第114話 強ちゃんのばぁーかぁああああああああああああああ!
「強ちゃんのばぁーかぁああああああああああああああ!」
教室で叫んだ私は堪らずに廊下へと駆け出した。
「おい、鈴木さん!!」
櫻井君の声が私を呼び止めたが、私は一刻も早くその場から逃げだしたかった。自分のひどい醜さを知ってしまった。こんなにも自分の心が薄汚れているなんて思いもしなかった。
知らなければよかった、こんな気持ち――
涙を零しながら、私は階段を下りていく。
「嫌いだ」
嫌いだ、
「嫌いだ」
嫌いだ、
「大っ嫌いだッ!」
こんな自分が大っ嫌いだ……
三十分前まで私は教室で携帯をいじっていた。
「何これ……保存」
画面に映る画像をドンドンスクロールしていった。
「こんなのまで……とりあえず保存」
そこにはたくさんの私の好きな人の画像があった。私が知らない時の強ちゃんの写真がずらりとアップされている。誰が作ったかも知らない謎まとめサイト。
その名も――『強ちゃんねる』
所せましと強ちゃんのことだけが書かれた異常なサイト。日付ごとに彼が何をやっていたかが鮮明に記録されている。画像の中には学校の風景が映っている写真もちらほら散見される。
「こんなのもあるの……ほぞ」
一つ一つ画像を保存しながら読み込んでいた私の手が止まった。
顔が赤くなっていく。とても見るに堪えない写真だった。
お年頃の私にはきつい。
だが、とりあえず保存した。
「これって、まずいよね……」
私は席を立ちあがって強ちゃんのもとへと向かう。他の人に囲まれ上機嫌な様子の強ちゃんを前に私は声をあげた。
「強ちゃんの乳首がでちゃってるよ!!」
「チクビは出るものじゃなくて立つものだ……」
「そういうのじゃなくて、全国に出ちゃってるの!!」
「……全国に出るほどチクビ大きくないぞ。俺は。現にワイシャツの下に収まっておろうが」
「もう埒が明かないから、これを見て!!」
私が持っている携帯の画面をまじまじと見つめ、彼は頷く。そこには強ちゃんが海水パンツをはいて水にぬれた裸体をさらしている画像があるのに、彼は平気そうな顔だった。
「結構かっこよく撮れてんじゃねぇか、これならOKだ」
「えっ……チクビ出ちゃってるんだよ?」
「チクビぐらい見られて減るもんじゃねぇし、いいだろう」
どうしてなの……
―—チクビ、出てるんだよ!
「よくないよ! チクビなんか他人に見せていいもんじゃないよー!」
私は憤慨した。
好きな人の乳首が、そんなゾンザイな扱いを受けることに。
私は両手を振って憤慨した。
「男だからチクビの一つや二つなんの問題もねぇよ……どうせ、プール行ったときにさらしてるんだし。何を怒ってるんだ、玉藻は?」
「強ちゃんの半裸画像がネットにアップされているのに、落ち着けるわけないよッ!」
なんで、わかってくれないの……
「強ちゃんの生まれたままの姿が全国にさらされてるのに、普通にしてられるわけないよぉおお! 大問題だよ!!」
「いや……あの、玉藻さん。ちょっと落ち着いて………」
「どうして、強ちゃんは落ち着いてられるの!?」
私の憤慨に強ちゃんも困惑しているが、
「あの、鈴木さん……」
なぜ、理解されないのだろう。
「あまり淑女がチクビチクビを連呼するのはよろしくないと思いますわよ……」
「ミカちゃんはちょっと黙ってて!!」
「ハ、ハイ!」
ミカちゃんが横やりを入れて私を止めようとしたが止まれるはずもない。
もし自分の好きな人の裸が、
ネットに晒されていたら正気でいられるものなのだろうか!
断じて、否だ!!
「玉藻……落ち着け。最近なんかオマエ情緒不安定すぎるぞ、うちのソファー包丁で切り裂いたり………」
「あれは強ちゃんが他のわけのわからん、女子からチョコを貰うからです!」
「俺が他の女から貰うのはそんなにダメなことか?」
「ダメだよ!!」
私はもうヒートアップしすぎて何かしっちゃかめっちゃかだった。
考えるより先に本能が口を突いて出る状態。
周りが見えなくなっていた。
「鈴木さん……それはいいんじゃないかなーと、私はそう思うけど……」
「何をブツブツ言ってるの、ミキちゃん!?」
「黙ります!」
私が睨むとミキちゃんは遠くに視線を移して『ごめんなさい』と小さく呟いた。
その間に強ちゃんが席を立ちあがって、
不機嫌そうな顔で私に詰め寄ってきた。
「玉藻、いい加減にしろ」
「……………」
「オマエのせいでみんなが気まずい空気になってるのがわからんのか………」
言われた通り周りを見渡すと、
田中君も小泉君もサエちゃんも、クロちゃんも、
みんながみんな気まずそうに苦笑いを浮かべている。
―—私が悪いの……
私は眉を顰めた。どうにも怒りが収まらない。
この状況はまるで私が悪いみたいだ。
―—どうしてだろう……なぜ、分かってくれないのだろう。
「お前が何をそんなに怒っているか、俺は全然わからないし理解できん。一人で何をギャーギャーとチクビチクビと騒いでいるんだ。俺がいいと言ってるんだから、いいだろう、別にお前には関係のないことだ」
「関係ないって……」
強ちゃんがいうことが私にも全然理解できない。
関係ないって――
どういうことなの。
「強ちゃんにとってなんなの……私って?」
「えっ……」
朝からモヤモヤしていた。ずっとモヤモヤとしていた。
『先程から騒いでるこちらの女性は涼宮さんのなんですか?』
『あっ、コイツはただの頭が悪い幼馴染です』
あの時あの場面では平気だった。
けど、時間が経つにつれて何度も繰り返し思い出して。
それが段々と私を苦しめていった。
教室についてから地べたに寝転がるくらいやる気が無くなった。
忘れようと平然と過ごしていた。
だけど、確かに胸に何かが刺さったように抜けなかった。
「ただの幼馴染だよね」
「そうだが……」
「それだけなの……っ」
「……………」
何も答えてくれない。強ちゃんは何も答えてくれない。
ただ困ったようにこちらを見ているだけ。
私の好きな人は何も答えてくれない。
「私が幼馴染だから……強ちゃんの裸がサイトに載ってても何もいっちゃいけないの……っ」
「おい、玉藻……」
「触らないでッ!」
彼が私の肩に手を乗せようとしたところで私は弾いた。
泣きそうなくらい、辛い。
視界がぼやけてくる。
「私は……」
分かってほしい……
「私は……」
ただの幼馴染じゃいやなんだよ。我慢してたんだ。ずっと我慢してたんだ。長く我慢してたんだ。子供のころからずっと。初めて会った時からずっと好きだったんだ。
それでも我慢できたんだ。
だって、強ちゃんの傍にいるのはずっと私だけだったから。
唇が自然と震える。
「強ちゃんは……強ちゃんは……っ」
全然わかってくれない……
異世界から帰ってきて会えた時は嬉しかった。
初めてマカダミアに登校した日、私は強ちゃんの机に向かおうとした。
いつも、ソコは空席で私だけが居られる場所だったから。
『おはよう……強。俺はもうダメだ……』
『おはよう、櫻井』
―—えっ………?
