第206話 遊戯であり悪戯なのだ

 魔王の誕生に遅れて他の場所でも実戦試験が始まりだした。槍と槍が激しく打ち合い火花を散らす。十ほど打ち合って互いに距離を開けて力量をはかり合った。


「やるなー、なかなかの槍裁き……」

「そいつはどうもですよ、先輩」


 はぁんと鼻で笑って試験官は返す。目の前の太っている竜騎士は自分を先輩と呼ぶ。戦闘が始まった瞬間に顔つきや言葉遣いが変わる特殊なヤツ。おまけに先輩と呼ぶということは、


「受かる気まんまんだな、後輩!」

「そのつもりですから!」

 

 ところどころで実戦試験が始まっている。塩顔も猫耳娘もインチキ僧侶も偽貴族も内気な精霊使いも褐色の暗殺者も散り散りに試験を行っている。誰もが四人パーティを組まされて初めて会う仲間と共に実力差のある試験官たちとの戦いに挑んでいる。


 受験生とはチャレンジャーだ。己が力を試すために高みを目指すもの達。


 誰もが全力を尽くす――


 それに在校生たちは笑って応える。それが本来のあるべき姿。


 ひとつだけ、そうなってないところを除く。


 そこには最強のオカマがいる。



「――クゥゥウウウウ」


 ——なんて風圧だ、Gが違いすぎるッ!!


 魔王に抱きかかえられ上空へと体を運ばれている。両手で両腕を挟まれ体の自由はない。顔に打ち付ける風圧に頬の肉が持っていかれている。急激な圧力差に体の内部が悲鳴を上げている。激しい頭痛と吐き気。常人であれば内臓が破裂しているところだが、マカダミアの在校生である彼はなんとか耐え忍ぶ。


 近くにいるからこそ、魔王の詩がハッキリと耳に聞こえる。


「グー チョキ パー デ コロシチャオウ コロシチャオウ――」


 ——なんなんだ、グーチョキパーってッ!?


 じゃんけんであるが冷静な状況でいられるわけもない。謎の単語に聞こえる。耳鳴りがしている耳で捉えてることも勘違い加速させる。暗い雲の中を突っ切るように半裸スカートの魔王は高く高く上を目指していく。


 雲を抜けると太陽が見える。遥か上空。雲がある高さは地上から約二千メートル。突き抜けるにはそこからより高い場所となる。そしてそこで魔王は止まった。剣士の意識は朦朧としている。人間の体は元々気圧の変化に弱い設計。急激な気圧の変化にやられての意識混濁状態。


 そして、上空は寒い。寒さと恐怖、低迷と絶望が押し寄せてくる。


「右手はパーで」


 魔王の手が弱っている剣士の髪を掴んだ。


「左手はグーで」


 拳が握られていく。そして、そこから真っ逆さまに落下していく。


「タコ殴りィイイイイイイ!」

「ボワッ――」

 

 意識レベル低下中の暴行。朦朧とした視界が揺さぶられる。髪を掴み逃がさないようにして落下している最中に顔面をタコ殴りにしていく。一発ではない。八発。そして、この遊びの歌は二度繰り返す。


「タコ殴りィイイイイイイ!」

「――」


 悲鳴すら上げることも許されない。もう意識は飛んでいる。急激な落下と破壊の衝撃。彼の意識が持つわけもない。死亡フラグが招いてしまった不慮の事故である。そしてコイツが攻撃をしかけた相手が悪かったのだ。いくら試験と言えどもやっちゃいけないことはある。


 むやみに人を殴ってはいけない――


 いや、斬りかかってはいけない。


 最後の一発を打ち込むと同時に掴まれていた髪はちぎれ彼の頭に禿ができあがった。そして意識を失った彼は地上に向かって真っ逆さまに高速で落ちていく。


「なに……あれ?」


 魔法使いが恐る恐る声をあげた。他の仲間にも見える上空から落ちてくる人。激しいと音ともに一つ向こうの山で土煙がミサイルを落とされたようにあがった。


「嘘よ……奏者……嘘でしょ、奏者?」


 わかってしまった。あれが剣士の成れの果てだと。愛を誓ったばかりに悲劇な事故だった。いや惨劇だ、これは。試験官など休日返上で安易に引き受けなければこんなことはなかった。休日デートでもしていればよかったのに。


「奏者……奏者、奏者、奏者ァアアアアアアアアア!」

「バカ、結界から出るなッ!」

「行かせて、奏者があそこにいるの! 奏者があそこにいるのォオオオオ!」


 地の文とセリフの熱量の差がスゴイ。地の文は淡々と語る。試験官は必死だ。それこそ愛するものを殺されたのだから叫ばずにはいられない。そして動かずにはいられない。そこを戦士がなんとか取り押さえている。剣士がボコボコにやられている間に僧侶は新たに結界をこさえているがもはや気が気でない。


