第92話 異世界異端者 VS 御庭番衆 —飼い犬の序列—

「お前の言う通りだ……」


 包帯男の言葉を受けて、女は身を乗り出す。


「この狂った世界はいつか終わる為にある」


 女は全てを知るが故に言葉を語る。この狂いはその序曲にしかないのだと。


「だが、それはお前の望む世界なんかじゃない」


 女の射殺すような眼つきに包帯の眼球が僅かに収縮する。その言葉の真意を測ろうと頭を動かすが、この女はこれだけで分かる訳がないとタカを括っている。女は乗り出し身を後ろに引いて椅子の背もたれに手をかけた。


「神話はいくつ知っている?」

「…………」


 包帯男は女の問いに沈黙して眉を顰める。


「キリスト教の聖書も一種の神話だ。他にもギリシャ神話、ケルト神話、北欧神話、インド神話、数えればキリがない」


 女は意気揚々と男に語る。これがお前の問いに対しての回答だと。


「人間が思う神と、人間が創った神には相違がある」


 誰もが女の話に耳を傾ける。この話に何の関係があると。


「人間が思う神っていうのは、結局のところ人間を救ってくれる偶像に尽きる」


 女は机の上に指を滑らせて、


「だが神話に出てくる神っていうのはそういうものか、否だ」


 止める。その指を動かした距離だけ認識に剥離があるのだと。


「私達が異世界転生で会う神々は神話の産物だ」


 これがミレニアムバグにおける異世界転生というシステムにおける根幹。

 

「その神が死んだ人間に二度目の生を与え救済する為に能力をくれる?」


 女の声に疑問が宿る。答えを知っているからおかしくてしょうがない。だが聞く者にとっては何か違和感を感じる。そんなわけがないと女が態度を露わにしているからだ。


「そんな都合のいい神なんていなかったはずだ」

 

 女は包帯男の学を確かめる様に一本の指を相手に向けた。


「神話の中の神が人間を救うか?」


 包帯男はそういうことかと呆れたため息を零す。


「違うだろ、神は人間を試しているだけだ」

「あぁー、そういうことになるな」

 

 包帯男は女の話に乗る様に身を乗り出す。


「アンタの言う通りだ、北欧神話では世界は火の巨人に焼き尽くされて滅びた。ギリシャ神話では神は人間を見限って見捨てた。インド神話では三大神と呼ばれる一人が世界を破壊するための神であり、宇宙規模で世界はぶっ壊されて再生を繰り替えす」


 包帯男は嗤って話す。どの神話でも人間が救われるというよりも裁かれることの方が多いのだ。ずっと神に人間は試されている。神は人類種に困難を与える役割。


「そんな神たちが人間に力を分け与えて何を企んでるのかってことだよな?」

「その通りだ。この異世界転生ってものが一時の夢と思ってる奴は幸せなバカだ。これは猛毒だよ。一時の甘美な栄光を味わう代わりに未来を全部奪われている」


 異世界転生が人間にもたらすモノは何か。女はソレを饒舌に語った。


「生と死の概念を植え付けられるのさ」

「…………?」


 狼少女は二人の会話についていけずに頭を混乱させる。


「そういうこった」


 狼少女の困惑を他所に包帯男は楽しそうに女と会話を続ける。


「一度死んだら生き返り甘美な毒を渡された、また死が恐くなる」

「人間は一度成功の味を知ると貪欲になる。死んでもいいと思っていた奴が成功なんてしようものなら尚更だ」

「生きていることが素晴らしいと感じた人間ほど、結局は破滅に向かうってことだな。神の猛毒とは、アンタよく言ったもんだよ」

「…………ん??」

 

