第248話 上等だ、絶望様
——やべぇ……意識が……
櫻井が崖の下で意識を失いかけた頃に、第三試験の会場では後片づけに移っていた。
「おーい、富田これはこっちに移動でいいのか?」
「OKだよ」
男二人の掛け声が響く。作業を分担して盾の搬送を行っている。重量が重いためにローラーのようなものに乗せて片づけている。
「ん……」
そこで富田が何かに目を細めた。そして歩き出して杖を手に出す。
「えいッ!」
「イタッ! 何んすんのよ!」
いきなり頭を強打された獣塚は頭部を両手で抑えながら富田を睨みつけた。だが、その睨みにため息一つ返して富田が杖を地面につけた。
富田のあきれたような声に
「あのさ」
「わかってるよ、ちょっと休んでただけでしょ」
動かずにいた片づけを手伝わなかった獣塚は反抗の声色で言い返す。二人が作業しているのに獣塚はどこか気を抜いて遠い空を見ていたのだ。それが何かは富田にもわかっている。
だからこそ言い返された言葉に眉間にしわを寄せる。
「違うでしょ」
疲れたとかではないと富田はいう。
「さっきの子が気になってるんでしょ」
「……ちげっ、イタッ!」
「らしくない!」
否定しようとする獣塚の額に富田の杖が再びクリーンヒット。それで正解のはずだと富田はいう。わかるのだ。獣塚がどういう人物か長く過ごしてきたからこそ。高校三年間一緒に過ごしてきた学友だからこそわかる。
そして、見透かされている獣塚にもわかっている。だから富田の怒りに強く返せずに困惑していた。何か答えを待つようにただ眉を顰めて富田を見ていた。
「こういう場合、いつもの獣塚さんだったらすぐに追いかけるでしょ」
「……」
「気になってることをそのままにするのは獣塚さんらしくない」
「富田……」
獣塚はわずかに目を伏せる。迷いがある。さっき見てしまった狂気の行く末が気になっている。あの状態でこの先は無理だとわかっている。そう告げたがヤツは断固として受け入れずに不敵に嘲笑を返してきた始末。
それを確かめに行きたいという迷いがある獣塚の中にはある。
「行ってきなよ、あとの片づけはやっておくから」
「……」
「むしろ彼で最後だから倒れている脱落者たちの回収もしてきて」
片付けの人員を減らすのではなく分担をしようという富田の意見。そうすれば獣塚の目的も達成し出来るし負い目もないだろと富田は語る。それに気を楽にした獣塚は肩を下げた。
「わりぃ、富田」
「早く行って、あとはこっちでやっとくし人手も合流組が来れば足りるから」
「行ってくる!」
走り消え去っていくケモナー女性僧侶。その背中に富田はため息でエールを送りもとの片付け作業へと戻っていった。
―—どこで倒れてやがる……。
山道をルート通りに獣塚が疾走していく。その速度はマカダミアの上級生の速度。受験生と違い足取りも軽い。強化魔法をかけた速度。そしてルートは頭に入っている。
「そこか!」
倒れている人影を見つけ駆け寄っていった。
「おい、お前ッ!」
「はい……」
脱水症状と疲労で倒れている。その男に獣塚は確認をする。
「リタイアするか?」
「は……い」
男は倒れながらも頷いた。ゼッケンをはぎ取り獣塚は倒れている受験生に回復魔法をかける。どこかスッキリしたような顔に戻っていく受験生。それを見て完全回復まではしない。マインドポイントの無駄遣いにならない範囲での回復行為。
「じゃあ、あとはテメェでお家に帰りな」
「ハイ……」
獣塚の鋭い眼光で言われて己の不甲斐なさに肩をしぼませる受験生。受験を諦めたからにはこれ以上は続けることも出来ない。だからこそ後は帰るだけしかない。
そうやって何人もの脱落者を獣塚は見つけていく――。
「チッ!」
リタイアする根性の無さに苛立ちもある。諦めてしまうのは美徳ではない。そして無駄に諦めないことも美徳ではない。足掻き続けることではない。実力をつけて資格を持って臨むのが美徳だと考えている。
——どこにいやがるッ!
