第34話 証人喚問4

 教室が騒がしい。明らかに櫻井が悪という認識が広がっている。


「アイツ、俺らの弱みを握ってやがるのか!」「メモ帳を没収しろ!」「ありえないんだけど!」「勝手にプライバシー侵害してるとか信じらんない!」「本当……サイテーなんだけど!」


 ヘイトがヤバすぎる……。


 おまけに櫻井を見てみれば完全に目が据わっている。先程の証人に対しての殺意が滲み出ている。ふぅーと一息ついてその目線が教室の奴らに向いた。


「メモ帳を読み上げればいいのか、お前ら?」


 ふてぶてしい態度に誰もが目を疑う。どれだけ少数派に追い込まれようともその盤石な反骨心は揺らがない。マジで悪役。堂に入りすぎている! 一人でも負けない!!


「出席番号1番 相田 雅子あいだ まさこ

「なんでアタシから!?」


 クラスメートらしき被害者が櫻井に声を上げたがヤツは胸元からメモ帳を取り出した。その最初のページをチラチラと見て堂々と声を上げる。


「最近、母親と喧嘩している内容が実にくだらない。彼氏とのお泊りデートを友達との旅行だと偽ったがバレて逆切れ」

「ちょ、ちょっと!」


 慌てて詰め寄る女子。自分の秘密がばらされるという恐怖。おまけにどうやら間違いないらしく顔を真っ赤にして詰め寄っている。その女子を前に櫻井は冷めた目でメモ帳を片手に持ち、空いている腕を相手に伸ばした。


「いいのか、触れたら最後だぞ……俺に新しい秘密が取られるぞ」

「えっ……」

「意識した時点で終わりだ。お前のを俺の能力でみちまうぞ。殴りたきゃ殴れよ。その瞬間に俺は情報を貰う」

「……ッ!」


 女子が泣きそうな表情を浮かべた。教室全体に恐怖が走る。ヤツの言葉が誘導なのだとしたら、俺たちはもう意識させられている。アイツを殴る時に覚悟をしなきゃいけない。一番知られたくない秘密を知られる覚悟を!


 それと同時に……ヤツは読み取る!?


「きた……汚い!」

「別に綺麗だと言った覚えも正々堂々なんてつもりもねぇよ。お前らが来るなら俺は本気で潰すまでだ。殺し合い上等だよ」


 デスゲーム出身の駆け引きとか超ヤバイ! 


 戦慄が走る教室。もはや櫻井という『悪』がクラス中を支配している空気。ヤツの覚悟は本物だ。殺されるなら殺すつもりだ。いや、むしろ殺すことが難しい櫻井だからこそその威力は絶大。殴り殺すにしても殺せる確証がない!?


 脅しの次元が高校生のレベルじゃねぇ!?


「あわよくば彼氏とセックスしたかった相田さん?」

「なっ……!?」

「セックスを阻止されて親に逆切れとかみっともねぇな。世界を救ってきた癖にセックス旅行費用を両親にねだる自分が悪いのにねー!」

「くぅ……なっ……そ」


 勝ち誇った櫻井にヤツが顔を真っ赤に悔しさで震えている。図星らしい。ヤツの情報が正確であると皆に知らしめる行為。おまけに話の内容的が社会的にもキツイ!


「ちょっと、アンタなんなのよ!」


 動けずいる女子は泣きそうだった。そこに声が割って入った。


「出席番号32番 宮前みやまえコトハ」

「なぅ!」


 恥辱プレイ中の友達らしき人物が友の為に動こうとしたが、それすらも餌食にとるような発言。クラス全員の身動きが塞がれている。出席番号一番と同じ状況に陥ってまでどうすればいいのか。誰もが分からずに動けない。


「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたよー?」

「……」

「秘密がたくさんあるけど、どれがいい?」


 ヤツは前に来た何も言えなくなった女子の前にメモ帳のページを広げて見せた。


「これかな……それともこっちのヘビィなやつにしとく?」

「……やっ……め」

「え? 聞っこえないなー??」


 悪役もここまで来るとヤバイ。誰もが震えている。殴って解決したとしても心の傷を負う。クラス全員に秘密を知られるという行為。それは一時では終わらない。永遠に語り継がれるはずだ。内容がヤバい奴ほど年取った時の同窓会で酒のネタにされること間違いなし。一生モノの傷。


 代償が釣り合わないッ!! 櫻井が超強い!?


「やめてじゃねぇだろ? お願いしなきゃー」

「……」

「あっ、あと謝罪も必要だよね。わかるでしょ、高校生なんだからー、べろべろベー」


 櫻井……やりすぎじゃねぇの……。ちょっと俺ですらドン引きするレベル。女子相手でも容赦がない。アイツのヒロイン殺しは伊達ではない!!


「やりすぎだよ、さっちゃん!!」

「出席番号40番 鈴木玉藻……」


 弱い者大好き玉藻さん!? ここでいっちゃうの!?


 誰もが恥辱プレイを恐れて動けない中で静寂を切り裂くように玉藻だけが声を上げた。誰もが思った。秘密がばらされるよと! だが、ヤツは引かない。


 天然無邪気の無鉄砲さん!!


「さっちゃん……今まで騙されてた」

「鈴木さん……俺も出来ればこんなことはしたくない。秘密をばらされたくなければ退け。茶番はもう終わりだ……」


 誰もが身震いを覚えた。櫻井の表情は冷徹だった。アイツはやると言ったらやるという雰囲気が確かにそこにあった。それでも玉藻は一歩前に出る。


「別にいいよ……何をばらされても!」

「なにっ……!」

「言いたければ言えばいい。私は強ちゃんを守るんだから!」

「ちっ……!」


 誰もが勝負の行方を見守る。というか、玉藻さんお強い!


「そうやって強ちゃんのことも脅していたんだね!」

「……」


 黙る櫻井。俺は目線を斜め下に向けて考える。そうやって?


「強ちゃんの秘密を盾に強ちゃんに悪いことをさせていたんだ!」

「天然もそこまで行くと手に追えねぇぜ……」


 バチバチと二人が火花を飛ばしている。その中で俺はさらに考える。秘密を盾にされたことなど……ない。思い起こしてみれば俺が櫻井に脅されていることなどありえない。俺が脅すことがあっても櫻井が俺を脅すことはなかった。


 何か……間違ってる感が強いよ?


 だが、俺は口にできなかった。二人の空気は止められる状況ではなかった。玉藻の秘密が暴露されるまで秒読みだ。櫻井はメモ帳を片手にパラパラとめくっている。


「私は強ちゃんに秘密なんてないんだから!」

「………………」


 あれ……櫻井のページをめくる手が止まらない。どうした櫻井?



《つづく》

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