第230話 ピエロ過去編 ―超痛々しいんですけど―

「ということで、政府からの要請は断ってきた」


 会議室で私がそう告げると火神はため息を豪鬼ごうきは静かに頷いた。


 私は表情を保っているが内心動揺し心臓がバクバクと脈打っている。


 あの日勢い任せでやってしまったと後悔してももう遅い。やりたい放題暴れて終わった後しばらくは気持ちよかった。そこまでは夜風が気持ちいいとか私もやればできるじゃないかとか自分に酔っていた。

 

 ただ酔いはいつしか覚める。時間が経つにつれて悩んでいった。


 私がしたことは本当にアレでよかったのだろうか。


 高級そうなホテルのエレベーターとか窓を破壊しちゃったけど、その費用どうするんだろうとか……いきなり殴りかかってきたとはいえ、女の子のお腹を思いっきり蹴り飛ばしちゃったけど……妊娠できない体になってたらどうしようとか……私みたいな朴念仁ぼくねんじんに責任とか取れるのだろうかとか。


 悩みに悩んで優柔不断な私がとった最初にとった行動。


 全体の方針を決めてしまうという恐ろしさに、いたたまれながらも決まってしまったことだからしょうがないよねとトップとしていう他ない。あれだけ総理相手に啖呵を切ってしまった以上、あれ私の独断なんで実は違うんですとか言えるわけもない。


 それだけは一緒に働く者たちへ伝えなければいけない。勝手に無理難題な仕事持って帰ってきちゃったよと技術職に気軽に言える営業職に私は向かないだろう。メンタルが弱すぎる。


 あとでセッキーのところに行って胃薬貰ってこよう……胃がキリキリと痛む。


「まぁいいじゃねぇーの」

「えっ」


 腹痛で胃を押さえる私に声がかけられた。火神が出した言葉に思わず顔を上げた、何見てんだよとサングラス越しの鋭い目が私を捉えている。お前が言い出したのに訳が分からないのかと火神が捕捉を呟く。


「ブラックユーモラスの在り方としては間違っちゃいねぇし、俺らが晴夫さんを殺すなんてことも望んでねぇ。だったら政府とは決別するしかないだろう」

「……」

「それより俺達にとって問題なのは」


 彼は報告書のページを捲り会議室の机に放り投げた。


「この存在をどうするかだ」


 私は投げられた資料を見る。そこには幼い少年の写真が載っている。何度も読み返したから名前もハッキリ覚えている。涼宮強くん。しかし、火神が何を問題としているかがわからない。


「晴夫さんの件に関わらないのであれば、私達にとっては関係がないんじゃ……」

「あんッ!?」


 思ったことを分からずに口にしたら一瞬で嫌われモードに入った。形の悪い眼つきが私を睨みっぱなしだ。何が癇に障っているのか昔から掴めない。


 仕方なく豪鬼を見やるとただ静かに佇んでいる。何かわかっているような雰囲気。ただただ渋く悟りの境地に近い。まさか私だけが分かっていない……?


「銀翔、ブラックユーモラスの在り方としてって俺はさっき言ったよな」

「そうだけど……」

「だったらコイツをほっとけるわけがねぇだろうがッ!」


 机がバンとなり私も豪鬼も少しびっくりして立ち上がった火神を見上げた。


「俺らが毎日のように魔物と戦ってるのがコイツが原因だってわかっちまったんだ。平たく言えばこのガキがモンスター製造機だってことだろうがよッ!」


 火神の口にしていることはわかる。確かに言われてみれば魔王というものに近い。その特異の個体を元に魔物というものが生まれてくるのが異世界だ。ということは、涼宮強くんが魔王?


 だったら、何なのだろう。


「お前これだけ言ってもわかんねぇのかよ……豪鬼言ってやれ!」


 火神が突然話を振ると豪鬼の渋い目が静かに開かれていく。火神の言うことはいつも乱暴な口調なので豪鬼が静かに渋い声で語ってくれた方が私も幾分冷静に受け取りやすい。だからこそ期待をしてしまう。


 火神が言いたいことの本質は何かと。


「うふっん! うふっんうふっん!」


 私が期待して待っていると豪気がしゃべり始める前に喉を鳴らす様に何度かせき込んでいる。確かに黙ってていきなり喋る時ってなぜかせき込んでしまうんだよね。喉を開くための前準備みたいにやってしまう行動だ。


 咳き込む音すら豪鬼がやると重々しく荘厳な感じだ。


 きっと豪鬼なら間違いない答えを出してくれるはずだッ!!


