第207話 残り九十九枚の切符
涼宮強は実戦試験を終えて元の校舎へと戻っていった。校舎に戻る理由はひとつ。午後の試験とはなんなのかを確認に向かっている。いきなり案内されたはいいが、変な奴らに襲われる始末。
「ったく、一体なんなんだよ……」
向かいながら燃やされた制服を気にする。スカートのみ辛うじて残っているだけ。これは自分の物ではないから余計気になる。
「どうすんだよ……これ」
移動しながらスカートの端を持って気にしつつも、もはやこれではどうしようもない。家を出た時は普通の服を着ていたので着替え自体は駅のコインロッカーにしまってあるからまだセーフとして、どうしたらいいものか。
そうこうしてながら、あっという間に岩を置いて重量を計った地点まで戻ってきた。
「あれ、君どうしたの……?」
「ちょっと色々あったんだが」
そうするとポニテJKが不思議そうに自分を見てくる。半裸の格好で現れた期待のルーキ。どうも不貞腐れている様子である。強は腑に落ちない様子で唇を尖らせて試験官に愚痴をこぼした。
「偽物の試験官に山に連れてかれて暴漢どもがいきなり襲ってきた。高尾山には山賊がいるみたいだ」
「へっ……その暴漢はどうしたの?」
「ぶっ飛ばしてきたけど、それより午後の模試ってどこで受ければいいんだ?」
眉を八の字にしてオカマは平然と語るがJKの想像をはるかに超えている。言い方は乱暴だがそれは実戦試験だということはわかる。だからこそ偽物という言葉をスルーした。元から不思議なやつなのだからあまり気にもならない。
それより気になるのが時間。
一番乗りで試験を受けたにしても終わりの時間が早すぎるのである。開始速攻で蹂躙へと変化した試験は通常の時間で終わっていない。他の受験者に比べて早すぎるのである。おまけに試験官をぶっ飛ばしてしまったらしい。力を試す側が瞬殺されてる事実が異常。
「あはは、君はホントすごいね!」
「なんだよ……肩叩くなよ」
半裸の上半身をバンバン叩いてくる試験官。馴れ馴れしいしうっとおしい。イヤそうな顔を浮かべてるのは言うまでもない。それに比べ試験官は上機嫌である。逸材どころの騒ぎではない。基礎体力試験の記録更新。おまけに実戦試験のスピードクリアで試験官を倒してきたとなればピカイチどころの騒ぎではない。
偉業中の偉業。受験生という肩書をとうに通り越している。
「午後の試験は終わりだよ。君はもう帰っても大丈夫だから」
「ホントか……?」
「ホントもホント」
試験官の満面の笑みと答えに強の顔が若干綻ぶ。メンドクサイ模試などというものが終わることは嬉しい。さらに美咲が具合が悪いので早く帰りたいのも相まってもう暴漢に襲われたことなどどうでもよくなりつつある。
強は踵を返して帰路に向かうが一回だけ振り返る。ホントに帰っていいのかちょっと疑心暗鬼に駆られたから。
「うんじゃあ、帰るぞ?」
「うん、お疲れ様」
最終確認を終えて強は膝を曲げる。JKの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。どうしてスクワットしているのだろうか。だがそれは発射前の動作だった。
「じゃあ!」
曲げた膝は力を溜めるため。接地している足で大地を砕き空へと合格者第一号は消えていった。
「うひょぉおおおお……」
ロケットの様に発射される人間を見て堪らずに声を上げた。衝撃にポニテを揺らされながら空を眺めた。黒い雲がいつの間にかなくなった澄み渡った空へとオカマはスカートの中身を丸出しにして消えていく。ボクサーパンツをはいているのが試験官の目に焼き付いた。
「春から頑張れ、後輩くん」
あっという間に消えたオカマに向かってエールを送った。彼女が涼宮強と今年一緒に学校生活を過ごすことはない。彼女はもう三年生。ただ学校生活の最後に凄いものを見れた。それだけで彼女の心は空にように晴れ渡る。
「マカダミアは君がいれば安泰だ」
実力的に問題はない。ヤツが歴代一位だろう。しかし、それはヤツを知らない者の発言である。安泰どころか彼女がいなくなった後の学園が地獄の黙示録となることをポニテは知ることはない。
彼女がもう一度涼宮強を見るのは学園対抗戦のMVPになった時のこと。
「さて、次はどんな子が来るかな」
オカマが去った後に新しい者たちが現れる。まだまだ試験は続いている。上位九十九名の残りの切符をかけて熾烈な上位争いは続いていく。
そんな中で試験官の怒号が響き渡る場所があった。第三の試験場。
「お前は一体何をしているッ!?」
「落ち着きな、獣塚さん!!」
「やめろ、手を離せ、獣塚!!」
獣塚がキレて一人の受験生の胸倉を掴んで怒りをぶつける。それを二人の僧侶が慌てて止めに入った。その相手は傷だらけで制服に隠れた腕から血の雫を垂れ流していた。呼吸は荒くなすがままに抵抗する力もなくただ身を預けていた。
「こんな状態で何がしたいんだ――」
富田たちが二人がかりでその腕を引きはがそうとするが獣塚は離さない。許せないのだ、その男を。無駄なことをしていることが。傷らだけの状態で試験を続行していることが。
「お前はッ!」
諦めずに醜く抗う様が彼女には許せないから男を断罪するように彼女は叫んでいた。その狂った愚行を止めるために。
櫻井という受験生に向かって――
≪つづく≫
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