第271話 人生はクソゲー以上にクソゲーだ

 俺は暗闇に染まる山の中を樹々をぬいながら駆け抜ける。


「こっちか……」


 木に目印となるように切り傷をつけて置いたのを頼りに森の奥へと走っていく。走り込んできた足は思うように動く。謎の双子に回復薬をぶっかけられたおかげで体が軽い。


「次はこっちだな」

 

 次の目印となる木を見つけて駆け抜けていく。止まってられる時間はない。森の中を選んだのも障害物がヤツの行く手を遮るし視界を隠すことができるから。殴った感触で分かっていた。

 

 アイツの防御力は高い。


 俺の攻撃では大してダメージを与えることもできない。殴った拳がジンジンと痛みを発している。何発撃ち込んだら倒せるかも分からない。感覚的に言えば、最弱のモンスターであるスライムが回復魔法を使える勇者を殴り殺すぐらいの感覚だろう。


 そんな攻撃をしてる間にアイツに捕まれば俺の方がやられる。


「俺は相変わらず……」


 汗が冬の風にあたって身が冷える感覚がある。それでも止まれない。俺は深夜の森を悪態を付きながら一人で駆け抜けていく。


「不幸だな」

 

 息を切らして走りながらもなんとなく昔やったゲームの事を思い出した。父さんが持っていた旧型のゲーム機。今考えれば赤と肌色の安っぽい作りだったファミコン。


 正式名称をファミリーコンピュータ。


 それをやらせて貰った子供の俺は父さんに堪らずに『なんだよー、クソゲーじゃん!』と憤りをぶつけた。昔のファミコンゲームっていうのは信じられないほどに理不尽だった。初見殺しなんて言葉が生易しいレベル。説明書もないゲームでボタン配置も謎が多い。


 死ぬのが当たり前のゲーム。


 死ぬことが前提のゲーム。


 おまけにコンテニューがない。途中セーブもない。あっても隠しコマンドを打ち込まなきゃ出来ない裏技的なものだった。だから死んだら、最初からやり直して何度も何度も体に覚えさせて地道に攻略していくしかなかった。


 同じことを繰り返してやっとの思いでノーミスで進んだ先でまた未知のトラップに死んでの繰り返し。


 今の状況がそれに近いから、ふと、そんなことを思い出した。


「人生はクソゲー以上にクソゲーだ……」


 あまりに理不尽すぎる状況に思わず走りながらも愚痴をこぼす。どれだけアイツが強いのかはなんとなくわかった。あれだけ策を練って全部嵌めてあの状態。怒り心頭で元気に走って追いかけてくる始末。


 無理ゲーもいい所だ。


 アイツを倒す?


 極限まで詠唱した爆裂魔法を喰らってピンピンしてるヤツ相手にどうしろと?


「ファミコンを超えるクソゲーもいい所だろ……」


 ファミコンなんてものが生易しく思える状況。現実にやり直しなんてない。おまけに受験ってものはこの年で、この時期で、この日じゃなきゃ受けられないもの。そこにコンテニューなどない。落ちたからやり直しということも出来ない。


 この日の為にいくら準備しようとも差が埋まらなかった。初期ステータスは固定されているゲーム。おまけに相手はラスボスのようなステータス。パーティはいなくなった。


 残りは最弱な俺一人。


「この状況に泣けてくるぜ……ったく」


 最悪な状況だ。最初に喰らった『レイジバースト』とかいう闇の攻撃で脇腹から出血している。針の様に体に刺さりやがった。これがファミコンとの違いだ。ダメージを喰らうとイテェ。走るごとに血が出てきている。


「これはマズったか……」


 微かに走った後を追うように草に俺の血が落ちてやがる。これで追跡速度を上げられたら溜まったもんじゃねぇ。追いつかれたら終わりだ。アイツは俺よりも強い。アイツは俺よりも才能がある。アイツは俺よりも実力がある。


 だからこそ止まるわけにはいかないと走り続ける。


 夜の森に風が吹き抜けて樹々を鳴らす。追いつかれたら終わりだという恐怖。ここで落ちたら俺が絶望の淵で見ていた光は消えるという不安。永遠にアイツを追いかけることは出来なくなる。鼓動が嫌という程、胸の内側から叩きつけてくる。


 勝てなきゃ終わりだ――。


 絶望の匂いがした。次第にその感覚が俺から感情を奪っていく。表情が落ち着いてくのが自分で分かる。呼吸が落ち着ていくのが分かる。


 懐かしい感覚――命を捨てる覚悟を決めた感覚。


 ギリギリの状況は何度も味わった。何度も見てきた。


 負けたら死ぬだけだ。異世界で死んだ者にコンテニューなどない。やり直しなんて出来るわけもない。たった一度きりの人生。選択の連続でしかない。一歩でも踏み外したら自分は死ぬ。


 相手が格上なのは当たり前でいつものこと。


 奴らは狡猾に俺を騙しにかかった。幾度なく欺かれ命を狙われた。何度も命を落としかけた。数え切れないほどに命が尽きる瞬間を見た。


 たった一つのミスが死に直結する。


 忘れていた緊張感。命のやり取りをしている感覚が蘇る。


「いつもそうだった……」


 それが俺が生きた世界だった。現実こっちに帰ってきてから忘れていた感覚が蘇ってくる。異世界あっちの感覚が本当の俺を呼び覚ます。恐怖に染まるではなく頭が冴え渡る。ギリギリの状況で感情が削ぎ落され情報が整理されていく。


 生き残る為に何を為すべきかということだけに、脳が支配されていく。


「考えろ……生き残る為に考えろ……」 


 冷たい自分の声色が鼓膜を揺らす。実戦試験が始まってからの戦いを走馬灯のように駆け巡る。一つでも其処に生き残るヒントがないかと。


「アイツは強い……」


 俺を追ってきているヤツと真っ向から勝負すれば一瞬でカタがつく。アイツと戦った感覚で分かる。ならば逆にヤツも俺が弱いという感覚を持っているはずだ。


 黒崎の方が圧倒的に強者であり、俺は最底辺の弱者。


「傲慢、プライド」


 強者であればこそ足元が疎かになる。負けるなどと思わない傲慢さ。だからこそ弱者を蔑む。そして、その弱者の反旗を許さない。


 それは奴らのプライドを傷つけるからだ。


「驕り、力の誇示」


 だからこそ俺の挑発があれほど効いている。だからヤツは何度も俺の策にかかった。なぜかっていうと驕っているからだ。負けるはずがないと高を括っているからだ。


 ならば、ヤツはこの状態を許せるはずない。


 俺を見つけたら、力を見せつけてくるはず。


 表情を失くしたままの俺の頭が情報の整理を終える。


「第二ラウンド開始といこうか……」


 自分がいまやるべきことを整理できた。そして、これから黒崎とどう戦うかも。


 

《つづく》

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