第103話 警戒すべき存在ではあります
「総理、お電話です」
「誰からだい?」
外ではこれから起こる異変で騒ぎになっているにも関わらず、総理大臣は座ったまま平然な表情で秘書に問い返す。秘書も総理と同じく平然と毅然とした表情のまま抑揚のない声で答える。
「御庭番からの完了報告です」
「実に仕事が早くていいね、彼女らは」
秘書の言葉に静かにニコリと笑い、
彼女から差し出された電話に彼は手を差し伸べる。
「ご苦労だったね、彼らの様子はどうだった?」
山でどれだけの血が流れようとも鈴木政玄の表情も声色にも動揺はない。彼が取り乱して見せたのはゲートの報告を聞いた時だけだ。それ以外、彼は感情を揺らさない。ただ黙々と国の中枢を担う役職をこなす人間。
だからこそ、頭首の言葉にも敬意が籠る。
この男を敵にしてはいけないと――。
『大した狂人っぷりですよ。さすが総理がお目を付けただけはあります』
「中々にイタイ言葉だね、ハハ」
『無理難題を言われているコチラの身もありますので、多少の失言もお許しください』
軽やかにお互いの言葉をぶつけ合う。
総理の愛想笑いが終わると同時に女は要件を伝える。
『総理のご依頼通り殲滅はせずにアチラの主力は残して置きました』
「君たちにはいつも苦労をかけて申し訳ないね」
『有難くお言葉を頂戴いたします。それと別件についてなのですが』
女の本題はコチラにある。任務としては総理の意向に沿う形での完了ではない。
『鈴木玉藻様は時政宗により保護されました』
失敗と取られるものか良しとされるかは総理の裁量次第だと女は言葉を繋げた。
「そうか……トキがか」
総理にとって予想外の事態でもある。
総理にとっては御庭番衆に依頼したのであって、時に依頼した覚えはない。それでも、時政宗は自分の命令に背いたわけではない。老兵に玉藻専属の護衛としての役割が与えられている。
「ならば、致し方ないね」
『報告は以上になります』
総理の回答を来た女は職務を終えたと言わんばかりに終わりを告げる。
だが、
「ちょっと、待って貰えるかね?」
それは静かな言葉に遮られる。
『何か他にありますか………』
電話口の声が警戒を強める。
「異世界異端者を直接見て貰ったわけだが、」
総理は彼女の動揺を楽しむように声を微かに弾ませる。
「彼らの実力は君たちから見てどうだい?」
総理の言葉に女は僅かに考え込む。この質問をして総理が求めているものとは何かということに頭を働かせる。異世界異端者の実力を知ることで何を知りたいのか。
『涼宮晴夫の抹殺について、見合うかということでしょうか?』
「それもある。あとは君たちに彼らを始末することが容易に出来るのかということの点だ」
『涼宮晴夫の抹殺であれば五分五分と思われます。異世界異端者の始末については、十中八九問題はありません』
「そうかい」
『但し、十中八九です』
「何か……君たちにも懸念があるということかい?」
総理の言葉に女は淡々と事務的にことを話す。
『あります。涼宮晴夫を相手に五分五分と言ったのは彼らの特性に近いものです』
「特性?」
『異世界異端者の型に嵌った時に五分です。トリプルSランクである晴夫ですが、要は人間一人。奴らも馬鹿ではない、単独である強大な敵を複数の能力者で型に嵌めることを前提にするでしょう』
「型というのは彼らの得意とする形ということかい。すまないね、戦闘は疎くて」
『いえ、説明が不足しており申し訳ございません。いうなれば、厄介な部類にあたる者たちが多いということです。彼ら狂人と実に相性がいい能力系統』
実際に目の前にしたからこそ、彼女は情報を持っている。明らかに戦闘集団としては見劣りしている。それでも警戒すべきものが残っていることを彼女は長年の勘から感じ取る。
少なくとも彼女が目にした主力二人以外、
ミミと白狼を除いた連中に怪しい雰囲気を感じ取っていた。
『————術者が多い』
術は、戦闘タイプでも特殊な部類に当たりやすい。
媒介を用いる動作が入ることから近接戦闘などに於いては効力が薄い。それでも、汎用性が高く変幻する戦闘スタイルが多い。それに魔法とは異なる系統の属性も多くあり、種別の判別に専門性を用いられる。
だからこそ、型に嵌ると厄介なことこの上ない。
おまけにソレが、
『アイツらの使う媒介は最上級に近い』
人の命を使うのを躊躇うことがない連中だとしたら、彼らは自分の能力を遺憾なく発揮できるということになる。だがお頭の懸念はそれだけで終わらない。
『リーダーとなる男に会いましたが、アレの元に多くの狂人が吸い寄せられています』
少なくとも山で数十人の兵士を目撃した。
それだけの集団をまとめる器量がある男が頭首。
『だからこそ、警戒すべき存在ではあります』
《つづく》
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