第16話 静まり返った戦場はより一段と騒がしさを増す

 ミカクロスフォードの劣勢にスープ提督の高笑いが指令室に響く。


「その通りだ、ここまでだッ! ウッワッハッハッ!」


 愉快でたまらない。勢いづいて調子に乗っていた爆乳ビッチもここまでだ。どれだけ戦場を荒らそうとも所詮は新兵。年季が違うのだという大佐の言葉が溜まらない。


「ここが女であるお前の墓場だッ!!」


 ここはジャンク帝国の中心部。女子供などお呼びではない。


金髪爆乳魔女ゴールデンボンバーウィィイイッチ!!」


 ウェットに愉快にテンション爆上げの巻き舌。ジャンク帝国にあだなす者の末路は愉悦。モニターで疲弊する金髪の姫様の姿は最高のエンターテインメント。


 誰もが圧倒的な大佐の無双劇にニヤつく。


「そろそろ防壁も無くなっちまうぜッ!」


 大佐の右腕から鳴りやまない射撃。回転式のトリガー。防壁が無ければミカクロスフォードの体はハチの巣になる。おまけに何度も撃ち込んでいる自分の銃弾は軽いと言わんばかりに相手にダメージがない。


「クッ!」


 完全なる劣勢。野菜の障壁が底をつきかける。休む間が次第に無くなっていく。疲労の足を取るようにぬかるんだ油の大地が彼女をあざ笑うかのごとく。


 ——まずいです……わっ!


 休もうとした直前に野菜の防壁はハチの巣へと変わる。まるで逃げ道を塞ぐように先を呼んで大佐の銃口が回り込んでいた。剥き出しにならざる得ないミカクロスフォードの体に銃口が向く。


「逃げずに戦ったことだけは賞賛に値するぜ……」


 大佐の重苦しいガトリング砲がミカクロスフォードに照準を合わせている。抵抗するように銃を向け返そうとした彼女の腕が止まった。


 ——銃が……重い……ッ!


 先程までの素早さは見る影もない。その銃の重さを支えることも出来ない程に疲労が支配している。ミカクロスフォードの顔が歪む。間に合わない。大佐に対しての攻撃に対抗するすべがない。


「楽しい戦争デートをありがとよ……ッ!」


 秒で数発を放つガトリング砲。激しい銃弾の雨が金髪の少女の体を撃ち抜いていく。これでもかと大量に彼女の体を撃ち抜いて衝撃で体が舞う。その衝撃に彼女の疲弊した体がもつわけも無い。


 握っていた銃は力なく宙に放り出されて地に落ちた。大佐の銃撃がミカクロスフォードの倒れた姿に止んだ。死体撃ちをするほどそこまで彼も鬼ではない。


 ましてや、それが女子供であれば尚更だ。


「よっと……」


 そこらへんの瓦礫に腰掛け、胸ポケットからクシャクシャのタバコを取り出し火をつけた。戦いの余韻を味わうように彼は煙草を味わい、煙が上がる天を見上げる。




「楽しい戦争デートの終わりっていうのいつも物悲しくて嫌になるぜ……なぁ、嬢ちゃん……」



 

 ミカクロスフォードの戦いは終わった。新兵でありがならも戦い続けた彼女の姿は美しかった。だからこそ大佐は物悲しくもなる。




「けど戦争デートってのは、こういうもんだから仕方ねぇんだわ」




 これがそういうものだとしか言い切れない悲しみを煙にまぜて吹かすほかない。彼女の敗北が映し出される。その姿に大局が動き出す。指令室ではお祭りのようにオペレーターたちから歓声が上がる。


「ついに討ち取った!!」「さすがイッポンローリング大佐!」「各地でトン次郎王国の動きが止まりました!!」「そうだろう、そうだろう! 金髪の爆乳魔女ゴールデンボンバーウィッチは死んだのだからなッ!!」