 ヤツは容易く聖域を突破してくる――


 ヤツはまだ生きている。


「神よ……神よ、神よ神よ神よ! どうかどうかどうか――!!」


 僧侶も涙を零して狂い始めて必死に願いを叫ぶ。手に持つ十字架を強く握りしめすぎて血が滴る。血を捧げ祈りを込める。己が命を救いたまえと。小さな体で希望にすがろうと。


「グーチョキパーデーコロシチャオウ……」


 だが、その男は希望を喰らう――


 歌は終わりを見せない。


 上空からゆっくりと手を広げて降りてくる悪魔。


 全員が目を見開いて震えた。魔法使いも錯乱から恐怖に染まる。黒い背景をバックに浮かべる顔は悪魔そのもの。行先を告げてくる。お前らの行く先は決まっていると言わんばかりの邪悪な笑みが。お前らの行く先はデットエンドだと。


「グーチョキパーデー」


 こちらに向かってくる構えから


「コロシチャオウォオオオオオオ!」


 悪魔が絶叫する。楽しそうに声を荒らげ急加速して消える。戦士だけが唯一動き出した。斧を持ち構えを取る。結界の後ろで両手で握りタイミングを見計らう。決死の覚悟。

 

 僧侶の結界は――


「……っ」


 刹那で破壊される。祈りは届かない。助けはない。生き残るためには足掻かなければいけない。それでも気力がでない。恐怖に負けた足は動かない。喉が震えて声も出せない。


 次は誰が死ぬ。悪魔の狙いは戦士。


「ウラァアアアアアアアアアアアアア!」


 斧が振るわれた。破れかぶれではない。戦士には見えていた悪魔の姿が。その額を目掛けて思いっきり力を振るう。生き残る為に乾坤一擲を絞り出す。結界にぶつかるとわずかに減速が生まれていたのを戦士は覚えていた。


 剣士を攫ったときにヤツの姿を一瞬だが、捉えることができたのだから。


 ——やったか……!


 攻撃の感触が手に伝わってくる。いくら悪魔の体が硬いと言っても頭部であればどうにかなると思った。勘違いだ。戦士は知らない。ソイツは駒沢が消し飛ぶほどの鬼の一撃を額だけで受け止めた最強の男である。


 戦士の体が後ろに持ってかれる。斧がヤツの体に圧し負けて持ってかれる。戦士は力を込めて叫ぶが、


「アァアアアアアアアア!」


 速度が速すぎて悪魔に連れ去られていく。森の中へと姿を消されていく。残された魔法使いと僧侶はただ地面に座り込んだ。腰が抜けてしまった。もう希望はついえた。この世のどこにもない。


 ——斧が……ッ!


「ガハッ――」


 斧が砕けると同時に悪魔の右腕が戦士の頭を鷲掴みにする。それは重力三百倍の岩すら容易く持ち上げる胆力。勢いそのままに木々をなぎ倒し暗闇へと持っていかれる。


「グーチョキパーでコロシチャオウ、殺しちゃおうォオオオオオオ!」

 

 ——られるッ!?


 空いてる手が開かれる。


「右手はパーで……」


 そして顔を掴んでいた手も離されて。


「左手もパーでッ!」


 衝撃で戦士の体だけが後ろに持っていかれている。悪魔はそれを追いかけるように空中を蹴り加速する。両拳を握りしめ飛び出してくる。戦士は恐怖に叫んだ。


「ウアァアアアアアアアアア!」


 悪魔が急接近してくる。


「ダブル――」


 仰向けに飛ぶ自分の上で掌と掌を合わせるように両手をガッチリに交差させる。指と指が絡み合うようにして一つの拳を作り上げて振り上げられている。力が込められたそれは敵に向かって振り下ろされる。


「ハンマアァアアアアアアアア!」


 ——終わった……死んだ。


 それが顔面に叩きつけられる。顔の肉はへこみ鼻の骨は砕ける。体は地下深くへと地面を突き破り埋まっていく。戦士の意識はその暗闇に染まるように消されていった。


 これは戦闘ではない。これは蹂躙。


 圧倒的パワーによるお遊び。相手を恐怖のどん底に落とし、二度と歯向かう気を起こすこともできない程に痛めつける最恐の遊び。


 それが死亡遊戯。


 残された女子二名は動けなかった。その場で抵抗することも考えずに絶望に染まった。これ以上は無理だった。実力の違いという次元の話ではない。あれは人間ではない。


 人の皮を被った悪魔。


 自分達は遭遇してしまったのだ。終わりを告げるものに。


 枯れ枝が踏まれてぴきっと音たてた。


「いや……」

「神様……」


 暗闇を纏いその絶望は姿を露わにする。悠長に歩いてきている。歩行速度で恐怖を与えるように邪悪な顔を歪ませながら。着実に近づいてきている。


「助けて……」

「えっ……?」


 魔法使いが願いをこう。


「私だけは助けてください!」

「ちょっとミーネア!」


 僧侶を裏切るように自分の命だけを救えと悪魔に願いを叫ぶ。僧侶だってもう精神の限界だった。怖いものは怖い。絶望が体を侵食している。出るのは人の本心。僧侶は怒りを口にする。


