第122話 ただ全部を開示する必要がないだけ

『あー、あー………ホンっ、ウフン』


 田島の近くで声を整えるようなわざとらしい咳払いが聞こえる。意中の人間に対しての緊張をほぐして、より良い声を出すための準備運動なのか、意識を自分に向けさせるためのものなのか分からないが隣にいる女性職員の冷ややかな視線が注がれたことは間違いない。


MICHI——』

「なんだ、不死川しなずがわ?」


 ようやく声を整えたところに浴びせかける様に田島みちるの呆れた声が注がれる。


『あー……話をする約束だったはずだ。僕と……キミとで』


 平静を整えるが若干声に勢いがない。それでも、どうにか田島みちるとの会話を続けようとする第八研究所所長。田島はブラックユーモラスの戦いに興奮している職員たちから目を離し、パソコン画面に映る不死川に視線を送る。


「約束などしてない……こちらが要求したんだ。しばらく、黙ってろと」

『いや、キミは確かに後で話すといった。ゲートが開いた後でと。僕の記憶が間違うわけがない』

「それが黙ってろいうことだ……オマエ風に言えば、シャラップ プリーズって、な」

『実に興味深い話だ……覚えておくよ』


 田島の突き放すような姿勢に思わず隣にいた阿部が吹き出しそうになり両手で口を押えて堪える。まるで相手にされていないざまぁーみろと思っている。


 だが、


『今回のゲートはSpeciaスペシャルゲートだ。まるで僕と君の再会を祝すようにね』


 この男はめげなかった。横で阿部の顔が笑いから引きつったものになる。不死川がロマンティック風に語っているがいま起きているのは異世界からの侵略であり、奈落の門アビスゲートと呼ばれる最悪のもの。


 勘違いやろうが!と思わずにはいられない。


「あー、オマエとの再会祝すような……」


 それに答える田島に阿部が驚く。祝すのですか!?と。


のゲートの出現だ」


 ホッと胸をなでおろす阿部。そうです、そうです、田島所長とうんうんと満足げに横で頷いている。だが、阿部の予想は悉く天才たちの会話に振り回される。


Exactlyエグザクトリー。君の言う通り』


 ―—なに言ってるんですか、第八所長さん?


『コレは最高の研究材料になる』

「もちろん、第六研究所コチラもそのつもりだ」


 ——なに、同調してらっしゃるんですか……田島所長?


『これほどの規模、持続時間、拡大傾向』

「どれも捨てがたいな」

『未だにゲートは形状を維持し続けて、コチラにLinkリンクしている』

「波長が現実コチラと近似している可能性が高いな」


 ——こちらと近似?


『恐らく相応の転生者が失敗しているに違いない』

「繋がりやすくなっている要因は現実の人類による失敗の蓄積量になると想定するならそうなるな」


 ——えっ……失敗って……


「ちょっと、待ってください!」

「どうしたんだ?」


 二人の会話を横で聞き流していた阿部は思わず声を上げた。


「ゲートが、転生者の失敗と関係が、あるなんて……聞いたことないですよ」


 天才二人の会話の中に聞いたことも無い想定が隠れている。


『わかってない、わかってない!』

「黙れ不死川……」

「それじゃ失敗の蓄積って……転生者の死亡者数になるじゃないですか!」

「落ち着くんだ、これは仮の想定でしかない」

「でも……」


 第八研究所の所長と第六研究所の所長の二人の見解であるならば、それはもう答えに等しいのではないかと阿部は不安そうな表情を浮かべる。異世界転生の代償などとそんなものがあるなど考えもしなかった。


 二度目の人生、神の力を授かる恩恵ばかりが表立っていた。

 

