第20話 感謝を込めて、ジャンクな戦場に

 かつてない程、新宿らーめんトン次郎一号店は熱気に包まれる。大の漢たちの歓声が洞穴を震わせた。その振動は上にいる漢たちにも伝わっている。


「今日のトン次郎は何か……おかしい!」「あぁ……間違いなく中で何かとんでもないことが起きてやがるッ!!」「出遅れた……絶対ヤバいヤツだよ、コレ!!」


 外で待っている客が騒ぎ出す。ロッカー室の遥か先の地下から昇ってくる熱気に煽られる。何も見えないが何かが起きていることは分かる。下から響く振動は何かの予兆にしか思えない。


 それが、まさか――


「提督……スープ提督! しっかりしてください!!」

「どうなっている……どうなっている……」


 一人の少女の手によって起こされたものだとは知る由もない。その歓声は彼女が強敵を破った証。常連ですらギブアップするナルトのイッポンローリング。


「大佐が……あのイッポンローリング大佐がぁあ……」


 それを打ち倒したなどとは。その事実を受け止めきれぬジャンク帝国のスープ提督。そこそこやるとは思っていたがここまで規格外だとは思いもしなかった。彼女の進行は止まらない。

 

 着実に相手の本拠地まで進行を続けている。大佐を倒した彼女の残る敵は残存兵。大佐と比べれば雑兵にすら思える。どれだけうまく隠れようともその銃弾はメンズ兵士を撃ち抜く。


「そこぉおおッ!」


 気迫が声に満ちている。格の違いを見せつける様に戦場を華麗な蝶が殺戮を纏って飛ぶ。彼女の勢いを止められる者などジャンク帝国にはいない。

 

「……あぁ……ぁあ……ああ」

 

 スープ提督の顔面が蒼白に染まる。それ以外にも次々と決着がついていく戦場。五割の勝率ではない。この日だけは違う。ここから全敗しそうな勢いがある。さらに信じられないことが目の前に映る。


「まるで敵にならないでふよ」


 バズーカ砲を肩に担いで鈍重な戦士が歩いてくる。ヤツの通ったあとは兵士の亡骸すら残らない。跡形も無く消し飛ばしていく。対峙すれば誰もが青ざめる。破壊力が違いすぎると。


 拳銃と無限のバズーカ砲では相手にならない。


「提督、指示をッ!!」「提督、どうしましょう!」「提督、どうするんですか!」「提督、アンタのせいだッ!!」「提督……終わりですよ……この世の終わりですよッ!」


 指令室は大混乱に陥る。もう限界のスープ提督に全責任を擦り付ける様に広がる波紋。銃弾という各地で広がるメンズ兵士への鎮魂歌。数え切れぬ白煙と爆炎。次第に指令室に近づいてきている戦士たち。


 ——なんで……こんなことに……


 まいっている精神に部下たちからの叱責。もうやる気などおきない。あとは敗北を受け入れることしかできない。それでも、なんでこんな目にあわなきゃいけないと思う。


 ——全部……お前のせいか……お前のッ!


 提督は元凶を見つめる。今日のこのおかしな空気を作っているのは奴だと。この事態を引き起こした原因はヤツに他ならない。モニターに映るは煌びやかな金髪。気品が溢れる高貴さに高飛車な顔。


 それはトン次郎王国とジャンク帝国の戦況を変えてしまった魔女。


金髪の爆乳魔女ゴールデンボンバーウゥィッチィ!」


 そして、何より揺れるけしからん爆乳ッ!


 だが、モニター越しに叫んだところで無意味。怒りをぶつけて睨みつけたところで彼女の勢いは止まらない。まるで水を得た魚の如く戦場を自在に駆け回る。


 ——どこにいるか……分かる……


 圧倒的万能感がミカクロスフォードを包む。感覚が研ぎ澄まされている。物陰に隠れている気配すら把握できる。どこにいようとも銃弾を当てることが出来る。走りながらでも正確な狙撃が出来る。


「まさか嬢ちゃん……入りやがった!?」「完全に入ったな……」「これはもう止まらねぇぞ……」


 常連たちはミカクロスフォードの状態を正しくとらえる。その箸が休まることはない。イッポンローリングという強敵と戦っていた疲れなど感じさせない。軽快に快調な食事。限界を幾つも超えた先に彼女が辿り着いたもの。


 それはマラソンランナーに似ている。極限まで自分を追い込んだ先に何も感じなくなる現象、ランナーズハイ――ならぬ、トン次郎ズハイ。


 極限まで引き出された食欲は暴走を引き起こす。それは七つの大罪が一つ。


暴食グラトニー


 ——見える……見えますわッ!