 スープ提督は高らかに彼女の死を告げた。彼女の死が伝わっているのはジャンク帝国だけではない。それが他の戦場にも影響を及ぼした。だからこそジャンク帝国は活気づく。


「奴らの進行が止まっている今がチャンスだッ! すぐにメンズ兵士たちの装備を強化するぞッ!」


「イエス、サー!」と指令室に響く声は調子づく。トン次郎王国の反撃が止んだ瞬間こそが彼らにとっての反撃に他ならない。一人の少女が起こした反撃は失敗に終わった。


 彼女の銃は箸だ。その箸がテーブルに落ちている。ナルトを食べている最中に落としたのだ。眼の色が完全に敗北に染まっている。


「嬢ちゃん……」「もう……ダメか……」「しょうがねぇよ……イッポンローリングなんて……あまりに基地外だ!」


 極太の一本のナルト。それと彼女は戦った。箸を使って少しずつ削っていくように食べたが全然減らない。おまけに彼を持ち上げていた箸を持つ手が重くなって動かなかった。完全に食欲が止められた。


 ——もう……ダメですわね……


 箸を持つ体力が残っていない。最後にナルトを落としたスープの背油が顔中に広がってキモチワルイ。あまりに敵が強すぎた。麺だけならまだしもナルト一本なんて酷すぎる。これはさすがに倒せないと悟る。


 この戦いに勝利することは元から無理だったのだと。


 ——悔しい……ですわッ……


 ミカクロスフォードは悔しそうな顔を浮かべる。途中で終わってしまったことが許せない。それでも彼女を責める者は店に誰もいない。残してしまおうとも、ここまで戦った彼女の姿を見ていれば責めることなど出来ようはずもない。


 背油でびちゃびちゃになって傷ついてる悔しそうな少女を貶める者などいるはずもない。彼女を同志と彼らは認めたのだ。


「よくやった!」

「えっ……?」


 一人の常連の声にミカクロスフォードの顔が上がる。それは賛辞だった。負けた彼女に対する言葉にしてはあまりに優しすぎる。


「ここまで食べただけでも偉いわ」「次はちゃんと自分に見合った注文すればいけるぞー!」「注文がわからねぇなら、俺に聞きな! 週三でいるからよ!」「俺は週四だから!」「俺が先だろッ!」「お前より俺の方が通ってるだろ!!」


 それは敗北した彼女に次も来なさいと投げかける言葉だ。彼女は微笑む。トン次郎という店に認められた声。騒がしい店内は敗戦であろうと許してくれるだろう。


 ——本当にありがとうございます……こんな不甲斐ない私に……温かい言葉を。


 だが、その常連たちの声をかき消す様に動き始めた――。


「ホルスタイン……!」

「オイ、もういいだろッ! ミカクロスフォード止めておけ!!」


 ——涼宮……櫻井……


 静かに弱弱しくも彼女の細い指が動いていく。戦場で倒れた体は静かに己が銃に向かっていく。テーブルに落ちている箸へと。


 ——この優しさに甘えてしまっては……私はダメなんですわ……


 闘い終わっているイッポンローリング大佐はまだ気づいていない。自分が相手にした少女がどういうものなのか。泥の上を這ってでも戦う姿勢を見せ続ける。その瞳にまだ戦う輝きの火が灯ったことを。


 ——この程度で満足している様では……私は私ではいられない。


 失ったものはなんなのか。彼女はその尊いものを知っている。それが自分をここまで支えていたことも知っている。そして、ソレを失ったが故のこれは戦争だ。


「んっ……」

 

 煙草を吸い終わった大佐が気づく微かな気配。戦場の空気が変わっている気配。その間にも彼女は進んでいく。手を伸ばしていく。大佐は彼女の動きよりも遥か彼方を見ている。


「空気が変わりやがったねぇー……こりゃ、何か来るか……」


 その刹那、立ち上るのは爆炎と号砲。地鳴りが響く大地で大佐の眼が鋭くなる。これは好敵手の出現を予感させる。その間にも少女は銃に手を伸ばした。


「近いね、この音……ヤツが来たか……」


 そして、静まり返った戦場はより一段と騒がしさを増すことになる。一度、静まり返ったのはこの予兆だったと言わんばかりに。ジャンク帝国の指令室も大慌てになるほどの。


「いまの地震は何事だッ!」

「大変です、提督!! モニターを見てください!!」

「バカなッ……ありえない……」


 モニターに映るのは金髪ではない。だが、その存在感はトン次郎王国に光をもたらす。それは選ばれた戦士に他ならない。この急襲を誰もが予想などしていなかった。


「ヤツがなぜ……なんでだッ!」


 それはジャンク帝国にとっての凶報。ありえるはずのない事態が起こった。それにはトン次郎王国の民ですら度肝を抜かれていた。誰もが彼女の戦争を誤解していた。彼女が動くということがどういうことなのかということを。


