第109話 ガッデムメェール!!
「豪鬼さん、もう間もなくゲート開放予定場所付近に到着します!」
「う………む」
激渋の剣豪を乗せた移動車両は東京から栃木への移動を終えようとしていた。黒服の人数は十五名。それが一車両にごった返して座っている。誰もが緊張感に包まれていた。
杉崎莉緒も揺れる車両の中でバランスを取りながら入念に準備運動を繰り返す。各々の吐息が漏れる音が飛び交う。剣豪以外の全員が体を軽くほぐすような動作を行っている。
その中で剣豪は静かに佇む。
刀を抱きかかえ眉間にしわを寄せている。
その原因はこれからの戦闘に――
関係ない。
出発前に剣豪はメールを一件だけ慣れない仕草ながら携帯で打った。フリック入力など覚えることもなくボタンを連打しての文字入力。
剣豪のあまりの入力の速さに処理が追い付かないながらも、豪鬼は頑張って重要な内容を打ち込んだ。
『今日残業になると思います。帰り遅いです。パパ、晩御飯要りません』
実に家庭的な内容。
これから栃木での戦闘が長引くであろうことを予想してのサラリーマンの見本的対応。送ることにより、マイホームについての『アンタ……食べる気あったの?』という妻の叱責を逃れるテクニカルメール。
いっぱい残業してきて疲れた体に家庭での不協和音は堪える。
妻の遅くまで起きて待ってなければいけない鬱憤も分かる。けども世のお父さんたちは理解をして欲しいと願う。仕事が辛いんです……の一言。疲れ切った体を癒すのがマイホームと思ったら大間違い。
帰っても男の戦場は続くのだ――
家族サービスを欠かす旦那には冷遇が待ち構えるのだから。
だからこそ、中年剣豪九条豪鬼先読みの一手。
ご飯いりませんよ、メール。
しかし、返ってきたメールが彼を傷心させた。
ユーガットメールとなる音声。流暢な英語のせいでユーガッデムメェール!のように聞こえる畜生メール。まだデーモンさんにインタセプトされた方が良かった。人のメール大好き
知らない方が良かったことが多い世界。
『あ、そうなの。今日、外食で焼き肉食べに行く予定だったから』
豪鬼、まさかの焼き肉回避。
——嘘だろ、焼肉だったなんて………。
妻の都合で決まる食卓。豪鬼痛恨のミス。
レンジでチンの生活が週三回を占める豪鬼にとっては大ダメージ。明日への活力となる牛肉イベントの回避。妻も焼き肉にご機嫌でビールの一つも飲めたかもしれない。そんな年に二度程度しかない誕生日に並ぶイベント。
——なんてこった…………ッッ!!
痛恨のミスを思い起こし豪気の表情が強張る。肉薄する切ない中年の渋顔に仲間達は只ならぬ気配を感じ取る。これから向かう戦場は六体神獣クラスと噂される激戦予想地。
さすがの剣豪でも緊張をするのかと、戦慄が走る。それも剣豪は気づかない。それどころではないのだ。
続きの文面が、あったのだ。
『アンタいないなら、アタシと娘で焼き肉食べてくるから別に構わんけど』
自分抜きでの豪遊を決行する嫁の暴挙。
一家の大黒柱である豪鬼を差し置いてのパラダイス状態。生活費を稼いでいるのは豪鬼。全ては豪鬼の働きによって九条家は賄われている。その事実を無視している家庭状況。
「グッ…………グゥ、グッ――!!」
ソレが与える精神的ダメージは計り知れない。歯を食いしばって耐える豪鬼の姿に車内の緊張感が三割マシである。ただならぬ気配を出しすぎている。焼き肉食べたい中年の残業への憎しみは計り知れない。
——何故だ……なぜ、この、タイミングでェッッ!!
「豪鬼さん……」「とんでもねぇ気配を感じるぜ……」「こんな……豪鬼さん見るの初めてだ」「古株の安畑さんでも……初めてなんすか」「あぁ……豪鬼さんのこんな呻き声を聞いたことはない……」「相当気合入れろってことだよな……」
——クソ……クソクソッ。
周りのヒソヒソ話に耳を傾ける余裕も無い。
これほどの悲しみがあっていいのだろうかというぐらいに豪鬼は落ち込んでいた。メールにはさらに信じられない扱いをする文章がついていた。
『あ、賞味期限二日過ぎちゃった冷凍食品あるんだ。捨てたら勿体ないから、アンタはそれをレンジでチンして食べてね。賞味だから二日ぐらい大丈夫でしょ、アンタなら。じゃあ、キビキビ働いてきて、パパ』
——なんで…賞味が切れたやつなんだよ……ねェだろ。
嫁のパンチ力が高すぎた。
——その扱いは……さすがにねぇだろぉ……っ!!
家庭内でのヒエラルキーが低いと言っても人の尊厳はある。なぜ家族が自分不在で焼き肉を食べてきた後で、命がけで仕事をしてきた自分が賞味期限切れの冷凍食品を喰わねばならんと憤る。
——こっちは………今日死ぬかもしれねぇんだよ……っ。
哀愁漂うサラリーマン川柳にでも応募したい気分。
こんなことが世の中であることが無いと思っているヤツは人生経験が少なすぎる。あるのだ。実際に世に
なぜかの父親虐待。
——豪鬼、頑張ってんのに……そりゃねぇよッッ!!
男はバカだ。女の団結力を甘く見て仕事にかまけて家庭にいない間に侵略されているのだ。大黒柱で王であるはずの中年が家庭内で失脚している現象。父親の尊厳が甘く見られがちな現代社会の問題。
——俺ヌキで焼き肉とか……ネェダロォオオオオオオオオオ!!
その負の縮図が九条家には存在するのだ。
——ナンダンヨォオオ、ソレェエエエエエエエエエエ!!
栃木で戦う前に家庭内でのやり取りで惨敗をきした中年。
——あんまり、ダァアアアアアアアアアアア!!
「ありえない……ッッ!!」
怒りがこみ上げてくる豪鬼。
正にそこには鬼がいた。
中年の哀愁を糧に荒ぶる渋顔の鬼が――。
ソレがブラックユーモラスNO.3の本気の怒り。日本一の剣豪と言っても過言ではない見た目が渋い男の激昂。焼き肉一つで人生の終わりかのような窮地に追い込まれる。
―—クリスマスよりも誕生日よりも、大事な日だ。
「
だからこその気合。
——豪鬼、焼き肉が食いたい!! ビールも飲みたい!!
「
——魔物、速攻ブッ殺すッッ!!
剣豪の言葉に誰もがハッとした。
この男は生きて帰るつもりなのだと。この気迫はその表れなのだと。
ソレが自分たちのリーダーの決意だと黒服たちは受け取る。
「目的地に到着しました。ご武運を!!」
車両が止まると同時にイクゾォオオオオオと最強の黒服を纏う勇者達が外へと荒ぶる勢いそのままに出ていく。その後ろから小さき声で焼き肉とブツブツとぼやく中年剣豪が続いていく。
標高約1,390mから1,400m、
広さは400haに及ぶ辺り一面が開けた広大な湿原地帯——栃木の戦場ヶ原。
そこが、九条豪鬼達の戦闘場所となる。
《つづく》
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