 暴走状態に近い。大佐との戦いで完全に覚醒した。命を削った戦いの先に陥る極限の状態。疲労も何も感じず闘争本能だけが剥き出しである。彼女のトリガーが止むことなく戦場に鳴り響き死体を築く。


「もう終わりだぁああ!」

「待て、お前ッ!」


 一人が限界に追い込まれ指令室から走って逃げだした。それを皮切りに指令室から次々と我先にと兵士たちが動き出す。ここにいてはあの魔女が来てしまう。


「貴様ら、敵前逃亡は重罪だぞおおお!」


 スープ提督が必死に止めようとするが一度始まったらどうにもならない。混乱が伝染するように誰もが冷静になれない。命を奪われる覚悟が出来ているものは戦場にいる。ここにいるのは戦わない者たちでしかない。


「おーい……俺を置いてかないでよ……」


 指令室に一人残されるスープ提督。心細い声で逃げた仲間達に呼びかけるが聞いてくれるものはいないように思えた。



「私は貴方を置いていきません――」



 だが――、



 一人の女が逃げた兵士の頭部が撃ち抜かれた死体を引きずって指令室に乗り込んできた。眼がこれでもかとひん剥かれる。これでもかと会いたかった相手だがこの状況下ではない。泥で薄汚れた軍服。銃弾で傷ついた頬の傷。血に染まった金髪の髪。


「わよ……」


 それでも、その眼の奥は気高く燃える。


「もうここまで……来たのか……」 

「もう……ですって?」


 怯えて後ろに下がっていく提督の声に彼女は首を傾げる。そして、首を戻して死体を頬り投げ彼女はツカツカとスープ提督を追い詰める様に歩いていく。彼女が歩けば提督は下がる。


「もうとは、なに? 些か憤慨よ……」


 それを繰り返した先に提督はモニターの端まで追い詰められた。彼女の言葉に怒りが滲む。ここまでの戦いを思い起こせば楽ではなかった。それを簡単と言われればカチンと来る。


 だからこそ、彼女はこれでもかと提督に詰め寄る。


「貴方がこの軍の指揮官なんでしょ……あの大佐の指揮官ならば、」


 おまけにソレが戦う意志もない敵軍の上官であればなおのこと。


「命をとして最後まで気概を見せなさいッ!」


 スープ提督の顔の横へ彼女の足がドンと打ち付けられる。提督へ求めるの戦場での在り方。悲惨で過酷な戦場を経験したが故に彼女は強くなった。そして、本能が剥き出しであればこそ気性が荒くなる。


「許して……くださいっ……」


 戦場に出なかったものとの差は如実。


 怯えるスープ提督をぎらついた瞳が断罪する。


「そこまでで許してやるでふよ……ミカたん」


 それを止める様に指令室に響く新たな声。それにミカクロスフォードは顔を向ける。扉の前に立つ短足チビデブがバズーカ砲を担いだシルエット。


 お世辞でもカッコイイと言えないそれに彼女は瞳を潤ませる。


「田中さん……!」

「ミカたん、よくやったでふよ」


 ミカクロスフォードがラーメンの具材を完食するスピードに追い付くように颯爽登場、田中さん。そのジャンクラーメンを食べるスピードは尋常ではなかった。


 残るはスープのみ。


「あとは僕が片づけて置くでふ」


 そして、ヤツはこれでもかとジャンク帝国を追い詰める。通常であればスープは残しても許される。完飲する義務などない。ジャンク帝国からつけられたあだ名は豚死神ポークデスサイズ


 戦う気のないスープ提督を見逃すものは多いがコヤツは違う。


「ジャンク帝国は一滴残さずぶっ潰すでふよ……!」


 NHKに関連するとある政党ようなセリフ。体系もどことなく似ている。


「いいえ……これは私の戦いですわ」


 前に出ようとする田中をミカクロスフォードが抑えた。ここから先も自分で戦うと。彼女は脅えるスープ提督のおでこへ冷たい銃口を突き付ける。それは幾度なく食材の命を喰ってきた。


「頼む……頼むよッ! 見逃してくれッ!!」


 まだ命に縋るスープ提督に彼女はため息で答えた。


「無理な話ですわね」

「なんで……!」

「だって、まだ奪われたものを取り返していないから」

「俺たちがお前から何を奪ったという!?」


 ミカクロスフォードは微笑んでトリガの指に力を込める。これが彼女の望んだ闘いの結末。本来この戦場に出た意味はそれだ。奪われたものを取り戻すための戦い。


「それは……」


 そして、彼女は銃声と共に答えを告げる。ミカクロスフォードをミカクロスフォードたらしめるもの。それが無くては彼女ではない。





 指令室に一つの死体が増えた。スープ提督の頭に風穴があいた。ミカクロスフォードの銃から硝煙が上がる。彼女の肩に漢の手が乗った。


「ミカたん、最後の仕上げでふよ」

「ご一緒させていただきますわ……」


 二人は手を重ねて指令室にある赤いボタンに置いた。これを押して終わりだ。トン次郎王国の大勝利でこの戦争は終わる。


「それじゃいくでふよ……」

「ハイ……」


 戦争の終わりは物悲しい。散っていった命は数知れない。寄せ集めの帝国。メンズ兵士たち、メン隊長、イッポンローリング大佐、そしてスープ提督。幾度と守ってくれた野菜の壁に心をこめる。


 そして、彼と彼女は声を合わせた。



「「ごちそうさまでした!」」



 感謝を込めて、ジャンクな戦場に。ドンぶりという世界に別れを告げテーブルに置く。コトとなる音と共にトン次郎王国民に完全なる勝利を届ける。一滴残らず戦場を駆け抜けた証を見せつける様に。


「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


 そして、それに合わせる様にこの日一番の歓声が上がった。二人の共同を作業を祝うように漢たちの歓喜の雄たけびが店内を埋め尽くす。



《つづく》

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