「ふぅー、ここでいかなきゃ……」


 一撃での大量虐殺。メンズ兵士の死体が山のように気づかれている。バズーカ砲を肩に担いで現れたシルエット。それはお世辞にもカッコいいとは言えない。


 短足にしてチビである。


「漢が廃るでふよッ!」


 おまけに豊満な体。


 だがしかし――それはジャンク帝国にとっての最大の脅威。


 トン次郎王国の選ばれし戦士。十本の指に選ばれる精鋭。その胸元に煌めくプラチナのタグ。それにはスープ提督の精神が崩壊に近づく。


「ヤツは、今日一度戦っているはずだッ!」


 ありえるはずもない。二度目の凱旋。一日に二つの戦場に姿を現すなどあるわけがない。替え玉では無く追加のおかわりラーメンなどジャンクラーメンという業界に於いて死亡遊戯に他ならない。


 指令室に映し出されたプラチナ戦士にオペレーターたちも震えが止まらない。残虐なまでの食欲を持っている最強の戦士。そのシルエットだけでわかる。強さが違う。放たれるバズーカ砲は一撃でメンズ兵士を壊滅に追い込む。


「ズッボボボボボオボオボオボオオ! ズッボボボボボオボオボオボオオ」

 

 麺の悲鳴すらかき消す地鳴りのような音で吸い上げられる喉。大量の麺を流し込める大きな口。それは彼らを地獄に誘う蓋を失くした地獄の窯。止まない爆音という名のグレネードランチャー。


 真の漢である、田中竜二の二度目の行軍。これは死亡遊戯でなく、脂肪遊戯に他ならない。伝達兵が奥歯をガタガタと言わせる。


「戦場の死神……田中こと……」


 それは田中につけられたジャンク帝国での呼び名。帝国の脅威につけられた戦場での呼び名。歩くだけで死体を増やす漢につけられたもの。




豚死神ポークデスサイズッ降臨ダァアアアアアアア!」




 その名を伝達兵が読み上げただけでオペレーターたちに体の震えが伝染した。中にはこの世の終わりだと言わんばかりに頭を抱えるオペレーター。ジャンク帝国にとって今日は最悪の日に他ならない。


 ヤツが歩いた戦場は終わりだ。出会ってしまったら、もう敗北は決定。


「えぇーい、忌々しい! これも全部あの金髪女の――ッ!」


 全ての元凶である少女に向けられたスープ提督の怒りが止まった。信じられない光景がモニターに映し出されている。それはイッポンローリング大佐の眼にも映っていた。その異様な光景に向かって言葉を吐き捨てる大佐。


「まだ立ち上がるとは……嬢ちゃんはひょっとしてMなのかい……」


 倒れていたはずの女が立ち上がっている。


 ミカクロスフォードの銃が握られている。撃ち抜かれた軍服は血と泥で浅黒く染まっている。しかし、それでも少女は二本の足でしっかりと立っている。引くことはないと意志を固めた視線をぶつけながらも。


「たしかにMかもしれないわね。それでもこのMはMでも……私は……」


 彼女を奮い立たせるものはソレに他ならない。その言葉に全てが込められている。彼女がここまで高貴である自分でありつづけることを望んだ全て。


「ミカクロスフォードのMよッ!」


 大佐はハッと小さく嗤った。この女を女子供と称するには無理がある。この気高さは漢にヒケをとらない。一度の敗北から立ち上がった彼女を認めざる得ない。自分を相手に戦意を失なわないその姿に感化されてしまうほどに。


「覚えたぜ……ミカクロスフォード」


 だからこそ、大佐はガトリング砲を戦士に再び向ける。


「お前は戦場ココに相応しい最高の女だってことをなッ!」


 彼女を認めて完膚なきまでに殺し合おうと呼びかけた。そして、それに少女も答える様に銃を相手に向けて構える。お互いを殺す意思を固めた状態で二人は語りあう。


「それじゃあ、いくぜ……」

「えぇ、始めますわよ……」


 それは合図に他ならない。


「「戦争デートの続きをッ!」」


 殺し合いましょうという合図に他ならないのだ。



《つづく》

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