 実に楽しそうに二人がお互いの見解を述べていくのに狼少女はずっと眉間にしわを寄せる。お頭がここに来た目的を知らないが主旨とどこかズレていることは少女にも分かる。


 楽しくお喋りをしに来たわけではない。


 小狼の反応に気づいていながらも、それでもお頭の饒舌さは止まらない。


「ミレニアムバグがどれだけ恐ろしいことの始まりかってことだ」


 そして、お頭は包帯男の瞳を微笑んで見つめる。


「ソレに気づいている人間が狂人とはね」

「悲しくなるか?」


 男も女に向かって微笑みを向ける。それに女は鼻で笑ってかえす。


「いいや、正常なフリをしているヤツよりも本当に狂ってるヤツの方がアタシは好感が持てるよ」

「それは嬉しい限りだな」

「よっと」


 女は勢いよく椅子から立ち上がり、机に脚を乱暴に乗せて手を男に伸ばす。誰もがその行動に緊張感を高める。女はあろうことか、男の胸倉をつかんで引き寄せたのだ。


 これはトップ同士の話し合いの最中。


 饒舌に話す二人の空気に惑わされていた。どちらも殺す気があって、何かを間違えれば殺し合いになる場だということを失念していた。


「何のマネだよ?」


 包帯の男は上から見下ろしてくる女に嗤って問いかける。


「二択だ」


 女は男を試す様に問いかける。世界を自分の為に変えようと足掻くというのなら、その覚悟と度量を測ってやると。


「お前らには首輪がついている」


 これは前提条件に他ならない。


 もうすでに契約を交わしてしまっただろうと。


 鈴木政玄と言う悪魔との契約を――。


「序列を守るか、反旗はんきひるがえすか」


 忠告を取るか、反乱を取るのか。首輪に収まることをとるのか、首輪を引きちぢってでも暴れ来ることを選ぶのか。そのどちらかでお前の生死が決まると女は瞳に殺意を宿す。




「————どっちだ?」




 その空気が他の者たちを刺激する。


 部屋にいるもの全員が悟る。これが開戦の一歩手前であると。


 異世界異端者のリーダーの返答によって全てが動き出す。


「序列を守るよ」


 包帯男は選択を終えた。それでも、その胸倉から手が離れない。


「勝手に動き過ぎた、に手を出したのがいけなかった」


 女の殺意が宿る威圧の中で包帯男は反省の言葉を語る。


「こんな大事になるとは知らなかったんだ」


 ソレが何を示すのかはけして語らない。それでも、オマエなら分かるだろと包帯男は御庭番衆に言葉を投げかける。こういうことでこちらに来たのだろうと。


「依頼内容を把握してなかったのはコッチの落ち度だ」

「…………」


 男の言葉を聞いて女は手の力を緩めていく。


「分かればいい」


 女は机に乗せていた足を降ろして入り口側に向けて歩き出す。


 その後ろで包帯男が歩く女に声をかける。


「序列っていうのは…………」


 全てが終わったはずなのに、蒸し返そうとする狂気。




御庭番衆アンタたちが一番ってことだよな?」




 挑発を含むような言葉に女の足が止まる。男の白々しい言葉に含まれる序列の順位付けは依頼主である鈴木政玄を抜かしている。これはそういうブラックジョークだ。


『飼い殺すつもりか?』『お前らには首輪がついている』


 お前たちもまた飼われているのだと。


 だからこそ、女は包帯男に嗤って返す。


「飼い犬でも、私達は気性の荒い――」


 飼い犬でも大人しくはないと包帯男に舐めるなと。


「猟犬だ」


 お頭の後ろで小狼が牙を立てて唸り声を上げて威嚇する。


「敵がいれば首元に喰らい付いて息の根を止める」


 お前らと一緒ではないと。


 貴様ら狂人と同じものではない、序列が違うのだと。


「せいぜい、キャンキャン騒がずに大人しくしていろ」

 

 お頭は狼少女に行くよと告げて引き連れて洋館を後にしていく。


「テメェら、お客様のお帰りだァアアアア!!」


 その後ろで包帯男の声が響いた。


 その声を受けて、すぐさまに異世界異端者のメンバーが動き出す。



《つづく》


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