「あの子の方が貴方様を攻撃しております!」

「なっ――」


 悪魔を貴方様という聖職者に魔法使いも虚をつかれた。


「悪しきものとか言ったのは貴方でしょ、ニーナ!」

「あれは詠唱の一文に過ぎません! 貴方様が信仰を捨てろと言えば私は喜んで貴方様に全てを捧げます! 神は死にました!!」


 この戦闘で神はどうやら死んでいたらしい。聖職者がいうのだから間違いない。


 女子二人の醜い言い争いを前に強はゆっくり近づいていく。アンタが私がの繰り返しお互いの足を引っ張り合う二人。強としてはあまり女子に手を出す気はないのだが、それでも美咲の敵であるというならやってしまうのもやむ得ない。


「おい――」

「えっ……」


 ——なんで私……。


 一人の女に顔を近づけて悪魔は囁き試す。魔法使いは目を見開きながら震えている。眼球がぶるぶるとしている。冷たい声で問いかけたのが効果テキメン。逆らう気など何もなく、あとは殺されるしかないと思ってる人間に抗う力も入らない。死にたくないと涙が出てくるが言葉が出てこない。


 悪魔の顔が怖い――


 間近でみる獣の眼光が鋭すぎて、蛇に睨まれた蛙のように動けない。


 悪魔は続けて問う。


「まだやるか」

「はふぅー……」


 恐怖が頂点に達した魔法使いの目が上にぐるんと周り白目になった。目の勢いにひきづられるように頭は後ろに倒れブリッジの状態で痙攣している。状況を整理すると白目でブリッジして痙攣している。


 ——呪いの言霊!


 僧侶に激震が走る。喋りかけただけでエクソシストのように葬られた仲間。囁いたために口が動いたのしかわからなかった。悪魔の言葉には人を惑わす力がある。僧侶ならだれも知っている。あれほど強力な魔王であれば言葉一つで人を殺すことできるやもしれないと。


 おまけに死に方が斬新すぎてスゴイ。


 ブリッジで白目で泡拭いて痙攣して死んでいる。


 悪魔はゆっくりと聖職者に歩みを進めていく。僧侶も限界だ。精神はぶっこわれている。なんでも捧げると言ってる時点でおかしくなっている。悪魔に向かって好意的な笑みを作ろうとするが恐怖でひきつって酷い顔をしている。


 僧侶は言葉を失くした。


 恐怖で動かない体。感情はぐちゃぐちゃにかき混ぜられすぎた。頭の中の思考も何もまとまらない。死というものが具現化して悪魔になってこちらに歩いてくる。地面がしめる。体の周りから蒸気が浮かび上がる。


 僧侶は恐怖のあまり漏らした。


 白いローブは黄色に染まる。彼女の聖水で汚物の結界が築き上げられる。


 しかし、それが功を奏す。


「うわっ……」


 悪魔の顔が歪む。汚い。お小水は汚い。いい年した女のしょんべん。おまけに冬で湯気が出ている。近づきたくない。遠くから悪魔は声をかけた。


「二度とこんなことするんじゃねぇぞ、お前ら」

「えっ……」

「次はタダじゃおかねぇからな!」

「は……い……」


 半裸スカート悪魔は空に消えていった。おもらし僧侶一人だけが残された。


 ソイツは悪魔などではない。妹を守る為に敵を懲らしめた愛深きお兄さんである。


 ちなみに――


「ずいぶん派手にやりやがったな……」


 瀕死の試験官たちはオロチの手で回収されていた。オロチは始めからわかっていた。だから助けにでなかった。彼らが殺されないことがわかっていた。学園対抗戦の如月の時と一緒である。


 これは遊戯であり悪戯なのだ。涼宮強の殺気には不純物が多い。純粋な殺意は鬼と戦った時ぐらいである。魔物には容赦はしない。殺人ではないからという理由である。


 二人の体を肩に担ぎ、煙草を加え眼帯の男は愚痴をこぼす。


「とんでもねぇガキだな、アイツは」


 ただステータスが基地外じみてるだけ、扱いが難しいというだけのこと。


 なんとか、試験官全員が生き残った。


 主に攻撃を受けたのは男子だけ。涼宮強は女に出来るだけ手を出さない。それは涼宮美麗という人物のせいでもある。少なからず女には抵抗があるのだ。女帝家族のせいで女子というものに苦手意識が強い。


 なので、元から魔法使いと僧侶に手を出すつもりはなかった。


 ただ、そんなことは当の本人達にはわからない。彼らは精神的トラウマを植え付けられた。彼女たちには日本でゼッタイ足を踏み入れない場所ができたのだ。


 試験官たちは――


 新宿二丁目だけには生涯を通して一度たりとも行かなかった。


 オカマが怖いらしい。



≪つづく≫

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