第266話 ALL FOR ONE《オールフォーワン》!!
「
吹き飛ばされている櫻井の叫びに呼応するように仲間に緊張が走る。それは決められていた合図。このために皆で動いていたのだと。一つの勝利を手にするために皆の想いをひとつにしてきたのだと。
誰もが理解してるからこそ緊張が走る。
ここで失敗をすることは出来ないと。
だからこそ言葉が分けられている。それはひとつの意味をもたらした。
『ONE FOR ALL、ALL FOR ONE』
『一つの勝利の為に皆で力を合わせよう』
勝利を手にしようという意志を固めた。力を合わせることに意味はない。勝利を手にすることに意味があるのだと。それを半分だけに分けて櫻井という男は叫んだ。
『
『この一瞬が全てだ』と。
ここが勝負所だと。
緊張と同時に興奮が仲間に沸き立つ。男はやってのけた。攻撃を受け続け、試験官の動きをいま止めた。一番役に立たない能力であり一番戦闘能力が低いにもかかわらずやってのけた。
だからこそ、眼に光が灯る。
だからこそ、自分もと。
富島と岩城が挟み込むように顔をはたいている試験官の左右に回り込む。その瞬間に桜島の分身体は消失した。全てをこの一瞬に全力を注ぐために。それは本来は富島一人の能力。
それを本来使いこなせるのは他の誰を置いても富島以外いない。
「
十体の分身を引き連れ一人の剣士は特攻をかける。それが彼本来の戦い方。闘志に顔を歪めながらも剣を構える試験官に向けて放たれる絶技。
十一人の自分を使いこなす剣術。
「
十一の剣士が飛び掛かる。十一の剣が試験官を襲う。十一の軌跡が寸分の狂いも無い連携で放たれる。漆黒の剣が一刀を弾き飛ばすが、二の太刀、三の太刀が、押し寄せる。
——分身はコイツの……能力かッ!!
その連携は先程の櫻井のとは違う。洗礼されて隙が無く一部の狂いもない。富島の得意とする型。使い込まれ体に叩き込まれた剣技。僅かに毒に削がれていた意識が剣だけに向く。
——剣で捌ききれねぇッ!
その一瞬だけは富島の剣技と能力が試験官の剣技を超越した。漆黒の剣が防御に徹しているが追いつていない。富島の全力に圧され込まれて足が一歩、二歩と引いていく。
圧力に負けて下がる試験官との距離があいていく。
「ダァラアアアア!!」
「——チッ!」
全力をかける意気込みに圧倒される。だからこそ剣での勝負を捨てる。試験官の思考は完全に富島へと向けられていた。そうせざる得ないほどの気迫が富島の剣に乗っている。
——調子に……。
ここで勝負を決めようとするほどの乾坤一擲の妙技。それを迎え撃つは。
——乗るなッ!
下から這うように黒い闇が伸びていく。それは最初に櫻井を分身体もろとも吹き飛ばしたように伸びる。それが富島の分身体を貫いていく。剣技だけはない。富島が分身を使うように試験官に闇という能力も備わっている。
鎧を保護していた分の黒い影を消費して富島の猛攻を止めた。
その矢先だった――試験官に動揺が走る。
後ろにもだとッ!?
新たな殺気が沸き立つように自分に近づいてきている。自分と云う実力者にその弱者たちは牙をむく。虎とネズミのような強さの違いがあろうとそれは集団で自分と云う虎を潰しに来る鼠。
鼠が飛び掛かるようにして牙を虎へと向ける。飛び掛かり全体重を乗せた振り下ろされる。能力を富島に向けていたからこそ岩城への剣で返すが、
「チィイイイ!」
火花が散った。剣を横にして受け止めるのが関の山だった。片手で持たれた剣と両手で力強く握られた剣で圧し合うが拮抗をする。力の違いはある。それでも顔を歪めているのは虎の方だった。
鼠は己が牙に隠された毒を
「受けてみろ、これが俺の全力だ!」
見せつけるように嗤った。櫻井から勝負所で使えと言われていた。剣と剣が重なった状態だからこそそれは効力を存分に発揮する。そして相手の能力と相反するが故に威力を上げる。剣に能力の光が注がれていく。
「
岩城の叫びと同時に能力が最大解放される。それは相手の闇を払いのけるように眩い光を発揮する。試験官の剣がかき消されるように消えていく。そしてその視界は目の前で起きた強い光に完全に奪われた。
「ガッ――ハッ!?」
光の中で岩城の吐息が漏れる。腹部に強烈な打撃が食い込む。視界を奪われそれでも気配を頼りに感覚だけで空いた左拳が放たれていた。奇策をしかけようとも僅かな攻防ですら劣っている。
その光の中を影が動く――。
「岩城ッ!」
そして、試験官の横を駆け抜けた。視界が奪われた試験官の体に巻き付くような人の重さがある。それは一人ではない。いくつもの手が逃がさないといわんばかりに抱きついて締め付ける。
富島の分身体の全てが試験官の体を抑え込むように抱きついている。その間に本体は走り抜ける。岩城を回収して少しでも遠くへと。その場から脱出するように。
「櫻井ッ!」
咽ている岩城を肩に抱え走る富島は合図を送るように声を上げた。その合図を聞いた櫻井が右手を高く上げる。それは最後の合図。この作戦の最大の肝となる。それが最弱パーティの切り札であることはいうまもでもない。
だからこそ、櫻井は願いと力を込めて最後の合言葉を口にする。
「
それは一人の少女に向けられていた。ずっと彼女を隠すために三人が体を張ってきたのだ。少女はずっと力を溜めていた。ずっと全てを注いでいた。自分の持てる全部を込めていた。
だからこそ、少女は今がその時だと杖を掲げる。
「立ち塞がる
この一撃の為に持てるマナの全てを注ぎ込んだ。時間は十二分に貰った。周辺にあるマナも込められるだけ込め続けた。地に魔方陣が浮かび上がり赤く染まっていく。それは空中に投影されるように描きだされる。
その一撃に課せられる期待の重さは分かっている。
三人が戦う姿をずっと後ろで見ていたから分かる。
誰もが自分の持てる力を桜島の最大の攻撃の当てる為だけに使われていたのを。
ずっと見ていたから――。
二十分という時間ただその機会が訪れるのを歯がゆくも待ち続けていたのだから。仲間が傷つく姿を見ながらひたすら歯を食いしばって耐えてきたのだから。
失敗など許されない。
お膳立ては完璧にされている。動かない様に富島の分身体が試験官の動きを封じている。試験官の能力は岩城の光によって弱まっている。攻撃の座標軸は固定し終えた。あとは長文詠唱の最後を詠うだけ。
「
櫻井の右手が岩城達の脱出を確認し力強く振り下ろされる。その攻撃に全員の願いを乗せてくれというように叫ばれた。それは試験官に意味が分からない言葉かもしれない。
それでも四人には分かっている。櫻井がどういう意味なのかを語った。
桜島の杖が力いっぱい地面に突き刺さるように下げられる。
『全て残せず叩きつけろ、たった一つの勝利の為に!』
その意味を体現するように桜島は声を全力で天空に張り上げた。
「
これは落ちこぼれと言われた鼠たちの意地の結晶。持てる全ての力を合わせた現状のパーティで出来得る限りの最大級の攻撃。そして相手の力は削いだ。富田の能力により闇の力が一時的に弱まっている。
天空から深紅の輝きを放つの魔方陣から閃光が地上へと放たれる。
その絶望という不条理を打ち砕くように――。
《つづく》
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