第108話 世界で一番強力な兵器

 関東のとある飛行場で騒がしい音が響く。これから離陸準備に取り掛かる戦闘機のエンジン音が周囲に暴風と爆音を響かせる。その隙間を縫うように迷彩服を着た人間が駆けていく。


 それは防衛国における唯一の軍事力。


 自衛のみを目的とする戦闘力の行使。諸外国への牽制を目的とした非侵略を掲げる国家の対抗手段。最新鋭の戦闘機を配備し、軍事大国から調達した武器を装備し、戦略的防衛訓練を重ねる日本の自衛権。


 だが、世界改変後にその秩序は崩された。


 国が立ちいかなくなった。


 攻めてくるのは外国だけは無い。この世界には異界からの軍隊が押し寄せる。


 僅かな兆候の数時間後には戦争が始まる。それも攻め込むのでは無く攻め込まれるだけの戦争。だが、そんな戦争でも得るモノはあった。奪われるだけではなく、奪えるものも彼らにはあった。


 異世界の科学文明――。


 その発見により、従来のミサイルとは違うものが出来た。


 通常では発見すら困難であったマナを利用した特殊兵器。マナという自然エネルギーを濃縮することによって得られる対魔物兵器。地上を焼くことも無く有害物質を出すこともない。


 狙った相手だけを殲滅する重力磁場発生弾道型ミサイル——テクノブレイク。

 

 おまけに熱源感知や画像認識による自動追尾ではなく、生体遺伝子の固有識別。


 他にも魔術付与型自動小銃まじゅつふよがたじどうしょうじゅう超電磁砲ちょうでんじほう搭載。最高速度時速10000キロメートル、それに耐えうる魔法強化装甲。そして、燃料は地球四周分を一滴という少量で可能とする、マグナドライブと呼ばれる竜の血液を加工したもの。


 それもごく一部にしか過ぎない。


 未知の文明との戦争がもたらした繁栄は凄まじかった。


 僅か十数年で近代兵器を数千年先の兵器へと変貌させるに至る。


 なによりも異世界で知識を得た者たちの帰還が大きかった。魔物という空想生物の素材の加工方法、そして異世界人の文明の知識を持って返ってくることに成功していた。機械の体を得て帰ってきたもの達。先端的文明の科学技術を取得した者が持ち帰った本来であれば不出の技術。

 

 全てが織り交ざり、文明の発展の均衡は大きく崩れ一変する。




 だが、世界でという概念も、


 急激に変わることになった――。






「コレはどういうことだ……田岡?」

「いやー、さすが総理ですね!」


 京都では避難が完了していた。街からは人が消えて黒服をきた男達しか残っていない。どこの通りを見ても人は一人としていない。すでに県外への避難誘導が完璧にこなされていた。


 これから戦争の舞台となる場所は市街。


 古都の景色を残し古き日本家屋が立ち並ぶ街並み。世界的に文化遺産としても記録されているものも多く、歴史的な街並みを維持してきた。自然も多く、歴史的景色も残り、時代的町並みも融合している日本屈指の観光都市。


「すごいっすね! もう完璧に避難が済んじゃってますよ!!」

「……そうだな。俺ら以外誰もいないよな………」

「これで戦いやすくなりますね!!」


 京都の中京区に火神が率いるブラックユーモラスが到着している。これから三十分以内に戦闘する。その静けさを前に満足そうにする田岡の横で火神恭弥がいつものように眼つきを悪くして立って状況を確認している。


「なぁ……田岡?」

「どうしたんすか、火神さん?」

「オマエ、総理が俺らに何してくれたか分かってるか?」

「もちろんですよ!」


 火神の問いに田岡は胸を叩いて分かってますとアピールする。


「戦闘前に住民の避難誘導を完璧にこなしてくれました! これで遠慮なく俺たち全力で戦えますね!!」

「…………へぇー」

「火神さん、反応がうすいっすね?」


 お膳立ては全て整えてくれたのに火神の浮かない顔に田岡は首を傾げる。火神は田岡の答えに反応薄くただ京都の街並みを首を回して眺めている。火神が見る場所見る場所は人の気配も無い。


 田岡の言った通り、通りに出ている者もいなければ、近辺には自分たちしかいない。


「わかった、火神さん!」

「なにが……わかった?」

「総理が駒使いしたことにご立腹したのがまだ続いてるんですね!」

 

 総理の演説を聞いた火神の怒りが未だに続いてると予想する田岡。自分達が活躍すれば総理の手柄になる構図が完成している。ブラックユーモラスの地位もあがるが、それに乗じて総理の支持も上がる。


 何の見返りも無く一方的に便乗されているのだ。


 それに火神が苛立っていたのもある。


 だが、それ以上にいま現在は話が違うのだ。


「田岡……お前の両目は腐ってんのか?」

「えっ……」


 怒りの矛先が自分に向いてることを察知する田岡。これは火神恭弥はイライラしている。爆発寸前の手前。眼球を焼かれるやもしれないと恐怖が田岡に走る。


「なんで、俺たちしかいない?」

「…………」


 ——どういうこと??


 詰め寄ってくる言葉。しかし、田岡は自分の過ちに気づけない。


「最初はどういう話だった?」

「えーと……」


 田岡は必死に思い出す。これは詰問である。


 間違えれば胸パン以上が確定している罰ゲーム式の火神さんクイズ。


「栃木と京都でゲートが……開くと」

「そうだったよな、その時に総理は言ったはずだよな!」


 あからさまに火神の怒りがこみ上げている。田岡には記憶力が欠如していた。


 火神はしっかりと覚えていた、総理が言った言葉を。





「なんで、自衛隊が京都ココにいねぇェエエエエ!!」




 総理は演説の際にブラックユーモラスの名を出すよりも前に伝えていたはずだ。国で準備は整っていると。魔物に対しての対策も取られていると全国民に向けた確かに言っていた。


『さらに魔物の出現に備えて航空自衛隊が対魔物兵器を積んで出動準備を整えている。


 避難は終わって、もぬけの殻。


 空には戦闘機など飛んでもいない。おまけに地上には迷彩服を着た自衛官などいるわけもない。ここにいるのは黒服の者たちだけだった。


「田岡……オマエは本当に分かってねぇなッ!!」

「イタイッ!!」


 頬骨を思いっきり拳で殴られて田岡の悲鳴が市街に響く。


 田岡を殴ろうとも火神恭弥の怒りは収まらない。


「完全に嵌められたんだよッッ!!」


 これは総理の罠だと。美味しい所だけ全て持っていき、おまけに自分たちを完全にダシに使った作戦だと。京都の街並みを見て火神恭弥は理解する。この街並みを残す必要があるのだと。


 ——街が壊れたら…………コッチの責任でってことかよ。


 受け止めるしかなかった。


 なぜなら、総理の言った言葉が完全な嘘だとも言えないからだ。


 派遣するとは一言も総理はこぼしていないのだから。京都におくらずとも栃木にだけでも自衛隊を送れば公約は達成である。だからこそ、完全に火神たちは嵌められたに近かった。


 最小の被害で、最大の利を出す総理のやり方にまんまと嵌った。そして、政玄は理解している。


 自衛隊を出すまでも無いということを。


 この国で一番の強力な兵器とは何か――。


 概念は覆された。


 人を殺すための兵器が無意味になる時代。


 銃で人を殺すのが難しくなった時代。


 この世界で一番強力な兵器は――


「俺らでやるしかねぇぞ、田岡!」

「ひゃ……イ!!」


 人間そのもの、


 人間兵器にんげんへいきこそが最強なのだと。



《つづく》

 

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