第284話 なんつったッ!!

 俺は全身ボロボロだった。黒崎の言う通り一撃一撃のダメージは骨身に染み入るように俺の体に電撃を流していた。それでも立ち上がれる。


「残り一発……」

 

 俺があの世界で得たものは絶望しかない。だがその絶望の痛みは治らない傷だった。デスゲームで初めて勝った日、俺は人の命を奪った。それからも俺は勝つたびに誰かの命を奪っていった。最後まで生き残った俺が一番ひとの人生を奪った


「あと一撃で……」


 だから、この消えない痛みは罪なんだ。俺が犯した罪だ。生きるためにでもなかった俺が奪い続けた命への贖罪。その罪の重さに比べたらこの痛みでは、この罰では足りなすぎる。


 ——死ぬのより生きることの方が辛いのなら……


 俺は黒崎へ向かって一歩前に踏み出す。この体に流れる痛みは罰だ。こんなもんで足りるわけもない。殺した奴には家族もいたはずだ。殺した奴には愛する者もいたはずだ。死んだアイツ等は生きるためにどこまでも汚く染まっただけだった。


 皮肉にも生き残った俺はデスゲームでどこまでも汚れていることを認めずに自分を純粋な存在であると思い込んでいた。俺の薄汚れた手は奪うことでしか生きていなかったのに。


 黒い亡者共の手が俺の体に巻き付くのが見える。


 ——こんなもんで許されるとは思ってない……安心しろ……。


 俺は亡者に心で返し、また一歩だけ黒崎へと痛みを抱えて近づいていった。


「あと一撃で死ぬぞ……お前は……一撃で」


 黒崎の動揺が見て取れる。恐怖に染まっている。その証拠に拳が震えている。


 ——あと一撃で死ねるのかもしれない……。


 俺は罪を認めた様に処刑台へと近づいていく。あれだけ殺して奪って来たくせに死ぬのが怖いとかいうつもりもない。死ぬのは大したことではない。死はありふれたものだ。どこにでも誰にでもあって、いつふりかかるかも分からない。


「いいぜ……こいよ、黒崎」


 俺が一歩前に出るとヤツは一歩後ろに引いた。なんとなくこうなることは分かっていた。ヤツの殺気を肌で感じた時から分かっていた。威圧に使う程度の殺気。それは本物の殺しの意思とは違う。


「死ぬのが怖くないのか……?」


 そうだろうな。黒崎嘉音は初めから試験をやっていただけだ。だからこそ違う。俺は最初からこのやり方しか知らなかった。命を賭けるようなやり方しか。


 俺がしているのはデスゲームだ。


「怖い……?」


 あぁ、いつからだろう……死というものが恐怖でなくなったのは。死が楽だと思ってしまったのは。銀翔さんの部屋でナイフを喉に突き立てた時にそう感じた。


『これで楽に……楽……に?』 


 死ぬことで終わりを迎えることが救いに感じた。それでもソレを俺は許せなかった。俺が楽に死んでいい訳がない。俺という罪を犯した人間が救われてはいけない。俺という存在はどこまでも辛く生きなければいけない。


 ——そうか、もうあの時に死の恐怖には勝っていた……。


 死の恐怖などを感じなくなった出来事はあった。もうあの時にそれは克服していた。何度も死のうと思ったことはあった。


 俺はあの世界で見た絶望に何度も負けそうになった。


 それでも俺が生き続けられたのは、歩き続けられたのは、


 ヒロイン進藤 流花が傍にいたからだ――。


 あの絶望の世界で俺が生き残れたのは彼女がいたからだ。人を殺した罪悪感があっても、仲間が失われた時に立ち上がれたのも、彼女がいたからだ。人が平気で人を騙す世界で絶望に負けなかったのは、俺を騙さなかった彼女が居たからだ。


 俺が愛した赤髪のキンモクセイの香りを纏う、流花ねぇがいたからだ。


 彼女を救おうと最後、あの彼女とのゲームの時に、俺はもう覚悟出来ていた。


 ——心の底からそう思えたんだっけか……。


 『愛した人を裏切って殺す』か、『愛した人に裏切られて死ぬ』か、という結末を塗り替えようと、俺という弱者は踏み出した。


 『彼女を信じ抜いて、自分で自分を殺して彼女を救う』という行動に出た。


 ——彼女に生きて欲しいと……彼女を救いたいと願って俺は……。


「死ぬのなんか怖くねぇよ……」

「えっ……」


 あの時にもう死ぬ覚悟は出来ていた。死んでもいいと思えたんだ。彼女がどんな本心を隠してようとも構わなかった。俺を殺して生き抜いてくれてもいいと思えた。


 彼女が居たから、進藤流花が居たから、


 俺は生きて来られた。


 それぐらいに彼女ヒロインを愛していた。


「死なんて……どうってことねぇ……」


 残された彼女が生きる絶望を味わうことも知らずに、俺は酔っていた。彼女が生き残って帰ったとしても笑えていたかは分からない。俺と同じ苦しみを味わっていたかもしれない。あの世界は狂っていた。だから彼女が狂ったとしてもしょうがなかった。生きたいと願ったっていいと思えるような世界だったのだから。


