第116話 お前の遊びに付き合う義務は私にはない

 第八研究所からのハッキング。それもゲート解放直前。


 行き過ぎたサプライズだった。それには第六研究所の職員全員が怒りを覚えた。


「田島所長………っ!」


 その中にはゴスロリ幼女も含まれている。いや、その幼女の皮を被った天才が一番の怒りを覚えたことは間違いなかった。即座にキーボードを叩き、ディスプレイにいくつものコード画面を立ち上げる。


 我慢がならかったのは言うまでもない。


 彼女にとって、この事態は喧嘩を売られたようなもの。不死川の愚行が天才の本気を引き出す。瞬間で流れるコードの中で不自然な点を探す様に眼球が激しく収縮を繰り返す。


 売られた喧嘩を買うかの如くキーボードが乱雑に叩かれる。田島ミチルによる異物の排除。違和感を感じたコードを修正して手動でパッチを当てていく。これは第六研究所の脆弱性をついた第八研究所からの挑戦状に他ならない。


 ——うんうん……やっぱり、キミはマーベラス。


 その姿をモニター越しに眺める不死川はご満悦の様子を浮かべ、職員は田島の鬼気迫る状況に手が止まる。天才と凡人の違いは瞬間的な瞬発力の違いに近い。問題への取り組む速度は加速の一途を辿り、鬼の集中力は周りの情報を削除しモニター画面に映るコードだけの世界に入り込む。


 ——ココと………ココ。


 次第に中央モニターの制御を奪い返していく。


 ——この穴を着いてきたのか………。


 ただ冷静に即座にコードを書き換えて組み上げていく。論理で城の防壁を強固に変えていく。制御を奪われたコードを全て取り返し、穴埋めをして彼女はキーボードのエンターを叩きつけ、不死川の映るモニターを一台だけ残す。


「これは何の冗談だ……」


 そして、田島みちるは席を立ちあがってモニターに指さす。


「不死川」

『いや、いや……』


 モニター越しの田島の怒りを受けてはだけていた服を整える。はだけていた上半身をシャツのボタンを留めて隠し彼は襟を整える。田島の眼光は事と次第によっては容赦しないと告げている。


 その気迫を正面から受け止める様に――


『やっぱり、キミはサイコーのLadyレディ


 彼は手を叩き彼女を賞賛する。


『その容姿、その並外れた行動力、そして有り余る知能』


 不死川にとってこれ以上ない条件の女。それが田島みちるに他ならない。同じ程度の知能を持つ彼女だからこそ彼を引き付けてしまう。このサプライズに反応できたのも数いる職員の中で彼女だけだ。


『迷いも無く私に答えを返すのは君だけだ……』


 不死川にとってのゲーム。数十秒の攻防。


 ソレはお互いが同等だからこそ仕掛け返せる。天才と天才でしか見えない領域がある。凡人には入り込めない未踏の領域。天才として生まれてきたが故の孤独を埋めてくれるのは同等の存在。


『僕と会話出来るのは、キミだけ』


 だからこそ、不死川にとって田島ミチルの存在は愛おしくて堪らない。


『ボクの孤独を埋めてくれのは………No other than youキミ以外あり得ない!! Only My Little Girl オンリー マイ リトル ガァール!!』 


 だからこそ、一人の天才は孤独を埋めてくれる幼女風の女に愛を囁かずにはいられない。しかし、そんな道理は一方通行でしかない。


 孤独を埋める仲間を持ち合わせた天才には必要もないもの。


「オマエとワタシの間に会話など成立していない……私は言ったはずだ」


 田島にとって、大規模にゲートが解放される機会は重要な意味を持つ。


「何の冗談だと……質問に答えろ――――」


 このフザケタ余興に付き合う時間も惜しい。それ故に対応を数十秒で終わらせたのだ。田島の決意は固い。その意思が、怒りが、眼光に鋭く宿る。脳に呼応するように第六研究所全体の鋭い怒りの眼光が一人の天才へと向かう。


『ふぅ…………』


 モニター越しの不死川が指を画面外に向けて鳴らす。その動作に反応するように第八研究所という彼の手足が反応を示す。いくつも飾られたバラを職員たちが総出で片づけ彼の元にキャスター付きの椅子を運ぶ。


『君を怒らせたいわけじゃなかった……それは本当だ』


 先程までの狂人が嘘のようにおとなしく冷静に言葉を返してくる。田島たちの怒りを受け止めて態度を改める様に男は椅子に腰かけて姿勢正しくして答弁を続ける。


『今日という日が待ち遠しかった、ボクは……キミと話せる日がね』


 少し悲しみを滲ませて怒られ拗ねた子供のように、


『こんな大規模なゲートが開くのなんて数年に一度あるかないかだ』


 きれいな言葉で男は真意を語る。


『直近では……大晦日の大阪であったけど、次はいつ来るかも分からない』


 第八研究所の所長にとって田島みちると交流する機会。それは数多くない。お互いに研究分野が違う。一緒の研究をするわけではない。各研究所がお互いの役割を持って別方面で世界改変の情報を蓄積・解析している。


『だから、第六にあるセキュリティの穴を教えたかったんだ……ミチル、キミならすぐに気づいてくれると思って……』


 これは彼にとって楽しいゲームでしかなかった。田島みちると知能を競い合う遊び。田島を天才と認めているからこそ彼は孤独を忘れられる。それは純粋な想いでしかない。純真無垢な子供が遊び相手を欲するようなものに近い。


 田島とはまるで逆だった。子供のような容姿で大人の思考を持つ田島とは。姿は大人でも子供のようにしょげる男に第六研究所の怒りの熱が奪われていく。反省している姿にため息が零れる。


「不死川……」


 その中、田島が声をかける。


「お前の遊びに付き合う義務は私にはない」


 ソレは冷たくあしらう様な言葉。


 言い分は理解しているがそんなことなどどうでもいい。


「あと一分で……ゲートが開く」


 その言葉に第六研究所の職員たちがハッと気づく。この珍道中の最中にもう間際の時間まで来ていたことに。残り一分でゲートが解放されるということは一番重要なデータが生まれる瞬間。


「その後で、オマエとは話をしてやる」


《つづく》

 

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