第46話 どこの天使様ですか?
「ハァ……」
一人屋上へ少女は上がってきた。教室での騒動を置き去りにして扉の横の壁に寄りかかり膝を抱えて座り込む。その胸中に渦巻く感情を嫌だと思いながらただぼんやりと味わい確かめる様に空を見上げた。
「お兄ちゃん、ナ・ニ・ヲ――」
教室で美咲が激怒してカツカツと強へと詰め寄っていく。その光景に教室にいる男子はある光景を思い出す。それは彼らにとって祝福の瞬間。あの地獄の学園黙示録の終わりに記されることとなった一つの学園神話。
「ヤッタノッ!」
——我々のピンチに再び女神がッ!!
たじろぐ強を前に相手は勢いづく。デットエンドを唯一倒せる最強のカードの襲来。終戦の女神が再登場したとすれば尚更である。だが、強はちょっと待ってと言わんばかりに声を上げる。
「お兄ちゃんがやられてる方だよ!」
「嘘をつくんじゃないッ!」
「嘘じゃないよ!」
兄の信頼は無いに等しい。人生のお荷物の評価は伊達ではない。いい訳と取られて強の動きが止まるのを仲間は助けようと動き出す。金髪の爆乳令嬢が誤解を解こうと間に入る。
「まぁまぁ、今回は違うんですわよ」
「いいえ、どうせ今回もコイツです!」
「美咲ちゃん、ひどいよ!」
指を指される兄を前にミカクロスフォードも眼を逸らす。美咲という小さい貧乳少女を前になぜか気後れを見せる貴族。家族の問題にまで首を突っ込むのはやめておきましょうと少女の剣幕に負けて引いていく。
——頑張って下さい、女神様!
対していけイケドンドンになるはクラスメイト達。呪力によって感情が増幅されているが故に美咲の日頃の鬱憤が爆発しかけている。兄の言葉など聞く耳持たず。
「毎回、毎回、どんだけー、アタシに迷惑をかければ気が済むのよッ! そこに正座しなさい!!」
「ハ……イ」
涼宮家は女帝家族。逆らうことも出来ずにしゅんとその場に膝を曲げて縮こまる強。田中達も困惑して動けず、クラスは彼女の一人舞台。
「お兄ちゃんがロクでもないのはいつものこと! 毎度アッチで問題起こして、コッチで問題起こして、そんなんで社会でやっていけると思ってるの!!」
「……」
社会が恐いお兄ちゃん。何も言えない。
「なーんにも出来ないくせに問題や事件だけは起こしまくりで!」
「ごめん……」
人格否定に近い妹の叱責は兄にこれでもかと効いている。美咲も呪力の効果によりおさまりがつかない。感情が膨れ上がっていることにも気づかずに彼女の鬱憤は今日というこの日に爆発する。
「この社会不適合者!」
「……ハイ」
情けない兄の姿は言葉の通りだった。小さい妹に正座で説教される情けない男である。さっきまで『俺がいる方が勝つ!』なんて調子に乗っていた男と同一人物なのかすら怪しい。
「下のクラスで大きい音がしてきてみれば、授業もしてないで喧嘩しようとしてるの!?」
「……喧嘩じゃないよ」
「じゃあ、なにッ!」
「ちょっと……遊んでやろうと思っただけだよ……」
「いまは授業中だぁあああああああああああ!!」
死亡遊戯の言葉をもじって誤魔化そうとしてさらなる怒りを喰らう社会不適合者へ授業中に遊ぶとは何事かと一蹴。強が出した音は下の教室まで響いて授業中の美咲の耳にしっかりと届いていた。
そして、授業中にも関わらず妹は大声を上げて兄を責めるのである。
「さっきの学校が揺れるぐらいの大きい音は何をした!」
強は静かに視線を動かしてみる。それを追うように美咲も視線を動かしていく。強の視線が向かう先には先程の怒りの痕がしっかりと残っている。
美咲は眼をひん剥いて
「な……にッ!?」
驚きを表した。美咲の視界には隣の教室へと続くトンネルが出来上がっている。マカダミアの校舎は生徒が構内で暴れてもいいように頑強に作られている。その壁が風通しがよさそうな大口を開けている。
頭に『器物損壊』という四文字熟語がぶつかったような衝撃を受けて少女は横に揺れる。その倒れそうになる少女の横から『停学処分』という単語が殴りつける様に反対側へ押しやる。
そして真っすぐ戻った少女の頭に『退学処分』という素敵な単語が頭を打ち付けてフィニッシュである。
くらくらとする少女を前に誰もが何が起きたかもわからないで見守る。
少女はダメな兄の現実に打ちのめされているのだ。素敵な社会不適合者。目指すは学園を退学してニートコースまっしぐら。その面倒を見なければならない自分。
――あぁなんて……可哀そうなわたし……
もうどうにでもなれと思ってしまいたい現実。校舎を破壊する兄の愚行を妹はお荷物として背負った瞬間だった。だが、これしきのことで倒れる程やわな精神ではない。
——どうにかしなきゃッ!
倒れそうになったところグッと踏ん張る姿に周りからおぉーと歓声があがった。
「この度は兄が大変失礼いたしました」
強の頭をつかみ下げさせ周囲の反応を伺う美咲。ひとまず謝罪が大事なのだ。社会経験は無いがそこらへん優等生である。
しかし狙いは別にある。
「壁については私の能力で治しますので何卒皆さま穏便に」
少女も兄と一緒に頭を下げて皆の怒りを下げようと必死である。この少女は意外と小粋な感じでありこずる賢い。この件を無かったことに出来ないかと画策しているのである。
辺りの反応を伺い、少女は気づいてしまった。
「うぅ……うぅ……誰か~」
対立する二つの派閥とは別に泣いている三つ編みメガネ女子がいることに。美咲は焦る。他の生徒と違う。彼女は泣いているのである。完全に兄が何かをした影響に違いないと焦るのである。
「どうもすみませんでしたぁー!」
走ってサエミヤモトの方に向かっていって謝罪をした。泣いていた三つ編みメガネは泣くことを止めて鼻をすすり下級生を見てポツリと零す。
「どこの天使様ですか?」
サエミヤモトは後に語る。自分に気づいてくれた美咲は天使のように素敵に見えたと。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます