第55話 俺の息子にはゴミっていう立派なあだ名があるんだ
「つけられてるね……」
晴夫と美麗は遠ざかる息子の背を見送りながら会話を始めた。
「あぁ、どうにも変な気配がするわ。あと良くない予感もある」
「そうかい……」
晴夫の発言に美麗が少し心配の色を映し出す。
それを見て晴夫は口を開いた。
「まぁ強には手を出さないだろう。あいつらにとって重要な存在だからな」
「強の言う通り……いつ終わるんだろうね……これは」
「もう少しなのか、だいぶ先なのか、わかりゃしねぇよ」
晴夫は美麗に申し訳なさそうに顔を向ける。これは自分の考えに巻き込んだことだ。そして終わりが見えるほど生易しい旅でもないと分かっている。
「すまねぇな、こんなことに巻き込んじまって……美麗ちゃん」
「なに言ってんだ、晴夫! あたしたちは夫婦だ!! 病める時も健やかなる時も愛を誓ったんだ。
美麗の力強い言葉に晴夫は頬を緩める。
「サンキュー……美麗ちゃん」
バカな自分にどこまでも着いてきて来れるイイ女だと感傷に浸りながら。
「じゃあ――」
そして、遠くに眼をやる。
「退路の確保を頼むわ」
「一人で大丈夫なのかい? 相手の数もわからないのに…………」
「暴れるのは俺の得意分野だ。そこはまかしてくれ、美麗ちゃん」
一人で行くという晴夫の心配そうに見つめる美麗。
これから晴夫が相手にするものは生易しいものではないと分かっている。
この男が戦っているものが一筋縄ではいかないこともわかっている。
「ちゃんと……帰ってきなさいよ。私のところに」
だからこそ、晴夫の身を案じる。
「あたぼうよ、俺は美麗ちゃんとの約束は破らない」
晴夫は眼帯のない眼で美麗の眼を真っすぐに見つめて顔を近づけていく。
「それに俺の帰るべき場所には――」
晴夫は美麗の頬にキスをし、
「美麗ちゃんがいるからな」
それを合図に二人は別れて歩き出す。
涼宮晴夫は、一人大晦日の夜の国道の真ん中を歩いていく。
ビル群がサイドに立ち並ぶ真ん中を国道246と上には首都高速道路が並んでいる。いつの間にか、そこには車の通りもなくなり人通りもなくなっていた。
明らかにわかる――。
大晦日の夜間という時間帯だからという理由では説明がつかない。
分かっている。人避けを施してある。
誰にも見られずに戦えるようにと。
「久しぶりだな、晴夫——」
これは罠だと――。
「随分探したぞ」
晴夫の前に一人の老人が姿を見せる。その姿に晴夫は一瞬驚きの表情を見せた。
「アンタが……出てくんのかよ――」
その老人を知っている旧知の仲だから、その老人が今出てくるはずも無いと、
思い込んでた裏をかかれたことに悔しさが籠る。
「冗談キツイゼ……」
その男が自分を殺しに来た暗殺者だと理解したから。
今にも風に吹かれれば飛ばされそうな白髪の執事服の老人が立っている。
「ほっ、ほっ、ほっ」と老人らしく静かに咳づくように笑いを返す。
「——トキさん」
そこには、玉藻専属執事長——
その相手を前に心底イヤそうに晴夫の眉が歪む。
「オロチからタレコミでもあったのか?」
晴夫の話を聞き、時は僅かに片眉をあげて返す。
「オロチには会ったのか……」
二人が再会していたことなど知る由も無かった。
学園対抗戦には時は居なかったのだから。
「アヤツは何も語らんよ……お前のことは」
「……そうか」
友人の配慮に感謝を覚えつつ、晴夫は話を続ける。
「時さん……昔のよしみだ。見逃してくれねぇか?」
晴夫の嘗ての大先輩である時政宗という人物。
「確かに昔にお前とオロチに色々教えた」
二人の縁は浅くはない。
「戦い方も仕事の仕方も……良き後輩じゃったよ、お前は」
だからこそ、時も晴夫に教えられることは出来るだけ教えた間柄である。
「けど、それは無理だ――晴夫」
出来れば二人ともこんな再会などしたくなかった。
この場にお互いが現れて欲しくはなかった。
出会ってしまったからには、
その関係であっても理由が理由なだけに見逃すことはできないと時は言う。
「日本国における第一級秘匿犯罪者のお前を」
第一級秘匿犯罪者とは政府により隠された犯罪者。政治的に表立って裁けないものを極秘裏に始末するときにつけられるもの。晴夫はそれに指定されていた。