そしてリタイアする受験生の中にヤツの姿が見えない。あの傷だらけの状態でどこまでいけるというのか。ルートの看板は入り組んでおり直線距離とは違う。大幅に登り下りを入れて、見えないゴールで精神を削るのが試験の目的。
「あの傷で……ここまでこれるのか」
櫻井を探す獣塚に苛立ちが募る。どこにもいない。もうすでに半分の地点は過ぎている。どこを探しても見つからない。あと半分の中に櫻井がいるのかも俄かに信じたがたい。どの受験生よりもボロボロで立ってることすらままならないものがここまで来れるのかと。
「クソっ……」
それでも何かを感じてしまっている。あの執念と覚悟を見てしまえばあり得るのかもしれないと。
「富田くーん」
「ん?」
ちょうどそのころに第三試験会場へと第二試験会場の三葉たちが合流してきた。第一試験の一葉もいる。ここまでのリタイア者を回収しつつここまでやっと合流してきた。
だがその表情が強張っている。
「傷だらけの茶髪の受験生は来たッ!?」
「あの子か……」
富田もその質問でわかってしまった。第三の試験に来る前に相当傷は追っていたのだと。そして全員が顔を近づけてくるので嫌悪に眉を顰めている。どの会場でも印象を残していった男の行く末に誰もが不安の色を示している。
「来て、いまは獣塚さんが回収に行ってる」
「倒れたのか!」
タンクである岩井が声を張り上げる。それに富田は杖を振り上げ全員の、
「イタ」「イタ」「イタ」「イタッ!」
頭を木琴でも叩くように順々に叩いた。最後の岩井だけおまけで強めに叩いた。
「獣塚さんもだけど、みんなあの子の殺気に当てられすぎ」
富田には分かっていた。どうしてあの男だけがあんなに印象に残っているかと。傷だらけで限界な姿も要因の一つだが違う。試験会場で誰もが声を荒げている。櫻井が放つぎらついた殺気に誰もが心を乱されていた証拠。
動揺しているところに凍り付くような殺気を打ち込まれていたことが原因。
「あの状態でそこまで遠くへはいけないよ」
富田は冷静に事を伝える。それは獣塚の予想と同じものだった。状態から察するにもうすでに出血が人間の限界値に近づきつつある。それは人体の構造でどうしようもない部分だ。出血性ショックの可能性もある。ただ、ここまで残ったマカダミアの生徒であれば生命力は人並み外れているからそう簡単には死にはしない。
それでも二分の一を超えると心肺停止の恐れもある。だからこそ獣塚も若干そわそわしていた。それを危惧しての迷いもあった。
けど獣塚が行ってるから心配ないと富田はいう。
「獣塚さんならすぐに見つけてくるよ。あの人の感覚は鋭いし、回復魔法だって僕に続いて二番目の使い手だからね」
それに一同安心の色を見せる。多分大丈夫だろうと。
それを察知して富田は後ろを杖で刺す。
「片づけを終わらせてすぐに僕等も回収に向かうよ」
それに一同は力強く頷いて返した。
「おい!」
「ひゃい!!」
「茶髪のズタボロがここに来たのか!」
「見てないです!!」
——どういうことだッ!!
富田の予想は裏切られていた。明らかにおかしい事態になっていた。もう最終地点まで到着しているのに獣塚が回収したメンバーに櫻井の姿はない。どこにもいない。
今、最終試験会場の同級生の胸倉を脅しているが答えに嘘はなさそうだ。そもそも嘘をつく理由も無い。ただ苛立ちで焦る獣塚の迫力に負けてポニテJKは震えるだけだった。
—―消えるなんてことがあるのか……それとも、まさか!
獣塚の頭に過る懸念。コース通りに来れない理由があるとしたら。コースに居ない理由があるとしたら。あり得るのはコース外への転落。そのよろよろした足取りで山道の崖に滑っていったら見失うこともある。
「おい、試験を片付けずに待っとけ!」
「は、ハイ!」
行き違いの恐れもあるが故に試験会場を片付けさせるわけにもいかない。チックショーと言いたくなるのを堪えて獣塚は元来た道を戻っていく。時間が気になる。あの状態で今どうなっているのかと。
「——ッ!」
歯を食いしばり来た道を入念に探索しながら木々を揺らす風の様に駆け抜けていく。どこにも見つからない。下に落ちていった形跡を探す。
——マジでどこに行った、あの野郎ッ!
