第264話 実戦にはルールなどない。理不尽なほどに

 分身に攻撃を受けながらも男は声を張り上げる。


「岩城、今だッ!」


 その声に鼓舞されるように仲間は走り出す。


「了解だッ!」


 パーティに気力が漲っている。善戦することで調子を上げていっている。あまりにパーティとして上手くまとまり過ぎている。それは一人の男の指揮によるもの。


 その男は指先で仲間にサインを送る。


 ——GOゴーッ!


 その指先は小さく動くが的確に仲間の富島に向けての力強く意思を伝える。岩城の攻撃が終わると同時に攻撃を仕掛けろという合図を受け取り、岩城の動きに合わせて富島が動き出す。


「岩城、スイッチ!」

「頼むぜ、富島!」

「クッ――!」


 岩城の剣劇が響いた後ろから富島が入れ替わるように顔を出す。試験官の顔が歪む。櫻井の分身体が横から動き出している。複数人での同時攻撃は収まりを見せない。


「こっちにもいるぜ、先輩ッ!」

「キサマァアアアア!」


 攻撃を加えようと飛び掛かった分身体の腕を漆黒の剣が貫く。だがそれは本体でないが故に姿を消す。黒の剣士はすぐに敵を探す様に首を回す。その表情は焦りを滲ませている。


 止まらぬ受験生たちの連携攻撃。おまけに勢いがついている。


 ——こいつ等ッ!


 その感触は受験生たちにもある。岩城の顔は綻んでいる。富島の顔はやる気に満ち触れている。二人は高揚していた。攻撃はうまく行えている。


 その証拠に試験官を押している。


 ——俺達やれてる……!


 あまりに攻撃が上手くいきすぎているが為に手ごたえを感じている。


 ——イケるッ!


 それは後ろで長文を詠唱している桜島も感じていた。


 ——スゴイ……私達が試験官を押してる……。


「火の神よりいでし魔境の王よ、大いなる宿善の業火に舞い降りる一本のつるぎとなりて世界の煩悩を滅情する輝きもて」


 ——戦えてる、マカダミアの人と互角に戦えてる!


 櫻井の立案している作戦は悉く決まっていた。その証拠に指揮の通りに動けば何の問題もない。そして分身体を使いながら攻撃を全て自分に誘導していた。


「そろそろ毒が効いてきたんじゃねぇのか! 息が上がってるぜ、先輩!」


 言葉は相手を操る為にある。その一言一言は無意味なものではない。相手の意識にノイズを紛れ込ませる。すべては相手から冷静な思考を奪うためのもの。


「雑魚風情ガァアアアア!」


 吠えながらも櫻井の毒という単語に反応して鼻がひくついている。匂いが気になっている。それが嗅いだことも無い匂いであるが故にどんな毒なのかを無意識化に探ってしまっている。


 櫻井は口角を緩めながらも作戦を続ける。


 ——うまくいってる……。


「富島、俺がお前の分身体を二体作ってやる!」

「ありがとう、櫻井!」


 櫻井の疲労は一番多い。頭をフルに回転させて戦況の把握と指示出し。その上で言葉で相手を操るように誘導している。額から汗が滲み風に流される。


 目まぐるしい戦闘をこなしながらの作戦指揮。


「岩城、いったん引いてくれ。しばらくは俺がコイツを引き受ける」

「あいよッ!」


 ——これだけやれてる……。


 どれだけの策を練ったかも分からない。手持ちの手札を最大限に生かして出来得る限りの功績を果たしている。仲間の力は存分に発揮している。上手く行ってることに興奮した表情を保ちながら櫻井は挑発を繰り返す。


「どうした、すぐに蹴散らすんじゃねぇのかよッ!」

「この――ッ!」


 相手は挑発に振り回されて分身体と本体を区別することよりかかってくるもの全てを薙ぎ払うように攻撃を繰り返している。それは試験官たちに向けたものと同一のもの。相手の冷静さを奪うように場面場面で意図的に殺気を送って相手を乱している。

 

 冷静な状態を一本の線だとすれば精神が乱れた状態は波打っている。


 ——相手を操れてる……。


 櫻井は黒皇帝の表情や動きを見逃さずに観察している。それはデスゲームで培った技術。相手の隠された感情を覗き見る戦い方。どこで何をされれば冷静な状態を保てなくなるのか。その為の術を全てつぎ込んでいる。


 ——マカダミア相手でもこれだけ攻撃を出来ている……。


 そして、敵の注意が出来るだけ自分に向くように仕向けている。そのおかげで岩城や富島が攻撃をしやすくなっている。試験官の感情が激しい波をうっているのが手に取るようにわかる。


 そして自分の感情を押し殺し指揮官として頼もしく務める。


「いけるぞ、岩城、富島!! この調子でいくぞッ!!」


 櫻井の声に二人は笑顔を返す。戦闘はうまくいっている。


 表情もうまく作れている。


 ——これでも……。


 それでも櫻井はどこかで分かってしまっている。


 ——ダメなのかッ!