「ここで逃がすことはできんよ」
「できれば……アンタとは闘いたくなかったよ……」
だからこそ、ココで時は自らの手でお前を始末すると晴夫に告げている。
「時さん、あんた気づいてんじゃないのか?」
晴夫は周辺のビルの屋上を下から見渡しながら、
煙草に火をつけ訝し気に睨み話をつづける。時の動きを警戒しつつ。
「何のことかわからんな……」
とぼける老人にタバコの煙を吐きながら
「
乱暴な言葉で問いかける。
「時さん!」
「政玄様はこの国の利益を第一として考えておられるお方だ」
老人はお前と総理は違うと眼で語る。
「ソレは晴夫――お前の理解が届かない範囲で崇高な考えじゃよ」
他愛もない会話をつづけながら晴夫は人数を確認する。
少なくとも十人はいた。厳戒な体制がしかれている。
晴夫と云う人間が高く評価されていることもにも起因する。
わずかにビルの屋上でスコープの光が月光の反射によってちらつく。
——ざっと……十か。
ビルの屋上から近代兵器の
「英雄の俺を日本特殊諜報機関
その気配を探りながらもタバコと平然を装いながら時間を稼ぐ。
「殺すのが崇高なやり方なのかよ?」
「お前のしでかしたことがそれほどに国益を損なったんじゃ。晴夫」
晴夫は吸いかけの火のついたタバコを道路に投げ捨て、
「なぁ、時さん――」
足で踏みにじりながら話を続けた。
「いつまで俺らはこんなことを続ける?」
「………」
晴夫の怒りにただ時は静かに黙っていた。
「いつになったら、俺たち大人は
その姿に感情をこみ上げるのは晴夫だった。
「俺たちのツケをいつまで次世代に押し付けるッ!!」
時を昔から知っているからこそお願いだと声を張り上げる。
どうして気づかない振りを続けるのだと。
「なぁ時さん、あんたは気づいてもおかしくないはずだ!! 目を逸らすな!!」
鈴木政玄という男の側近であるアンタが分からないはずがないと。
「晴夫、お前の空想に付き合う気は毛頭ない……」
ただ晴夫の言葉は時に受け流された。
絵空事だろうと。世迷言だろうと。
空想という言葉を使って相手を否定している。
「特異点の――」
時は少し言葉を躊躇った様子を見せた。
だが、それを口にした。
「
それは逆鱗に触れる言葉。
「オイ――——」
晴夫の表情が悔しさから変わり歪んでいく。
そこに見えるのは熱が籠る様な感情の色。
「俺の息子はゴミっていう立派なあだ名があるんだ――っっ」
晴夫の顔と体が怒りに震えだす。
「気持ちワリィ名前でェェ――」
息子を侮辱するような言葉。
それには感情を殺しきれずに父親は声を
「呼ぶんじゃねぇええええェエエエエエエエエエッ!!」
天に張り上げる。
瞬間、意図せず晴夫は殺気を発してしまった。
怒りの感情が足に伝わり力が入り、アスファルトにヒビを入れた。
それはスコープ越しにも伝わる。全生物に影響を及ぼすような殺気。
心臓を掴まれるような感覚に負ける。
指が動く――。
怯えた一人が超電磁砲の発射をする。
光弾はまっすぐに晴夫に向かっていく――
その迫る光線などに見向きもせず男は老人を睨みつけている。
老人の顔が歪む。下を向きぼそりと零した。
「馬鹿者が………………」
悔しそうにいう言葉が空を切る。舞い落ちる一本の線。
晴夫は向きも変えず、光線を指でなぞった。
そして弾き飛ばした。
それだけで方向を捻じ曲げ相手のもとに返す。
その光はもとに戻るように撃たれた者の元へ戻っていき、
熱量でスコープを溶かし、空に一筋の光の線を描き消えた。
晴夫は発射された場所にチラリと視線を向けすぐに時正宗に戻す。
その一撃が起こした損失は大きい。
「時さん、話してる最中に攻撃するなんて、」
完全に怒りを抑え冷静さを取り戻させてしまった。
「
「わしの合図で殺れと言っておいたのに……教育が鈍ったな、わしも」
これは時にとっても想定外だった。
「——計画が狂ったわい」
晴夫の殺気に反応をして合図を待たずに早とちりするものが出てくるなど。
あまりに未熟で粗末な開戦。作戦とは違った。
晴夫に気配を探られていることは気づいていたが、
気配を消すことすらままならないのに落胆を示す他ない。
そのうえ自分の配置を教えてしまうなどとは。