手間をかけさせる危ない受験生に怒りがあふれる。どこまでも無茶をしそうな雰囲気を持っていた。その無茶がたたることもある。どうにか無事でいて欲しいが、じっとしているタマではない。
「獣塚さん……」
「富田!」
前から合流してきた獣塚に富田は不思議そうな目を向けた。いるはずがない。もうそれだけの時間は立っている。道の途中に獣塚がいる理由が見つからない。
「まさか、あの子まだ見つかってないの!?」
「ああ、正規ルートから外れてる可能性があるッ!」
富田の核心をつく質問に獣塚は苛立ちを伝える。まだ見つかっていないと。
「「えっ……」」
それに不安の色見せたのは双子の一葉と三葉だった。騎士の武田とタンクの岩井は必死に視界を動かす。せめてどこかに手掛かりはないかと。どこにいるんだ、アイツはと。
激しく二人の視界が動く。僧侶より戦士系の職業で二人の方が動く物体やモノを捉える動体視力に特化している。辺りを見渡す様に激しく動く岩井の視界。
そして――
「あっ……」
止まって見つめている武田の視界。武田の視界に何かが映っている。それを気づいた全員がその方向へと視線を向ける。誰もが驚いた。なぜそんなことになっているのかと。
「おい……武田」
「なんだよ……岩井」
二人の顔はどこか嘘だろうというニュアンスを込めていた。上を見上げて固まっていた。
「三葉……」
「かずねぇ……」
双子の姉妹ですらどうしてそうなっているのがわからない。聡明な富田ですら理解に苦しむように視線を固めていた。残りの僧侶が口を開く。
「どういうこと……だ?」
誰もが驚いていた。コースから外れた場所に人影がある。それも居てはいけない場所に。足を滑らせたとかそういう次元の段階ではない。ズタボロの体でどこを目指しているのかも分からない。
櫻井が岩を背中にしょって崖をクライミングするようによじ登っている。その動きは遅いが着実に上へ上へと上がっていっている。目指す先がどこかもわからない場所を必死になってもがいている。
「アッ!!」
そして、獣塚が声を上げた。明らかにルートからは外れている。
「合ってる……」
それはコースの指定された場所ではないが合っている。
「どうして知ってる……」
口元を抑えて動揺を隠しているが声が震えている。櫻井が今やろうとしていることは無駄なんかじゃないと分かってしまった。むしろ最適解に近い。その崖を登ることの意味を何故にわかっているのかが理解が及ばないだけ。
誰もが獣塚の反応を訝し気に見つめた。
数秒遅れてそれに気づいた獣塚は眉を顰めたまま皆に答えを告げる。
「あそこを上がったほうが最短ルートなんだ……」
誰もが「えっ……」と小さく呟く。行ってる意味が分からないわけではない。なぜそれを受験生が知っているということが理解できない。おまけに極限状態でその選択が出来ることが理解が及ばない。
他より過酷に見える。万全の体制であればあそこが早いかもしれない。だがあのフラフラな状態でその危険なルートに飛び込んでいくことが理解できない。
いくらそこが最終試験会場との、
直線距離にあろうとも――
「何で知っている……」
獣塚には理由が分からない。そういう能力であるかもしれないと。ルートを導き出すタイプの能力。地図能力や俯瞰能力の類はないことはない。それでもそんなヤツがマカダミアを受けに来ることは少ない。そんな陳腐な能力など求められていない。
「ハァハァ……あと少し……」
眠っていたことにより体力は僅かばかり回復をした。血液は流れることを想定して輸血をすでに施してあった。許容量目一杯までやってきた。
準備は万全にしてきた。
「気合と根性だ……」
イカレタ試験対策。
血液量を増やしてくることを考える中学生などいない。それでも櫻井という男はやってきた。僅かばかりの可能性しかないと自覚していたが故に出来ることは最大限整えてきた。
それがいま花開き極限でも動ける。
「おらッ……ァ」
崖の先端をやっとの思いで掴み取る。このルートを知ったのはつい先ほど。
——貰ったぜ、情報は。
第三の試験。そこで櫻井は情報を得た。だから嗤った。流れ込んできた。
『そうか、あと千人しかいないのか……』
触れた端から最終試験の内容と場所を把握していた。そこに行くまでの道のりの情報を。だからこそ獣塚の話を黙って聞いていた。集中して情報を抜き出すために。
そして、櫻井は崖の上に立ち嗤った。その先に待ち受けるものは救いなどない。
「崖あり……」
目の前に映る光景に鼻で嗤った。
「谷ありか」
崖を登った先に見えたのは落ちていくようなほど急勾配となっている山道。それは最短ルートであるが一般の人が通る様な場所ではない。マカダミアの受験に受かる奴らからすれば大したことない道。
それでも傷だらけの少年にとっては過酷で険しい道。
「上等だ、絶望様」
そして櫻井は力ない体を前に倒していった。それは身を投げ出す様に。
「かかってこいよ――」
投身自殺でもするかのような行為。傷だらけの体を叩きつけ乍ら真っ逆さまに落ちていく。男はひたすらに岩を抱えて転げ落ちていく、
絶望の崖を――
《つづく》
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