 この戦いが綱渡りだということを。

 

 ——足りねぇ……ッ!。


 戦術としては富田が褒めた通りにピカイチであろう。これだけ落験で試験を持たせているのもこのパーティだけである。それでも櫻井の不安は消えない。弱さを見せては気づかれるが故に声を張り上げ仲間を鼓舞し続ける。


 うまく行ってるからこそ、岩城も富島も桜島も櫻井の指示に従っている。


 その糸を断ち切るわけにはいかないからこそ櫻井は上手く行ってるように見せかけている。


 この戦いの結果を隠す様に。

 

 異世界でパーティ戦など経験してない。戦闘経験がない。それでも櫻井という男は最善の手を打ち続けている。デスゲームでの経験を糧に手札を上手くごまかしながらも強く見せているだけであろうとも。


 ——ダメだ……このままじゃ……。


 配られたカード。それは仲間という手札を最大限に生かした戦略だったかもしれない。分身、魔法、光。だが、どれもこれも自分という手札も含めて勝負を決める手札としては弱い。


『いいかい、受験生四人の実力は一人一人は大したものじゃないだろ』


 富田が言った通り手札としては限りなくも弱い。


 それもそのはず、彼らは受験生の中でも基礎体力試験のドベ四人。


 真っ向勝負で行けば一分も持たなかったであろう素材達。


「富島、岩城、コンビネーションアタックだ!」 

「「了解!」」


 それを上手く切って見せているだけでしかない。十五分持たせるように切り続けている。試験官の素の実力という強い手札を切らせないように騙し続けている。相手の攻撃から冷静さを奪いながら、相手の実力を出せない様に封じ込めてやっと持っている状態でしかない。


 ——ヤべっえ……。


 櫻井の眼前にうつる富島と岩城に攻撃の眼を向ける試験官。ヘイトを集中するにも限界がある。タンク役の岩井ならわかっているがずっと攻撃を一人に集中させることなど到底不可能に近い。


 ——こっちを向いてろ、


 でも、それはさせるわけにはいかないと櫻井は走りながらも眼に力を込める。


 ——殺すぞッ!


「右側がお留守だぜ、先輩ッ!」


 櫻井のその眼は本気の殺気を宿している。その鋭い殺気は他の者達とは違う。身を刺すように研ぎ澄まされている殺気。本気で人を殺そうとするもの達が櫻井に向けてきた殺気。


「キサマッ!」


 他の受験生たちとはレベルが違う。だからこそ試験官は意識を取られる。


 磨き上げられたきた武器の一つ。対象を一人に絞った指向性の殺気。純粋なまでの殺意。それほどに櫻井は切羽詰まっていた。殺すつもりでやってやっとなのだ。相手の無事など考えている余裕も無い。


「「貰ったァアア!」」

「ウザッテェエエエエ!」


 櫻井に意識を取られた一瞬を狙いすます様に二人が同時に攻撃を仕掛けるのを能力で作られた剣で捌いていく。誰もが理解できないなかで一人だけ冷静に状況を見据えるが故にギリギリの戦いを迫られている。


 ——時間の問題だ……。


 櫻井は表に見せないが内心で限界を感じ取っていた。ギリギリの勝負には慣れている。その勝負所をかぎ分ける能力も身に着いている。いつも綱渡りのデスゲームをしてきたが故に状況には慣れているからこそ表情を偽れる。


 真綿で首を締められるようにドンドンと状況はひっ迫している。


 持てる手札で出せるカードを切り続けてきた。それゆえに保てている状況。それは上手く見せているだけにしか過ぎない。感覚で分かってしまっている。


 ——この状況はいつ決壊してもおかしくねぇ……。


 試験官の実力と自分たちの実力の違いを。


 銀翔との戦闘経験から分かっている。そして櫻井が知らないことでもある。勝利する感覚がない。圧倒的実力差を埋める手立てはないのだと切り続けた手札で嫌でもわかる。


 相手の能力を最大限殺し、味方の能力を最大限有効に使った結果が今だ。


 弱いカードを強く見せて偽っているだけにしかすぎない。その証拠に幾度なく攻撃を決めているのに相手を倒せる気配が感じられない。元のカードが違いすぎる。


 四人の底辺たちと、エリートの中のエリートでは強さが違いすぎる。


 出来るだけの策を打ってやっとのことで持ちこたえてるに過ぎない。それに仲間が気づいていないだけお。そして、ここからヤツを倒せるイメージが櫻井に湧かない。


 これだけ攻撃を決めても相手がボロボロになっている様子は何一つない。


 ——圧倒的に火力が足りなさすぎる!


 今は勝負手が無い状態で安易に結果を先延ばしにしているにすぎない。おまけにそれはギリギリのラインでの綱渡りでしかない。一人でもかけたら状況は一変する。さらに櫻井へ対象を絞らせるのも限界に近い。


 ——万事休すかッ!?


 策を幾重に練ろうとも使える策も限られてくる。相手の精神が怒りに染まり過ぎれば制御が効かなくなる。いずれ岩城や富島に対象を絞られたら終わり。さらに試験官が冷静さを取り戻したらパーティは簡単に全滅する。


 どこまでもギリギリの戦闘でしかない。


 ——いやになるぜ……。


 櫻井がやってきたのはデスゲーム。あくまでもゲーム要素があった。それにはルールがあり勝てる要素が詰め込まれていた。だが今やっている実戦にはルールなどない。どう足掻いても理不尽な実力という要素が存在する。


 ——もうやるしかねぇな……。


 この均衡は長く持たないからこそ櫻井は決意する。心中で切れる策の中で一番の手を打つ決意。眼に宿る闘志と殺意は燃えるように輝く。


 ——勝負所だッ!

 

 それは同時にどうなることかも櫻井は分かっている。


 その手札が通じなかったときに、敗北は決定づけられるのに近いものだということも。通じなければ倒すための手段は無いに等しくなるということも。


 最大の手札で失敗した時の絶望がパーティを崩壊させる覚悟を持たなければいけないからこそ、櫻井は決意を強く固めた。



《つづく》

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