「アンタは汚い大人じゃないと思ってたよ……時さん……」
「儂もお前も汚い大人じゃよ……」
お互い変わらないと時は返す。
「特にお前は……」
正確に言えばお前の方がと。
「目を背け続けて、罪から逃れようと子供のままでいようとしている……」
第一級秘匿犯罪者という立場で逃げ回っていると。
「その考え方は間違ってるよ、時さん……」
分かり合おうと言葉を交わすがお互いの言葉は反発をうむ。
「俺は大人だ……」
根底にあるものが違うことに気づきながらも、
「子供のままじゃいられねぇから――」
相手に理解を求めて反発しあうように弾き合う。
「ガキのままじゃ救えねぇから、俺は大人になったんだ!」
確かにこれは正しいとは言えないのかもしれない。
けど間違っているとも思えない。
だからこそ、コレは晴夫が望んだ戦いだ。
それは未来の為の闘い。
「俺が全部まとめて罪を背負ってやる。
だからこそ譲れないと男は吠える。
もはやお互いに届くはずもない。思考が違うのだと。
これ以上の語ることは無意味と悟る。晴夫が構えを取り始め、
それに併せて時政宗も構えをとる。
時政宗の構えは異様だった――
体は地を這うように低く、腕と手は蛇を模したような型を作る。
同じく晴夫の構えも異様だった――
棒立ちに近く、指三本を竜の
お互いに殺し合う覚悟は出来た。譲れぬものの為にと。
「最後に言っておく、」
晴夫は最後に告げる。
「ミレニアムバグは天災なんかじゃねぇ……」
それは歴史的には偶発敵に起きたことと記されているが違うと。
「ミレニアムバグは紛れもなく人災だッ!」
晴夫の声だけが夜空に響き渡る。
時の構えを確認し御庭番衆も攻撃態勢をとる。
空気が重くなり緊張が張り詰める。
「晴夫勝てると思ってるのか、御庭番を相手に一人で」
時に対して剥き出しの闘志を向けている。
「昔から俺のやり方はひとつだ…………」
昔からそれは変わらないと。やり方は一つしか知らないと。
「あるだけ狩る、」
そうやって自分はやってきたのだと涼宮晴夫は語る。
「ソレが俺のやり方だ――」
そして、晴夫は右目の眼帯に手を掛ける。
「好きに――暴れるぜぇえええええええ!!」
投げ捨てた。
暴力の権化と呼ばれる男――涼宮晴夫の戦いが始まる。
◆ ◆ ◆ ◆
―—美咲ちゃんがどこか寂しげなのは気のせいだろうか?
俺たちは帰り道をひた歩く。
鈴木さんは薬物でもやってるかのように薄ら笑いを浮かべ続けている。
——それより、なんか美咲ちゃんが……おかしい?
先頭を歩く彼女の姿にどこか言いしれないものを感じた。
普通に見えるが見せている様な違和感。
「美咲ちゃん、なんかあったの?」
だからこそ、俺は聞くことにした。
「いえ……別に……」
一瞬だった。彼女の本音が垣間見えたのは。
「——いつものことです」
彼女の表情がわずかに悲し気に曇ったがすぐに元に戻ってしまった。
だからこそ、俺は不思議そうに聞く。
「いつもの?」
「両親が兄を呼び出すのはいなくなる合図なんです、うちでは」
健気に笑みを浮かべている。そういえば、二人はエジプトに行ってるって強が前に言っていた。ドラゴンを狩りに行ってるとか。
「そういうことか……」
「私はのけ者ですからね……いつも」
「そういうことじゃないと思うよ……きっと」
寂しそうな彼女を励ます方法が思いつかない。
こんな時に頭が回らないなんて……くそ、学年一位の知恵を振り絞れ!!
「あれだ――!」
このつなぎ言葉の間に次の手を考えろ、なんかそれっぽいことを!!
嘘をつくのは得意分野のはずだ!! なぜなら俺はピエロだから!!
「面と向かって言うと、」
―—人を笑顔にしてこそのピエロだろッ!!
「もっと寂しい思いをさせちゃうと思ってるんじゃないかなー」
わずかに最後伸ばして秒数を確保する。わずかな時間でいい。
出来るだけ優しくフォローするように、
俺は脳みそを高速回転させ言葉を捻りだせ。
「傷つけないようにしようと大切に思ってるから」
晴夫さんは強と同じように美咲ちゃんを溺愛している。
「それに大切に思ってるのは間違いないよ、」
それに美麗さんだってダメな男どもに比べて、
「あんだけ美咲ちゃんを愛してるんだから」
いい子の美咲ちゃんを愛してないはずがない!
