


 その異常事態を飲み込むかの如く総理は余裕を見せつける。想定外であろうと構わない。利用できる状況に仕立てるだけなのだと。だが、そんな鈴木政玄にも引っかかっているものがあった。


「ところで――」


 総理は秘書の方へ向き直り問いかける。


「なんで、そんなに嬉しそうなんだい?」


 微笑みを秘書に向けて鈴木政玄は問いかけた。その押し殺した微笑みはなんなんのか。秘書としての仮面から漏れ出ている空気が物語っていると。


「総理、ソレは失礼な質問です」


 彼女は微笑んで返す。どうして、そんなことを聞くのですかと。


 頬に手を上品に当てて嘆息を吐きながら、


なんて……やめてください……」


 この一国の緊急事態を楽しんでいるなんて、問われればそう答えるのが必然であるかのように彼女は努める。こんな愚問に対する答えは決まっているじゃないですか。



「――――いま嬉しいんですよ、ワタシ」


 

 瞳を爛々と輝かせて彼女は邪悪に笑って見せる、当然じゃないですかと。


 ではなく、実際に嬉しいのだと。


「ローマ字入力……違う、どれだ、どれだ! 涼宮強!?」

 

 ひたすらに個人データベースを検索する不死川。彼が調べる限り涼宮強の名前が出てくることはなかった。そこには涼宮晴夫や涼宮美麗、美咲の情報があるのだが、涼宮強だけが存在しない。


「田島所長!?」


 阿部がとっさにぐらっと倒れこむ田島の体を支える。


 どうしたと問いかける阿部に頭を抑えて具合が悪そうな声を返す。


「……大したことない、単なる頭痛だ」

「お休みになられますか!?」

「大丈夫だ……だいじょうぶ」

 

 ――なんでだ……、


 田島の頭がズキリと痛んだ。


 ――なにか、大事な…………


「通りゃんせ、通りゃんせ!」


 嬉々として暴れる男を見ると何かを感じる。すべての見るものを巻き込んでいく異物の暴虐が収まらない。その身に余りある力を見せつけるが烈火のごとく、大地を踏みしだき、動き回る。


「体の中の通りはァアアアアアアアア!」


 拳が胴体を貫き通す。


 もはや、止められるものなど何も存在しない。瞳を丸くして、その強大な力を焼き付けるだけだ、狂ったモノを見るように。どうしようもないほどに強すぎるが故に、理解を飛び越える。


「死亡遊戯――――」

 

 そして、涼宮強も止まらない。その遊戯が底を尽きることもなく相手を殲滅にかかる。目の前にいる魔物を殺すことに興じる姿は獰猛な獣。その体は脅威を纏う。相手の命の動きが止まって見える。


蹴型キックベース――」


 空中に浮かびあがり、放たれる蹴り技。


 振り回される脚が死神の鎌となって相手の体を切り裂く。


 ――デタラメ………無茶苦茶………


 杉崎莉緒が苦笑いを漏らす。手が付けられない。


『一緒に戦える時点で違うのよ……』


 味わったことがある感覚。ある男の戦闘に覚えた挫折。


 だが、涼宮強を前にして、似ているが違う。


「――マルチヒットのカタァアアアアアアアアアア!」

 

 違和感が凄すぎた。飛び上がって蹴りを放ちながらも、その体勢が地に着くことがない。空中で動き回っている。まさか空気を足場に飛び跳ね浮かんでいるなど、気づかない。


 ――どうなってんのよ……なに見せられてんの?

 

 杉崎莉緒が涙ぐむ。訳が分からない。

 

 銀髪の男はまだマシな方だった。追いつけなくても理解できる。銀翔衛は強くて当然に地位にいる。理不尽な能力があると知っていても、まだ戦闘という行為に準じていた。


 ――ついてけない……あの子、ダレよっ……涼宮強って???


 同じトリプルSランクでも銀翔衛とは違う。


「死亡遊戯ィイイイイイ――――!!」


 ノリがすさまじいとかそういうことではない。目の前が地獄絵図だとしてもまだいい。それよりも不可解なことが杉崎莉緒だからこそ感じ取れる。技名からもわかっている。


他界タカイ他界タカイでッッ!」

 

 左と右を素早く動かし高速なワンツーでの二体の胴体を貫き穿つ。


「いないいないバァーン!」


 最後は両手を張り手のように突き出して、ぶっ飛ばして灰へと変えていく。


 ――なにやってんの……さっきから?