「あくまで私と不死川の見解であって確証などない」

「それでもっ……もし、本当なら」

『どうできるというんだ、ベイビーちゃん?』

「っ……」

『考えも無しに私とMICHIRUの会話を遮るなよ、凡人が!』

「これ以上、私の部下を愚弄するなら回線を切る」

『待ってくれ、MICHIRU!?』


 不死川の発言に対して田島は脅しをかける。横にいる阿部の動揺の具合を観察するように見ている田島。だが、その視線に気づかずに阿部は何か困ったように考え続けている。


「阿部……おい、阿部!」

「は、ハイ!?」

「考えても無駄だ。無駄に労力を浪費するだけだ」

「…………だとしても」

「私と不死川の想定があっているとして、オマエが考えているような都合よく止める術などない」

「………っ」

「よく考えてもみろ。それが事実だったとして失敗は許されないと言われても無駄なことだ。失敗する時もある。死んだ人間を責めることなどできない」

「でも、何か打てる手立てがあるかもしれません!」

「ない……」

「もっと、イイやり方があるかもしれません!」

「ないんだ……落ち着け」

「どうして、諦めてしまうんですか! 京子さんなら! もっと必死に!」

「出来るだけのことはされている」

「何がされているというんですか!?」


 異世界のゲートが開くことは侵略に等しい。犠牲を伴うこともある。研究所ではその光景がハッキリと見えている。ブラックユーモラスの戦闘を見ているのだから、どんなことが起こっているのか一般市民よりも知っている。


 阿部の怒った顔に田島は困ったように返す。


「異世界転生という基本システムの周知、異世界人との交流社会の増進、学園対抗戦などの戦闘イベントの放映」

「…………」

「何の為にあるかだ……阿部」

「……まだ未転生である人たちの育成のためっていうことですか……?」

「そうだ。これが出来る手立てだ。どんな能力を授かるか分からない、どんな武器を持てるかも分からない。それでも、ある程度の知識をテンプレート化して民衆に叩き込んでいる」

「…………」


 田島に言われたことで阿部は言葉を失った。意識すらしていなかった。もし異世界転生というものを周知するにしても失敗が許されないから何が出来るのかと。


 何も手が打たれていないわけではなかった。


 ソレが何を招くかを公表されていないだけで――


 事前に渡される情報は転生者にになるものばかりだった。


 ステータスオープンなどの初期知識。エルフが魔法が得意でドワーフが技巧が得意っといったようにどのような種族が何が得意なのか。モンスターの形状、モンスターの特徴などが自然と刷り込まれている。


 学園対抗戦での能力系統での戦い方もそうだ。


 学園対抗戦で行われた戦いに涼宮強が退屈を示した。


『こんなんばっかだな。能力の戦いって……』


 基本的な能力での戦いはワンパターン。氷を火で溶かし。火を氷で防ぐ。何度も見たことがあるからこそ分かる結果に過ぎない。何度も学習するからこそパターンとして確立されるものだ。


 娯楽に見せかけられていながらも、


 ソレを知識として国民へと蓄積させている。


「日本政府は知っているんですね……」

「報告は上げている、ただ全部を開示する必要がないだけだ」

「そういうことですよね……そういう」

「お前のように悩むだけで無駄になることが分かっているからだ」

「……っ」


 何かできることをと考えてもしょうがないことだった。政府としても気づかれないように手を打っている。それを非難するような権利は答えを出せない阿部にあるわけがない。そして、自分がいま直面している問題はいたずらに日本全国に不安を広げることになるだけなのだと。


 それでも知ってしまったということに阿部の罪悪感がないわけでない。


 誰かに言えない残酷な世界の秘密を知ってしまったのだと――。

 

「ただ一つ言っておく」

「……田島所長?」

「お前の感性が間違っているわけではない。京子でも同じような反応を示しただろうと私は思う……だから」


 阿部の反応をちゃんと捉えた田島。


 それは彼女の罪悪感を少しでも軽くしようと


「あまり考えるな……無駄に疲れるだけだ」


 彼女なりの配慮がある言葉であり、田島ミチルの優しさだった。

 

 


《つづく》

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