「傍から見てる俺にもわかるぐらいにね」
俺は出来るだけ真実を引っ張り出して言葉を取り繕った。
わずかな時間。話をするのにこんなに脳を酷使するとは思いもしなかった。
けど――
それでも俺は彼女に悲しい顔をして欲しくない。
彼女と見つめ合っているとわずかに表情が和らいでいくのがわかる。
「セン……パイ」
それに言葉が届いたかと俺はほっとしながらも立ち尽くしていた時だった。
「隙アリィイイイイイイイイイイ!!」
このくそ赤髪!? うまくまとめようとしたのにいいところで邪魔をッ!!
やつは手に武器を持ち俺に向けて伸ばしてきた。
―—野郎、妙に出るときにコソコソしていると思ったら
だが、下級戦士の動きなど取るに足らない。
俺はやつの手首を掴んで捻り奴の顔に照準を向けさせる。上に向く腕。その真ん中。肘をかるく空いた腕でチョップする。
―—テメェには悲しい顔が良く似合うぜ、木下昴!!
そして、やつの顔面にレモンが向いてところで、
手首を返した手を上にスライドして、
ピュッと絞る。
「ぎゃぁああああああああ、目が目が――すっぱい!!」
路上で目を抑えて転げまわるはしたない女の末路。目がすっぱいとか新しい。
どんな痛みなのかわからんが苦しんでくれ。
お前にはずっと苦しんでて欲しいと俺は思う。
「眼が、眼が、酸っぱい!!」
俺はとりあえず棒読みで返す。
「すまん、反射的に体が動いてしまった」
呆れたやつ。俺の周りには空気が読めないやつが多すぎる。
「―—ッ!?」
それは突然だった。身震いするような感覚が俺を襲う。
上から何か重力で押さえつけられるような気配。
俺はそれを今日だけで二回味わったことがある。
これで三回目だ。今日の昼間と火神との戦いの時、
鳥たちが一斉に飛び立った感覚。
―—晴夫さんの…………殺気?
俺はその殺気がする方向を見つめた。尋常でない殺気。
強と三人で姿を消した後の尋常ならざる異常。
「これは――」
―—何が起こってるんだッ!?
「どうしたんです、先輩?」
「どうした、櫻井?」
「おぉっ、強!」
突然現れた強は、道路で転げまわる赤髪を無視し、
「目が、目がぁああすっぱ染みるぅうううううううう!!」
「美咲ちゃん、また二人だ」
美咲ちゃんの目を見て軽いトーンで言った。
彼女は気丈に笑顔を見せる。彼女が見せた笑顔。
「……うん、わかった♪」
分かっていた結末とは言え何とも言えない。
せめて出来ることはないかと。俺は思わず頭に手を伸ばした。
気休めでしかないのかもしれない。
それが彼女にとって救いなどというものになるかもわからない。
それでもこれぐらいしか出来ないから。
「先輩……」
撫でてしまう。その健気な優しさに何かをせずにいれなかった。
「テヘヘ…………」
彼女が上目遣いで俺のナデナデに身を預ける。
【ありがとうございます……先輩】
触れた先から安心した心の声が聞こえる。
そして、忘れてはいけない。いつ何時も不幸なヤツがいることを。
それは誰でもなく俺だということを。余計な声が聞こえてしまった。
触れなければ分からなかったのに、
この能力はいつも俺を不幸に叩き落すためにある。
【いつも先輩は優しい……】
平静を装いつつむ鼓動がバクバクと早鐘を打っている。
イヤな予感がする――。
甘い心の声。色でいうなればピンクの気配がしていた。
この時、聞いたことを
いつのまにこんなことになっていたのか。
自分の入ってる絶望のルートに俺は未だに気づいていなかった。
いくつもの間違えを経て、
人間はその進路に迷い込んでしまうことがある。
最悪で絶望しかないルート。
ソレを人はいう――
デットエンドと。
ハーレム難聴主人公やろうどもと同じように鼓膜を失っとっけばよかった。
だが耳とか聴力とかそういう問題でない。
直接、頭に響いてくるから逃げようもなかった。
確かに聞こえてしまったんだ――言い訳出来ないくらいに。
【――センパイ、好きです――】って。
えっ? あんだって?
《三章へ続く》
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