 眉をこれでもかとまげて、茫然と動きを眺める。


 持って生まれた、俊敏さが違う、力が違う。


 ――消えすぎ……


 見ていても瞬時に移動している。なんとなくは着いていける。そこで目にする光景に嫌気がさす。銀翔衛とは違う、違いすぎる。銀髪の男とは戦闘の種類が、ジャンルが違うといっても過言ではない。


「死亡遊戯 廻旋カイセントォオオオオー」


 ――なにその掛け声……イミフ???


 空中を移動して体を捻っている小僧に


「キックゥウウウウウッッ!!」


 エセクールビューティは思う他ない。


 ――単なるキックじゃん……廻旋トーキックって、キックじゃん!!


 技とは違うのだ。涼宮強のやっていることは戦闘ではない。


 ――さっきから、死亡遊戯、死亡遊戯って……ッ

 

 だからこそ、彼女には理解できない。涼宮強という存在が。


 ――単なるパンチとか、キックじゃん!!


 その技名に意味など成していない。むしろ、心技体として完成されていない。技と呼ぶには浅ましく、単なる通常攻撃というには強すぎる。これが意味するところが杉崎莉緒を涙ぐませる。


 ――滅茶苦茶よ……デタラメよ……っ


 唇をきっと噛み締めた。夢なのかと疑いたい。それでも戦闘で受けた傷が彼女に違うよと語りかけている。これが現実の出来事なのだと。涼宮強という人間のあり得なさが常軌を逸しているだけのことだと。


 ――動きがなってない、あの動きは……戦闘じゃない、技じゃない、


『弱いというのは一種の才能だと思うぞ。ピエロ』


 それは櫻井が努力をしている事実に放たれた強の無邪気な暴言。


 だが、そこで明らかになっていた。

 

『お前に少し認めて貰いたいなんて……欲を出したのがいけなかった』


 そう櫻井が考えた、を元に。


『――――お前に言っても無駄だったな』


 その掛け声にある通り、これは武道ではない、武術でもない。


「死亡遊戯…………」

 

 単なるアソびでしかないのだ――。


死相シーソウゲーム………」


 元がシーソとカケてはあるが単なる虐殺の合図。自分が瞳を向けた相手を死に至らしめるだけの凶悪な遊び。だが、その遊びの最中に涼宮強の鼻腔が動く。


 ――なんだ……この感じ?


 咄嗟のことだった。殴った一瞬で相手の口に手を突っ込み空中へと放り投げる。


「およ?」


 空中で爆発が起きた。花火のように敵が爆散した。


 爆発する個体。その特異な変化に気づいた。


「ほうほう、」


 面白いものを見つけたぞと若干嬉しそうな微笑みを浮かべる姿に


 ――普通じゃない……あの子、魔物を………


 杉崎莉緒は恐怖を覚える。


 それが涼宮強の真実だと手で口元を抑える。


 どれだけ激しく動こうともその眼をごまかすことは出来ない。


 幾数の戦場を駆け抜けて戦ってきた彼女だからこそしっかりと理解した。


 ――尋常じゃない身体能力しんたいのうりょくだけで……倒してる!!


 目の前にいる少年は人間をやめているのだと。


 だが、そんな周りの視線には気づかない。


 爆発する個体を理解した涼宮強は圧倒的な力を背景に魔物たちを嘲笑う。

 

「さぁ、オレと決闘デュエルしようぜぇ、魔物共モンスターども…………」


 爆発する個体など見つけてしまえば、遊び道具に早変わり。


 最恐で最凶を誇る現代の異端児が、


「テメェらのイノチ生贄いけにえに、平和を…………」


 異世界の魔物たちへと告げる。


 虐殺は全員死ぬまで終わらないと。まだまだ遊び足りないと獣が吠え立てる。


「召喚だァアアアアアアアアアアア!!」


 その地獄絵図が終わる時が平和の始まりだと、


 テンションMAXでデットエンドは地獄を告げる。


《つづく》

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