第19話 気管支に物が詰まったよりもビックリする

 ミカクロスフォードと大佐は互いに睨み合い動かない。先に動けば負けるというわけでもない。むしろ先に動いたほうが有利でもあるにもかかわらず、それでも動き出さない。


 周りでは数多の硝煙が上がっている。薄暗い瓦礫の大地を炎が灯す。二人はその景色に溶け込んでいく。この戦場という場所に染まっていく。これは殺し合いであり戦争だ。弱さを見せれば喰われる。


 だからこそ、眼を逸らさずに息を合わせる様に腕を静かに降ろしていく――


 動揺は覚悟によって消されている。躊躇いは気迫でないものになる。迷いよりも感覚に従う。今どうするべきなのか、今どう動くべきなのか。自然にお互いの武器に手が伸びた。


 求めることはひとつ――この戦争に決着を。


 大佐の右腕に左手が添えられ上げられる。ミカクロスフォードの銃の引き金に細い指がかけられる。あとは相手をどう殺すかの問題。先にどちらが相手を殺すかということだけだ。


 ——お別れ……。


 先に銃口を向けた方が先手を取る。規格外の新兵か歴戦の雄か。その差は如実に出る。どれだけの戦場を駆け抜けたかという答えを示す様に。


 ——だ、あばよッ!

 

 先に銃口を向けたのは大佐。その右腕につけられたガトリング砲はもはや彼の体の一部だった。本人の願うが如く操作できる。そこから放たれるは銃弾の雨。


 ミカクロスフォードの銃口は未だに大佐に届いていない。


 あとはスイッチ一つだった――。


 大地に銃声が鳴り響く。それは一発の弾丸。相手を殺すための銃声。


 だが、それは一度きりの銃声。


「ミカクロスフォードォオオオオオオ!」


 叫び声が響く。大佐の眼に泥が飛び、潰す。銃口を向けることもせずに下に放った弾丸は抜かるんだ大地を弾く。大地に向けた弾丸。大佐を殺すために放った弾丸の一発目。


 ——元より……


 ミカクロスフォードは元からそう決めていた。一発の撃ち合いではないと。


 ——貴方を一発で仕留められるとは思ってませんわッ!


 相手を認めたからこそ力量をはかれる。たかが一発の弾丸で大佐を倒すなど不可能だと彼女は考えた。ならば、やることは命を削り取ること。彼女は大佐が視力を回復するより早く次の手に移行する。


 先手を取ったのはミカクロスフォード。


 ソレに抗おうと大佐は視界などに頼らず感覚でガトリング砲を向ける。そこに上から突き刺さる弾丸。ガトリング砲に走る衝撃。予想外の衝撃に体がガクッと持っていかれる。

 

 ——武器破壊が狙いかッ!?


 上からの圧力で下に下げられていく。目を奪い武器を奪いにかかる狡猾さ。相手の出来ることを奪うような戦術。連続で撃ち込まれていく弾丸は休みがない。


 ——おかしい……どういうことだッ!!


 大佐が顔を苦痛に歪まされながらも考える。ミカクロスフォードではありえないのだ。おかしいのだ、この銃弾をリロードなしに撃つということが。どういう原理化も分からない。弾丸の圧力にガトリング砲が地面に突き刺さる。


 そこでようやく大佐は金髪の女が手にしたものを理解する。


 大佐の体に鳥肌が立つ。戦場で金色の髪が輝きを放つ。その女と思えない鋭い眼は修羅場をくぐり抜けてきた証。その女は密かに武器を隠し持っていた。


 ——二丁拳銃……だとッ!!


 それは彼女が残した最初の武器。彼女は新しい武器を国王に要求したが古いものを差し出さなかった。その手に握られるは二本の拳銃。それをガトリング砲に向けてこれでもかと撃ち放つ。


「頭が高いのよッ!!」

 

 ひざまずけと言わんばかりにガトリング砲のみに向けて攻撃を繰り返す。その重みに大佐の体が引きづられて片膝が大地に着いた。銃弾がガトリング砲の筒を容赦なく叩き続ける。

 

 それは、その衝撃は、隙間をこじ開ける。


 そして、その隙間に二本の拳銃を突き立てる。それは杭のように大地に突き刺さりガトリング砲の機能を殺す。慌てて大佐は使えなくなった武器から腕を切り離す。


「何を考えてやがる……ッ!」


 慌てて距離をとったが信じられない。女の狙いが読めない。確かに武器破壊が狙いであればガトリング砲は使えなくなった。だが、それは条件を同じにしては意味がない。相手の武器を壊し自分の武器を捨てた。


 それでは意味がないように思える――。


 だが、ミカクロスフォードは平然としていた。ここまで想定通りだと言わんばかりだった。彼女は大佐の懐に潜り込むように走っていく。手に銃はない。


 それでも彼女は向かっていく。


 ——まさか……素手で俺とやりおうっていうのかッ!?