 私は期待の眼差しで豪鬼を見つめた。



◆ ◆ ◆ ◆



「うふっん! うふっんうふっん!」


 またですか。また来ましたか。この二人は毎回こう。唐突に無茶ぶりを入れてくる。頭の中で『代打 九条くじょうくん』というウグイス嬢の声が聞こえる。しかも俺をせかす様に何度も永久リピートされて段々呼び捨てにまでなってる空想が浮かぶ。


 そもそもよ、そもそも。


 今日いきなり唐突に緊急の三傑会議やるとか言われて来たらよ、晴夫さんが人殺しで研究所破壊工作したとかの超ヘビィーなやつの続きだし。議題とか最初に言っておくのがビジネスマンの在り方でしょ。しかもそういう大事な話なら尚更じゃねぇ?


 なに話するかわからずに来る身になってよ! 準備何もできないんじゃんッ!! 俺バカだから資料とか作らないけどさー、頭とか心の準備と結構いるんだよ?


 二人ともそこらへんわかってる?


 わかってないよねッ!!


「うふっん! うふっんうふっん!」


 しかも何よ、写真に写ってるこの子? どこの子かもわからないんだけど??


 オレまったく聞いてない話なんですけど!?


 咳き込むふりして時間を稼ぎ目を渋く保ちつつ下にある資料の文字を二人にバレない様に読んでいく。文字がひと際目立つのがある。


 特異点とくいてん


 いや上にルビが振ってある……?


特異点シンギュラリティ……」


 見慣れない言葉で思わず口に出してしまった。最近こういうの多いよね。漢字に横文字あてがっちゃうやつ。ビジネスマンでいい大人の癖に中二病なの?と聞きたくなる。日本にいんだから日本語使えよ。


 ひらがなで書いてみてくれない。


 しんぎゅらりてぃ。


 赤ちゃん言葉っぽく、アホっぽく見えるだろう。カタカナでカッコよく見せてるだけで何の意味も無い癖に調子に乗るのとかまさに中二じゃん! ちょっとこんな言葉使っちゃう俺、かっこいいしょ?みたいなドヤってる感じ。


 すごく痛いと思う。剣豪の俺からすれば超痛々しい。


「そうだ、特異点シンギュラリティだ」


 痛々しいって思ってるのに火神さんどやって感じでのかってこないで……銀翔さんも俺を期待の眼差しで見すぎ!! 


 なんか、もう俺が何もかも分かっている風な空気を会議室に感じる。で、俺の発言が大きく取られる流れでしょ。わかってますよ、わかってます。異世界でもそうでしたから。何も考えてないのにさすが豪鬼様です!とか剣聖殿けんせいどのがいうなら、それが正解なのでしょうとか。


 星の様に戯言たわごとをいくつも聞き流し来たよ。


 思い出してたらなぜか沸々と怒りが湧いてきちまうほどにたくさんあるよ。


 心の中で何度叫んだことか。


 間違ってるからな? 俺はよく間違うほうだからな? 俺はメールの日付とか宛先よく間違うし、誤字脱字多いし、出動時間とかも間違うし、なんなら戦闘区域すら間違うからな!!


 ただ、いつもそうなんだ。


 魔物が出現する戦闘区域を間違えて、急いで戻ってオフィスでメール確認してから遅れて登場すると、


「豪鬼さんがピンチに助けに来てくれたぞッ!」「やった……俺達の勝ちだ」「豪鬼さんがいれば俺達の勝利は間違いない!!」「豪鬼さん……まさか非番なのに駆け付けてくれるなんて」「超しぶいっす! マジ激渋です!!」「まじ憧れるわー、痺れるわー♪」


 ピンチな状況で英雄登場に盛り上がる姿に、いや……とかあの……とか俺が狼狽えてるのにアイツらは耳も貸さない。そもそも非番じゃねぇし、道に迷って到着時間が大幅に遅れただけだし。助けに来たとかじゃなくて、迷惑かけただけだし。


 けど、いつもそうなんだ。俺が弱弱しい声で語ろうとも誰も本当のことは聞いてくれないんだ。わかってるよ。もう見てくれだけなんだろう。お前らが見ているのは人間性とか中身とかじゃなくて、外見だけなんだよなッ!


 俺の外見が渋いからやることもなすこと全て渋いみたいになってんだよなッ!!


「で、豪気。お前はどうするべきだと思う?」


 火神さんに呼びかけられやっと意識が戻ってきた。悲しい思い出にトリップし過ぎていた。というか、この子をどうする気なの。さっきの話から推察するにモンスター製造機とか言われてたな。なんか魔物作っちゃう系の創造系能力なのかしら。


 そうなると厄介な子だな……こっちは魔物討伐で疲れるし残業発生するし、なんなら休日出勤もあるし。そういう仕事的な意味で非常に厄介だよね。遊びで能力使われたら溜まったもんじゃねぇしな。

 

 書類の備考に気づいて、俺はハッとした。


 えっ……この子ダブルSランクなの。ヤバくない……俺と一緒じゃん。おまけに中坊じゃん。やめてよ、おじさんそういう才能に勝手に嫉妬しちゃうから。若さって傲慢だよね。なんでも出来ちゃう感じ持ってるのとか見るとさ、中年達は思うわけですよ。