「生きてる方が辛い……ことだって……あんだよ」

「何を言って……」


 俺の足が死に向かって前に出る度に黒崎の足が引かれていった。黒崎のようなやつに命を奪う覚悟などあるわけがない。俺はもういつ死んだっていい。そう思えるように毎日苦しんできた。


 それでも止まってはいけないと足を前に出す。


「俺を殺せよ……あと一撃なんだろう……」

「なんなんだよ……」


 俺という存在をどこまでも黒崎は怖がっている。死ぬことの意味を失った俺にはどうでもよかった。苦しんで死ぬ分にはよかった。どこまでも罰を受けた末に絶命するならそれはいいと思えた。


「殺せるなら、殺してみろよ……」

「お前……おかしいよ……」


 俺は生きるのが苦しい。生きると決めてからが辛かった。だから耐えて耐えて、生きていく。その足が自分の意志で止まらないなら、充分苦しんだと思える。この足がまだ前に出るならソレは俺が生きた証だ。


「来るな……」


 俺が一歩前に出ると黒崎は酷く怯えた。殺す意思がないものに人を殺すことはできない。コイツは俺が命を賭けてデスゲームをしてたのに、才能というチップを使って命を守ってきた。元からそうやって逃げていた。お前は俺とは違って汚れてなどいない。


 ——人を殺したこともない……。


「来るなぁぁああ!」


 黒崎が勢いよく飛びのいて距離を開けた。俺は疲弊した体で逃げた黒崎に体を向ける。早くして欲しい。これは賭けだ。命を賭ける覚悟はとうに出来ている。ここで俺は許されるのか、許されないのか。


 黒崎がマインドゼロになるのか……


 それとも技が発動して俺が死ぬのか……。


 そういう賭けだ。だから俺は黒崎に向かってまた一歩踏み出す。早く結果をと求めるように俺は一歩前に出る。黒崎が歯を鳴らして恐怖を露わにする。精神が乱れすぎているから技は失敗するのは目に見えてる。あの状態で的確なイメージなど出来るはずもない。


「お前、なんなんだよッ!」


 ヤツが声を荒げた。もう精神的に限界に達したのだろう。


「死ぬ気かよッ!」


 そのつもりだ。この道の途中で倒れるならソレは俺が生きた証だ。


 罪を受け入れ罰を受けて最後を迎える瞬間だ。


「狂ってるッ! 狂ってるッ!!」


 とっくにそんなことは分かっている。俺が正常なわけがない。俺はどこまでも愚かな人間で罪深い存在だ。狂ってていい。出なければ生きる意味もない。俺の生きる意味は涼宮強という存在を殺すためにでしかない。


「たかが……」


 その黒崎の言葉に俺の眉が動いた。


「高校受験だぞ……オマエ……」


 その言葉を出されたことが気に食わなかった。俺の眼に殺気が宿った。俺は命を賭けてやっているのに、それを邪魔するコイツはその程度のことと言い放った。ここを突破しなければ涼宮強を追うことが出来なくなる。


「なんつった……」


 ヤツは世界を変えた――その変わった世界は俺を絶望の底に落とした。


 全てがヤツのせいだ……俺が殺した奴等が死ななきゃいけなかったのも進藤流花が死ななきゃいけなかったのも、俺の両親が魔物に殺されたのも、ヤツという存在が生まれてきたからだ。


 俺が味わった全ての絶望の根源が涼宮強だ。


「今、お前――」


 だからこそ、俺はヤツを殺して世界を戻そうと命を賭けているのに……コイツはそれを邪魔した挙句に俺という存在を全否定するような言葉を吐き出した。禁句に近い。


「なんつったッ!!」


 それが殺したいほどに許せなかった。


 その瞬間に怯えた黒崎の体から闇が溢れだし俺を弾き飛ばした。六撃目だったのかはわからないが受けても何かが発動するわけでもなかった。俺に刻まれた紋章の数は五個から変わらなかった。


「なんだ……?」


 代わりに黒崎嘉音の絶叫するような叫び声が校庭に響き渡った。



《つづく》

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