 体格さは明らかだ。屈強な戦士の肉体と華奢な魔法使いでは比べ物にならない。その状況をミカクロスフォードが理解出来ていない訳がない。それでも彼女は向かってくる。大佐の考えに迷いが生じる。


 ——この状況で何をやろうっていうつもりだ……ッ!


 考えが読み切れない。状況を理解しているはずの相手に違和感がある。瞳が、眼が、まだ何かあるという意志を持っている。向かってくる女の眼は諦めたものの眼ではない。向かってくる女の気迫は捨て身という訳でもない。


 この戦争を勝ちに来ている。


 ——行きますわヨッ!

 

 それはあまりにも彼女に似つかわしくない作戦。それでも彼女は実行する。それがミカクロスフォードという女の性分。受験の時もそうだ。ミキフォリオが四重の魔法を使えば十六の魔法を重ねる。


 相手をこれでもかとねじ伏せるような強さを求める。


 その彼女が取った選択は――。


「マジかよ!」「丸ごと行く気かッ!?」


 二本の箸で持ち上げたナルトを丸呑み。大きく口を開けてねじ込んでいく。


「はむッ!」


 それには常連たちも息をひそめた。貴族ともあろうものがこんな豪快な手に出るなどと思いもしない。極太ナルト一本を口にくわえるなどと。それでも彼女はその手を選んだ。ちまちま食べていてはこのナルトは倒せない。


 ならば、恰好を気にしてもダメだと。


 淑女が公衆の面前でナルトを口にブッ刺す。そして、彼女の隠された本当の武器がナルトに向けて放たれる。綺麗なバラには棘がある。彼女の口には刃が隠されていた。


 ミカクロスフォードと接近した大佐が目にしたのは、


 ——それがお前の武器かッ!!


 ミカクロスフォードの手に握られた二本のサバイバルナイフ。長年使われているであろう形跡が伺える。それが彼女の奥の手。大佐のガトリング砲と同じように意識がリンクしている。


 それもそのはず――だって、彼女のなのだから。


「ハァアアアアアアアアアアアア!」


 大佐の前で二本の刃を手にミカクロスフォードは飛び上がる。僅かな動揺が生まれた隙を切り刻むように。二本の刃が軌跡を描く。着地と同時に泥の大地でつま先でターンをする。二本の刃が大佐の体を斬り刻んでいく。それでも彼女は止まらない。


 ——倒れるまで、斬り続けるッ!


 軽やかな身のこなしで続けざまに二本の刃を打ち込んでいく。それでも大佐は踏ん張って倒れずにいる。ナルトを完食しなければ倒せない。酸素で動き続ける体が悲鳴を上げる。それでも彼女は軽やかに大佐の周りを舞いながらも切っていく。


 体を切り裂く刃に大佐は悲鳴の一つも上げない。


「———ッ!」


 体を切り刻まれようとも反撃の機会をうかがうように耐え忍ぶ。ここから先は我慢比べだ。ミカクロスフォードの体力が尽きるか、自分の命が先に尽きるか。だから、歯を噛みしめ体の筋肉を硬直させて彼女の刃の嵐をやり過ごす。

 

 どれだけ傷つけられようとも最後に立っていた方が勝者だ。


 ——息が……苦しいッ……それでもッ!


 華麗に動きながらも呼吸を止めている肺が悲鳴を上げる。でも、止まってはいけない、止まれば負ける。それが分かるからこそミカクロスフォードは動き続ける。この乱舞で決着をつけなければ負けだと。


 勝負の分かれ目の臭いをかぎ分ける。


 ——倒れるまで……動けェエエエエェエエエエエエエ!


 幾つもの本当の戦場を見て来た彼女が感じた直感。わずかでも止まれば食欲が失せる。ここでナルトを完食しなければやられてしまう。彼女の口をふさぐ極太のナルト。休む間も無く噛み続け減らしていく。どれだけ咀嚼してもまだ大佐の息の根は残っている。


 数々の常連たちを地獄に落としてきた、一本ローリングは伊達ではない。


 ——苦しいっ……苦しいッ!


