第38話 虚偽証人喚問アルビノ 女優への階段を駆け上る!
「おにくべんとう?」
「タマはクラシックでも聞いておきなさい」
鈴木さんの耳元にヘッドホンをつけさせる女は全てを知っていたのだろう。
「みっちゃん、バッハの主よ人の望みの喜びよだね♪」
このあとどういう結末になるかということも。変態が何を語るのかも。
俺は結界に閉じ込められ、スマホの無機質な画面に向けてこの世の終わりを見るようなツラをぶつける。俺は知っている。嘘を真実に変える方法で一番有効なのは真実に嘘を混ぜることだと。
完全なる擬態。変態カップルによる俺への蹂躙は鮮やかで言葉も出なかった。
【櫻井に一体何をされているの!?】
『人には言えない……弱みを握られて』
苦しそうに切なそうな表情を浮かべる女優はノリノリだった。この女優はこのノリが大好きなのである。横で鈴木さんはクラシックを聴いて微笑みを浮かべている。俺は体から力が抜けていく感覚に溺れていく。
『とても口にできない……うっ!』
【どうされたんですか!?】
『ごめんなさい……体が……
クラスメイトがその女の演技に騙されて口を開けている。別に何をしたという訳でもない。俺はアイアンクロ―で床に叩きつけた、アイツを椅子に縛ってビニール袋を顔にかぶせただけなんだ。
俺は、ただそれだけしかしていないのに……。
『彼に無理やり……色々されたから。はぅんっ!』
【……】
何もないのに感じてみせる変態女優。むしろ、もうAV嬢に近しい存在。色素の薄い白い髪。碧眼の透き通った青い目。白い頬が赤く染まり呼吸を苦しそうに喘いでいる。
『ごめんなさい……体が櫻井君を思い出して感じてしまう……』
【警察へいきましょう……】
『それは出来ない! だってそんなことをしたら……私の卑猥な動画や画像がばらまかれてしまうもの! とても人に見せられる内容じゃないアブノーマルなやつがッ!』
世界が崩落する音が聞こえた。教室は火事にでもあったように騒然と騒がしくなっていく。俺だけがぼぉーとその現場を悲し気に見つめている。燃えている被害は俺だけだと悲しい瞳で時間から置き去りにされたように。
『このことはどうか彼には秘密にしてください!』
それでも女優の迫真の演技は止まらなかった。この演技をさせたら右に出るものはいないのではなかろうかと思えるほどアルビノ女優は輝いていた。
『言ったら大変なことになる、私の体が玩具にされて壊される!』
【…………】
『それに……もう私の体は彼なしじゃ生きられないように開発されてしまったの!』
俺の頭の中でバッハの曲が流れた――主よ人の望みの喜びよ。
この世界に救いなどなかった。俺を貶める為だけの舞台装置のような世界だった。不幸というだけで連鎖から抜けられない。もう疲れたよ……もうたくさんだ。これが大聖堂の絵画の前だったら俺を天使たちが囲んで遠くへ運んでいくだろう、パトラッシュ。
『一度めちゃくちゃにされた私の体は、彼専用に……なって穢れてしまった!』
もはや涙すら流し始めるAV嬢。設定が凝りに凝っている。同人誌とかよく知らないけどそういう類の内容に近いのかもしれない。ヤツの願望が剥き出しになり真実を塗り替えていく。
『この前も私の体を鷲掴みにして何度も何度も強く打ち付けてきた!』
【……ひどい】
本当にヒドイ……確かに顔面を鷲掴みに床へ叩きつけたよ。それも一度だけな。あそこで殺しおくべきだったんだ。後悔で拳を握った。俺はなんで甘さを見せたと後悔するが遅い。高校二年生にして俺は異常性癖犯罪者のレッテルを張られるのだろう。
俺を見るクラスの目線がもう人を見る眼ではない。
『それでも私は彼の性欲にまかせた横暴を許してしまう! 何度も何度も!』
ノリノリで大粒の涙に酔いしれるアルビノ精神異常者。楽しそうでなによりだ。幸せそうでなりよりだ。いままでの堪りにたまっていた変態性を惜しみなく出してくれている。俺は狂ったように乾いた笑顔を浮かべた。クラスの連中が一歩後ろに下がった足音が鼓膜を突く。
『あんな変態プレイ……人間と思わないあんな扱いだったのに……ぐすんぅ!』
ハンカチで涙と鼻水をふき取る女優はアカデミー賞ものだった。妄想と現実の区別がない変態の脳みそが身体を自由に表現させている。彼女を知らぬ者たち誰もが本当だと思い込んでおかしくない。
本当……すげぇよ……藤代。俺も貰い泣き……泣いちまいそうだ。
『私の体は彼にエクスタシーを……ッ!』
【もういいです……これ以上はいいです。ありがとうございました……】
やっと終わる気配が見えたが俺の人生が先に終わった。自然と握った拳が開かれ甲が床のタイルに触れるぐらい落ちている。変だ……力が入らねぇ。体に力が……骨がなくなったように体が自然と丸まっていく。
『彼は……櫻井くんは……』
女優はもういいと言われたにも関わらずラストに向けて渾身の演技を見せる。藤代が一番言いたいセリフが出てきそうな予感。俺はどうにでもなれとただ見つめる。
『真正の……』
コイツはおいしいものは最後に取っておくタイプなのだろう。
『鬼畜リョナプレイが大好きな変態野郎です!』
うわぁ……という教室が
ショパンの『革命』の幻聴が聞こえてくる。
転落していく音の旋律。目の前が真っ暗になりそうな激しい音階の雨に打たれて俺はスマホの画面が途切れるのを呆然と見ている。画面が消されて携帯が回収された。
ミキフォリオが静かに俺に近づいてきた。
「証人喚問は以上で終わりです。反論が何かあれば……聞きます。櫻井被告?」
俺は死にかけの眼で僧侶を見上げる。これほどまでに精神的コンボを喰らって揺さぶられた冤罪ダメージ。それを前に言葉は出てこない。上を見上げた顔は力を失くして下に落ちていく。肩が自然と下に下がった。
俺が築き上げた地位はこの日で終わったのだ。何を考えているかわからない近寄りがたい変態ではなく本物の犯罪者よりの変態へと。俺に向けられる視線に憐れみなどなく断罪するようなキツイ視線しかないのだから。
俺は口をぼそぼそと動かす。
「終わりだよ……」
俺の未来を自分で告げる様に俺は自嘲気味に死んだ顔で嗤うほかなかった。
「デットエンドだ……」
《つづく》
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