第88話 異世界異端者 VS 御庭番衆 —吐き気がするほどキッショイ—

 サイとソウの頭上から


 少女の狂気が降り注ぐ――


魂消たまげた! 魂消たまげた!」

「格好の的じゃねぇかァアア、デブ! キィヒャヒャヒャ!!」


 それでも二人どこか余裕を感じさせる。雨のように隙間なく降り注ぐナイフをソウが爪で弾き飛ばす。弾きながらもその細身をくねらせて僅かな隙間を縫うように歩きまる、ソウは身を屈め数珠の輪を空へと向ける。


「——――」


 数珠の一玉が光る。


「キッツイのぉー」


 唱え終えたサイは身を転がし、


 数珠を乱暴に頭の上で振り回す。数珠の中に次々とナイフを通していく。


 ——なに……また新しいやつ?

 

 その姿を見ているミミ。新しい一文字を引き出して相手の情報を読み取る。サイが使った三文字——オンゾウ。怨はナイフをねじ切る空間を出した。憎は大地から八百やおの針を出現させた。會は輪の中に通したナイフを固めていく。


 ——摩訶不思議はソッチじゃん、魔訶禿げデブチン。


 数珠の輪に通したものがくっつき合い離れることが出来ずに塊へと変わっていく。次から次へと不思議なことが起こる数珠を前にミミはため息をつく。それでも彼女の降り注ぐナイフは止むことがない。

 

 正に豪雨の如く打ち付ける激しさを血の雨を求め増していく―—。


「ソウ、これはどういうたぐいかの?」

「サイ、オマエが狙われてん――ラライッッ!」


 旋回しながらナイフを激しく鉤爪で弾き飛ばしながらも妖怪男が、気色悪くも嗤う。この攻撃の狙いはオマエだと。サイという破戒僧を狙ったものだと。それに巨漢で数珠を振り回しながらもとぼけた様に言葉を零す。


「そうか……オレか」


 ——これで、デブチンはしばらく動けないと。


 ミミはナイフを両手に握る。このナイフの雨はサイの動きを止めるためのもの。むしろ、ミミの狙いはソウ。サイを仕留めるには攻撃回数を重ねなければならない。それよりは、容易く殺しやすそうなソウを狙うのが野生の本能。


 ——コロス………。

 

 森の中に身を隠し、獲物がナイフと踊り狂う様の隙を伺うように瞳を光らせる。


 ——あの、オンナぁ………。


 ソウもソレに気づいている。


 ——ナイフをおとりに身を隠しやがった…………かぁ?


 ミミが樹の上から移動を終えていることに。気配を隠し、殺気を隠し、ナイフを操りながらも存在感を隠している。手品のようにナイフを弄び自分の身すらもどこかに隠す。


 ——なんとなく……分かってきたぜ。


 武器と武器がぶつかり合う感覚で分かってきた。使い捨ての威力とは到底言えない。重みがある攻撃を生み出している武器。ソレの数が多すぎるということだけ。


 ——貯蔵して……


 ミミの武器は持ち合わせであるが、


 ——製造してやがるナァ。


 出来上がったものではないとソウは察しをつける。そして、ミミの戦闘スタイルの一端をも読み取る。


 ——手品に近い………意識を誘導してその隙を突くか、小娘。

 

 相手に気づかれない様に殺気を放つ戦闘体系。本人の殺気が高いが故に他の殺気を見落とす。ツインテールの揺れも視界に影響している。動くものに人間の瞳が取られやすい。


 その意識の根幹を突いてくるやり方。


「キィィイイヒャハッハヤァウ!!」


 ——殺しがいがあるじゃねぇーのッ!!


 ナイフの雨とダンスをしながらも興奮に染まる不気味な男。相手が手練れであると認識したが故にその男の根っこにある殺意が着実に浮かれ始める。ナイフを弾きながらもその興奮したモノが仕草に出た。


 僅かな間に――


 ——いま、だねッ!!

 

 爪をベロっと舐めた仕草を元にミミが動き出す。意識のぶれを見逃すことも無く、相手に近づきナイフを構える。だが、ソウもミミを出迎えるように嗤って爪を伸ばす。外道餔爪げどうくうそうは、伸縮自在。


 長く爪を伸ばして、攻撃範囲を広げる。


 ——遅いし。


 だが、ミミの踏み込みが一足早くソウの元へと辿り着く。


 サイは「およ?」と声を漏らして二人の戦闘に割って入ることも出来ない。


 ナイフをかき集めるのに集中が取られている。


 内側に入って小回りの利く、


 ミミのナイフがその下顎したあごを目掛けて


もらいま――――」


 突き上げられる。ナイフが顎に当たる直前にソウが顎を動かす。


 その為にナイフを顎を


「ハーァっ!?」


 ——ナニ、マジ……


 掠めることも無く、空を切る。


 ——キショッ!?

 

 見たことも無い回避にミミの顔が歪む。目の前のキモい存在が寄りキモくなりミミをにんまりと見ている。顎を動かすにも限度がある。その男は顔が変形する程に顎を動かして嗤って見せる。


 ——顎外すとか、アリッッ!?


 気味の悪いがミミに向けられた。顎の関節を外しおまけに筋肉無理やり上に持っていった片目が肥大している男に、慌ててミミは残った逆の手でナイフを構えるが、


「モラウゼェエエエエエエ!!」


 その顎が先にガチンと下に戻った。


 予測していたように長く伸ばしていた爪をミミに向かって袈裟に斬り下ろす。


「——っと、にッ!!」


 憤り覚えたナイフと爪が交差する。騙し騙されの繰り返し。


「————っ!」


 ミミの顔が歪む。リーチが違う。それも直線と曲線が混じり合う武器。ナイフで相手の爪の根元を押さえても上から曲がった切っ先が伸びて狙ってくることを止めない。


 ソウの眼球が僅かに歪む。


「後ろカァアアアア!」


 お互いに使うエモノは二つ。片腕で相手を翻弄し、残った腕で攻撃を繰り出す。それでも、狂った少女の武器は二つではない。手元を離れていても狙ってくるエモノがある。


 ——コイツ……吐き気がするほど、


 ソウが自分に集中しながらも、忍ばせて背後から飛ばしていたナイフが叩き落とされた。意識の裏側のつき合いに苛立ちが募る。騙されることはないとお互いに警戒が高まり続ける。


「キッショイ!!」


 反転して短いレンジの中で腹を狙うようにミミが身を翻す。それに応戦するが如く爪でミミの蹴りをガードするソウ。肥大した片目が不気味に少女を見つめる。蹴った脚を起点に飛び上がり軽やかに後ろに宙返りして距離をあけようとする。


「逃がすかよぉおお!!」

「さっきからッッ!」


 逃がさんと言わんばかりに爪が伸びて加速してくる。


 ——やっぱり、前だけじゃなくて、


 アドバンテージを取りきれないミミの苛苛イライラが爆発しかけた。


 ナイフを自分に刺して方向を転換しようとも


 ——横にも行くんじゃん!!


 爪が追ってくるのことが煩わしい。想像をしていたとしても、実際にやり辛さが増している。樹々の枝を掴んで距離を取ろうとしているのに逃がさない様にクネクネと伸びて追ってくる。


「返すぞ、嬢ちゃん」

「デブ————チンッ!!」


 能力で動かしていナイフが底を尽きていた。思ったよりもソウの相手に時間が取られている。出来るだけ早く仕留めようとしていたが、いいように時間を取られていた。


 おまけに能力はイメージ。戦闘中の思考にイメージが途切れたところ。


「ほら、————ヨォオオオオオ」


 数珠でかき集めたナイフの球体をミミに向かって投げ飛ばす。爪に追われて逃げ纏うミミの動きを予期していたように正確に位置を決められていた。どちらかを躱してはどちらかに当たる。


 ——あぁ…………モォオオオオ!!


 決断の切り替えの早さが戦闘思考の高さにつながる。


 ミミは瞬時に決めた。

 

「マジ、イッ―——!!」


 爪よりも――サイの投げたナイフの球に当たること。


 その球を厚底二つのスニーカーで受けながらもミミは遠くへと飛ばされて衝撃でいくつもの樹々をへし折り、吹き飛ばされていく。ぶつかって弾けたナイフがミミの洋服を突き破る。


 山に衝撃音が鳴る。


 トリ達が飛び立つ中で、


「タイ――――ッ」


 荒ぶった声が勢いよく響く。




「シィイイイイイイイイイイイイ!!」





 致命傷だけは避けていた。


 それでも、作戦通りにいかなかったミミの怒りは底知れなく湧き上がる。


「マジ、ムカツクぅ!!」



《つづく》

 




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