 お前らも数年したら地獄だからなと。社会舐めんなよと。


 なんか年取るとマウント取りたくなっちゃうんだよね。しかも若くてリア充してるやつとか見ると、残業とかでこっちは苦しいのに、俺らの大人の稼ぎで随分楽しそうだな、えっ?って言いたくなるよね。


 どんだけ金稼ぐっていうのが大変か。おまけにその苦労しないで遊んで暮らしてるキリギリス。けどアイツらは知らないんだ。蟻の様に働くお父さんがあってこそ、家庭に蓄えがあるってことを。


 俺の中学生の娘とか口きいてくれないしさー。お父さんめっちゃくちゃ頑張ってるんだよ。お前の為に働いてんの! だからもっと優しくパパお帰りとかさ、肩揉んであげようかとかさ!! 


 あってもいいんじゃないかなーと、豪気思うんです!!


 家帰って皆が寝ているからリビングに明かりをつけないで、スーパーのお惣菜レンチンする時の物悲しさ。あれったらないよ。クタクタで戦闘で破壊しちゃった建物の近隣住民に頭下げたりして精神的にすり減って肉体的にも魔物と戦って傷だらけなのにさ……。


 パパ、命からがら頑張ってるんだよ……。


 けど、仕事と家庭は関係ないんだよね。わかってるよ。俺も大人だからさ。


 やり切れない思いが口から出ちまうけどさ。


「どんな家庭であろうが関係ない……」

「そうだな、豪気」


 えっ……火神さんに言葉がインタセプトされた。何かワードが当たってしまったようだ。アタックチャンスか。そうだった。現実逃避してる場合でもない。いま仕事中だった。魔物を生成するダブルSランクの中学生の件だった。


 フレーズだけで相当やばいな。これ野放しにしちゃいけない感じだな。


 それっぽいことですよね。


「魔物を生み出すのであれば我々と相対した存在となる。ならば、監視をしなければならないでござる」


 まぁ、魔物をお遊びで作られると残業で夕飯をレンチンにされちゃうからね。作らせない様にしとかないと。おまけにダブルSランクとか聞くと結構強そうなの作っちゃいそうだもんね。


「豪鬼の言う通りだ」

「そうか……」


 二人とも俺の発言で何かを掴んでくれたようだな。よかった、よかったとうんうん頷く俺の横で物騒な発言が飛び出すとも知らずに思っていた。


「場合によっては殺すことも視野にいれなきゃいけねぇからな」

「……」


 え……? 何言うてはりますの、火神はん?


 殺すとかそういうの教育上良くないからお父さん控えてます。相手中学生ですよ。ちょっと注意すればダイジョブっしょとか、そういうノリでない。けど、最近中学生でも倫理もモラルも無い子がいちぶ増えてきてるみたいだし。ネット社会のせいかもしれないと豪気的に思う。


 大きくなるまで警戒したほうがいいのかな?


 だが、俺のノリと違い銀翔さんの表情は険しくなっていた。えっ、なんか二人の出す空気にまったくついていけないんだけど。


「魔物全てがそうであるなら……そういうことになるのか」

「晴夫さんは殺さないけど、その守ろうとした息子は俺達の対象となるってこった」


 えっ……晴夫さんの息子?


 写真を見て気づく。


 めっちゃ似てるじゃん!! えっ、この子涼宮さんちの子でした!?


 目玉が飛び出そうになる私を無視して二人は向かい合って何かを話し込んでいる。


「どうする、殺すのか、監視するのか?」


 えー、待って!? 俺の発言でこの子をそこまで追い詰めちゃったの!! うちの娘と同い年くらいで心が超痛々しいんですけど!!


「ちょっと時間が欲しい」


 銀翔さんが考え込むようにいうと火神さんはわかったといい部屋を出ていった。俺は慌てて資料を手に持って立ち上がった。


「銀翔殿の判断にまかせるでござるよ」

「わかってるよ、豪気。私がトップだからね」


 そうですよ……社長なんですから。全責任は社長のせいですよね。決めるのは社長なんですから。いくら専務が発言したことが……起因だとしても。専務が原因で会社が間違った方向に進んでも……


 俺は考え込む銀翔さんを見ていられなくて、いたたまれなくなって部屋を出て、


 専務にもちょこっとは責任あるかもしれないけど……


 非常階段迄資料を片手に走っていった。とんでもなく焦っていて汗が止まらない。資料を捲る手も若干震えてる。


「何コレ……知らないんだけど。えっ、無能力!? 魔物作っちゃうって何!!」


 資料を一時間かけて熟読した。全部わかった後で自分が発言したことによく後悔する。異世界でもそうだった。それが無理難題に発展するんだった。俺はいつもそうだった。


 娘よ……パパとんでもないことをやってしまったかもしれない。


「殺されたら、ごめん……涼宮強くん」


 うちの娘と同い年の男の子の写真に俺は深く頭を下げてあやまった。




≪つづく≫

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