いない間にそこの空席は取られていた。知らない人が居座っていた。
いつも櫻井くんが強ちゃんとの間に入ってくる。食事の時も話をする時も。
けど、我慢した。
マカダミアで女友達と話した時もそうだ。
『最近出来たもふきゅんランドに彼氏と今週末いくんだ~♪』
『いいね』
私は笑顔で答えた。
『あたしは今週末映画見に行くよ、いま流行ってるラブメールってやつ』
『確か恋愛ものだよね』
私は笑顔で答えた。
『そう、すごい泣けるらしいよ! 鈴木さんも見に行きなよ!!』
『私、先週見たけどすごいよかったよー。まじ胸キュンするよ、ちょうお勧めだよ』
『見に行ってみようかな!』
私は笑顔で答えた。
笑顔をいっぱい作って我慢した。
いいな、と思いながらも言い訳を作って我慢したんだ。
強ちゃんはテーマパークとか興味ないってわかってるからって言い訳をした。
恋愛映画を私は好きだけど、強ちゃんは見ないってことで言い訳をした。
周りの子が恋愛をしているなかで私は我慢してきた。それでも我慢できたのは強ちゃんの周りに他の子がいなかったから。
『師匠!! 惚れ直しました!!』
その時、湧いた感情はなんだろう。
木下さんが憎くてしょうがなかった。
どんな、ひどい顔をしていたのだろう。
素直に言える彼女が憎かった。嫉妬した。
それでも、特別なのは私なのだろうとどこか淡い期待に縋っていた。
三学期が始まって強ちゃんに友達が増えた。
二人だけの時間は無くなっていく。
誰かがいつも強ちゃんの近くにいる。喜ばしいことだ。
強ちゃんにいっぱい友達が出来たんだから。
ひとりぼっちだった、強ちゃんに。
なのに、私の胸が痛んだ――
痛みを我慢した。
『強ちゃん一緒に帰ろ』
『すまん、今日は用事があるから先に帰ってくれ』
誘いを断れた。拒絶された。
いままでそんなことはなかった。
それは続いた二回もだ。私は怒った。
彼をリビングで正座させて怒った。
怒りながらも心で分かって欲しいと願った。
また胸がチクリと痛んだ――
私と強ちゃんを取り巻く環境が大きく変わっていた。
もう二人じゃない。いつも傍にいるわけでもない。
彼は私以外の人と楽しそうに笑っている。みんなと笑っている。
バレンタインデーで……
『あの! これ! 涼宮さん、いつも見ていて応援しています!! 頑張って下さい!!』
——ダレ…………っ。
知らない女が現れた。
マカダミアじゃない制服の人が現れてチョコを渡した。バレンタインデーに美咲ちゃんがいないから二人で帰れると思った矢先だった。平然と強ちゃんはその女のチョコを受け取った。
耐え切れなかった。
私は彼の家で暴れ狂った。
もう、我慢できない――
今日……
強ちゃんは言った。
コイツはただの幼馴染って。
頭が悪いって。
頭が悪い、ただの幼馴染って――
『ただの幼馴染だよね』
『そうだが……』
さっきもただの幼馴染だって、強ちゃんは認めた。
私は右手を強く握りしめる。
「ふざけないでよ……」
なんで分かってくれないの!?
「ふざけないでよ……っ」
なんで私だけを見てくれないのっ!!
体を大きく揺らして吐き出す。
「ふざけないでよ、ふざけないでよ! ふざけないでよふざけないでよ!!」
なんで私を特別扱いしてくれないの!!
なんで、私だけを選んでくれないの!!
握っていた右手が力を失くしてほどかれていく。
「強ちゃんの……」
なんで、なんで、なんで……
こんなに好きなのに、
「強ちゃん……の………っ」
気持ちを分かってくれないの……
私の目から自然と雫が零れた。届かない思いが苦しくて自分がどんどん醜い化け物になっていく。嫉妬だけが強くなっていく。どす黒い感情に染まっていく。
「強ちゃんのばぁーかぁああああああああああああああ!」
気が付いたら、私は何も答えない彼に腹の底から叫んでいた。
≪つづけ≫
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