 ミカクロスフォードの血液の中の酸素が大量に消費されていく。二酸化炭素が増加していく。指の先が青紫色に変色していく。呼吸困難による症状が際立つ。


 それは酸素欠乏症――チアノーゼ。


 常人であればとっくにを上げている。それほどに苦しい。全身の動きが鈍る。これ以上続ければ意識が飛びかねない。


 それでもミカクロスフォードという女は曲げない、意思を貫く。


 彼女を良く知るエセ僧侶は玉藻に言った――


『なんでも器用にこなしてるように見えて、そつなくやってるように見えるけどミカは影ですごい努力してるんだ。人前でいいカッコするためじゃなくて、アイツは自分で自分の価値を下げることをしたくないんだ。プライドの塊だよ』


 彼女はプライドの塊だと。


『自分の理想に届くようにがむしゃらになりふり構わずやっちゃうやつ』

 

 だから、なりふりなど構わない。自分の価値を下げたまま終わらせるわけにはいかない。ここで彼女は取り戻すと決めたのだ。だから一切の妥協を良しとしない。


「本当……すげぇや」 

 

 櫻井は言葉を漏らす。何か似ているようで違う。櫻井の努力も人並み外れているがミカクロスフォードとは違う。ミカクロスフォードの姿に誰もが敬意を持つ。


 彼女と云う人間の生まれながらの気高さに見せられる。


 誰かのために出は無く自分の為に、憧れるのではなくそうであるように。


 そうあるのが当然であるようにと、態度で示す。その姿に揺さぶられる。


「うむッ!」


 ミカクロスフォードから奇声が上がる。わずかにナルトの破片が気管支にヒットしてしまった。呼吸への欲求ではなく異物によるダメージ。それが彼女の進行を止める。


 ——マズ……イ……


 彼女の意識が飛びかける。反射的に動く身体。条件反射に近い衝動。それが彼女の肉体をこれでもかと痛めつける。勝利がその口から零れ落ちそうになるのを皆が心配そうに見る。


「こんなもんじゃねぇだろ……オマエは……」


 その声に櫻井は顔を向ける。予想外の言葉に眉を顰める。悔しそうにしている顔が、握っている拳が彼女の負けを認めようとしていない。それがこの男の口から出るとは予想外だった。


「強……」


 ミカクロスフォードとは言い合いばかりしてきた。身内でいちばん衝突が多かった。それでも見てしまった。見えて来てしまった、ミカクロスフォードという人間が。


「いつもの調子はどうした……この程度じゃねぇだろッ……!」


 だからこそ悔しい。彼女がこの程度で終わることが。気に食わない女でも、その相手は自分の好敵手。ミカクロスフォードは自分を相手に負けじと言葉を返してくる。


「このまま終わっていいのか、オマエェエエエエエエエエエ!」


 ——涼……みやっ?


 予想外の声。予期しない仲間の言葉。

 

 強の叫び声にミカクロスフォードの意識が取り戻される。その男の顔を見た。必死だった。必死に自分に呼びかけていた。あのふざけた男がまさか自分を激励する日が来るなどと思いもしなかった。


 ——なんなんですの……その手は……


 その男の手は強く握られて震えている。


 ——なんなんですの……その顔は……


 やる気がない男の顔は真剣になっている。


 自分がジャンクラーメンを必死に食べているだけなのに……笑えて来てしまう。気管支に物が詰まったよりもビックリする。まさか、あのデットエンドという恐怖の象徴が自分を応援するなどと。


 ——このまま終わる? 冗談ではありませんわ……。


 彼女の意識が完全に切り替わる。苦しさなどもう感じない。この状況を楽しむように彼女のスイッチが入った。期待に応えるのは彼女にとって当然の事。自分を見守る常連たちの顔を笑顔に変えてやるという意気込みが湧く。


 ——おとなしく、黙って其処ソコで見ていなさいッ!

 

 彼女の二本の刃が動き出す。誰もが熱狂した。店内で彼女を応援する声が響く。意識がひとつにまとまった。誰もが願った。誰もが望んだ。


 彼女が勝利する結末を――。


 ピエロは叫ぶ。


「イッケェエエ、ミカクロスフォードォオオオオ!」

 

 そして、終わり告げる者も我を忘れる。


「食い散らかせ、ホルホルッ!!」


 ——なによ……ホルホルって……。


 ちょっとだけ距離が近づいたことによって呼び方が変化した。ホルスタインからホルホルへ。それに彼女は食べながらも微笑む。くだらない変化だと。


 ——ちょっと可愛いじゃないのよ……


 その間も休みなく二本の刃が大佐の命を削り取った。その両膝が大地に着いた。金髪の少女を見上げる様にして、体中に傷を負いながらも大佐は最後の力を振り絞った。


「楽しかったぜ……」


 愛してると言わんばかりだった。その命は彼女の刃で削りに削られ跡形もなくなった。それでも彼は満足した。天命を全うしたかの如く晴れ晴れとした顔であの世に旅立った。


「………」


 これは一人の少女がローリング大佐を倒すまでの話。それは新兵とバカにされた存在。だが内に隠した気高さがそれを許すわけもなかった。だからこそ彼女は戦った。


「貴方の言った通りだわ……」


 そして、敵である食材にも敬意を忘れない。大佐の亡骸を前に戦いの終わりを悲しむように彼女は彼の言葉を引用する。


「楽しい戦争デートの終わりっていうの物悲しくて嫌になるものね……」


 そういい彼女は先の戦場へと進んでいく――



《つづく》



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