第115話 第六研究所へのサイバーテロ

「くそぉ……意外と遠いな」


 空の上で少年の声がした。白と青が混じる景色の中を一人の人間が風をきって疾走していく。獅子のたてがみのような黒い髪が風に揺れる。冷たい空気を引き裂くように足音を立てていく。


「栃木の分際でっ……」


 この世界で神しか彼が何処にいるのか分からない。何もない場所で何の能力もないはずの人間が空中を足場にして走っていくなどと想像もしていない。そこに何もないように見えても空気が存在する。それを感覚的に踏み込んでいるなど思いもしない。


「遠いんだよぉおお!!」


 怒りを叩きつける様に足音を鳴らしてかけていく。






「電話を切ってくれ」

「えっ……え!? 田島所長!?」


 第六研究所にかかってきた電話を切る様に指示する田島。彼女の顔は心底イヤそうに歪んでいる。その指示に動揺する女性職員の阿部。


「第八研究所の所長ですよ!?」


 彼女からすれば田島と同等の地位にいる男からの電話を保留中にぶった切れと言われている様なもの。いくら友達感覚があったとしても動揺は消せない。それを見かねた田島がしょうがないと彼女の電話に手を伸ばして受け取った。


 保留を解除して耳に恐る恐る話しながらも近づける。


「…………」

『ハロォオオオー!』


 電話口からテンションが狂ったような奇声が鳴り響く。田島は近づけようとした受話器をさらに遠ざける様に手を伸ばして遠ざける。この電話の向こう側にいるやつが五月蠅くて嫌いだからだ。


 対照的に電話口の声はさらにボリュームを上げる。


『ワタシのMICHIRyuuuuUUUUリュゥウウウ!!』

「…………私はお前のじゃない」


 愛の叫びを一蹴するように田島はぼそりと受話器に向かってこぼした。


『そんなに恥ずかしがることはないじゃないか! 今日というこの日が僕たちの記念日になるの、DA・KYA・RAダ・キャ・ラ!』

「悪いが私は既婚者だ。ちなみに戸籍上は藤代みちるだ」

『偽装結婚の事実などどうでもいいことさ! 障害があればあるほど恋は燃え上がるモノさ!! 私達の愛を、愛を、愛に障害があろうとも、I need youuUUUUUアイニュズュユウウウウウ

「………燃え上がって障害があるのは、オマエの脳だ。私にとっての障害だ、キサマが」

『生涯なんて………僕等の愛は一生ものってこと、DA・YO・NEダ・ヨ・ネェ!!』

「…………なんの、ようだ、」


 さすがの田島でもピクピクと怒りが滲みでる。会話が成立しない苛立ち。一方通行の意味不明なやりとり。とりあえず愛を囁こうとしている男だがコミュ障などと生易しいものではない。そのデカい声でのやりとりを隣で聞いている阿部の顔も苦笑いでしかなかった。


不死しなずGAWAァッ!?」


 田島の声色の変化に男はビックリしたように態度を急変する。


『用が無ければ話も出来ないなんて……恥ずかしがり屋のロマンティック乙女OTOMEだね。MICHIRUは』

「…………ッ」


 ——殺したい、今すぐに!?

 

 いきなりの落ち着いた声色に殺意が湧き上がる。小ばかにするようなセリフだが至って第八研究所の所長はまじめに愛を囁いているだけ。それがなおの事、田島ミチルを怒り心頭にする。


 その怒りが伝播するように阿部に伝わる。男としての魅力が皆無である。


 だが、そんな状況など基地外コミュ障には伝わるけもなく。


『ボクから君にサプライズなプレゼントを贈るよ、マイラバァーMICHIRU……』


 酔いしれているナルシストに通じるわけも無く、混乱が拡大する。


「なんか……さっきから画面にノイズが走るんだが……」「三番モニターの様子がおかしいぞ」「接続不良か……?」「いまケーブル確認中、問題ありません!」「替えのモニターを持ってきてくれ!」「ダッシュで行ってきます!!」


 中央画面の一つにノイズが紛れ込んでいた。第六研究所の職員が慌てて対応に走り出すと同時に突如として起こる異変。


「ちょっと、待って!」


 備品倉庫に走って向かおうとした職員を止める声が響く。職員たちが不思議そうに席を立ちあがる。ノイズに見えていた白い線が動いている。それを目を凝らして視ていると隣のモニターにも移っていく。虫のように白い線が中央モニターの中を動き回る。


「所長!?」

「…………ん?」


 その騒ぎにようやく田島たちも職員たちから一歩遅れて気づく。


「なんだ、これ!?」「おい、なんか文字に見えねぇか?!」「確かに何か書いてある」「これ……」「おいおい……」


 次第に白い線が自由に動き回り一つの文字を書き上げていく。中央のモニターを動き回っていた白文字たちが整列するように徐々に画面を埋め尽くしていき一つのアートを完成させるに至る。


『これが僕からのプレゼントさ』

「…………やってくれたなッ、不死川!?」


 ゲートの解放までまもなくというところでウィルスのようなものを喰らった田島の心中は揺さぶられていた。これほどまでの攻撃をしかけてくるプレゼントなど想定していない。


 画面上に大きく映し出される――『Ⅰ LOVE YOU』。


 まさにサプライズである。


 だが、不死川の攻撃はまだ終わりを見せなかった。誰もがその文字に注目している最中に突如として切り替わる画面。全てのモニターを支配している不死川のサプライズ攻撃。


『僕の全てを君にあげるよ』


「な……ッ!?」


 サイバーテロにより第六研究所に広がる波紋。画面を乗っ取ってくる同じ国立研究所の所長。その男の姿がデカデカと画面に映し出される。一本のバラを口に咥え、白衣ははだけ乳房が露わになっている。


「……………くっ!」


 それが美男子であればまだ目に毒でなかった。


 痩せて骨が浮き彫りになっているみすぼらしい体。大量のバラを背景にして映り込む第八研究所所長。白髪の髪は無造作に伸びきっており、メガネをかけたしゃれこうべのようなしゃくれた男。それがヌードモデルさながらポージングを取って、セクシーだろと言わんばかりのポーズをカメラ目線で決めてくる。




Ⅰ LOVE YOUアイ ラブ― ミチル




 ゲートの解放まで残り三分切った時の出来事。勘違いやろうがサイバーテロを第六研究所に仕掛けてきた衝撃はすさまじかった。第六研究所の誰もがモニターに殺意を覚えざるえなかった。



《つづく》

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