第64話 バレンタイン大作戦! —ミサイル発射を阻止しろ!—

「強ちゃん、そこに正座しなさい」

「は……い」


 家に帰ってきたけど……アウェイな空気。


 なんか最近オレは玉藻に説教されまくり。


 俺は何ひとつも悪いことしてないのに。


 文句のひとつでも言ってやりたいが、


 身に纏う怒気が半端ない。


 しかも、手に包丁持ってるし……


 両サイドの髪の毛がなぜか浮いてるし。


 どういう超能力なの、それ?


「強ちゃん、で、あの女とはどこで知り合ったの?」

「知り合いではないです」

「ねぇ、強ちゃん――」

「は……いッ!?」


 俺の横にあったソファーに包丁がドンと突き立てられた。


 というか、玉藻なにやってんの!? 人んちのソファーに何しやがる!?


「ちゃんと答えてよ。私、どうしたらいいかわからない……」

「……………」


 ――目が本気だ……こえぇよ。


 横に輝く刃物が威圧してくる。幼馴染の眼球がどす黒い。


 ――なんだよ、ソレ。極道の妻たちとかそっち系の技術をどこで覚えてきたんだ、お前は? 異世界か、全て異世界で学んできたのか!? というか、俺もどうしたら助かるのかわからないよッ!!


「普通に考えてみてよ、強ちゃん」

「何をですか……」


 この普通ではない状況で冷静になれと。無茶な要求です。


「今日はバレンタインだよ」

「ですね……」


 しかし、逆らえない圧力があります。


「その日に何も知らない子がチョコを渡すってどういうこと、なの?」


 可愛く小首をかしげているが目が怖い。


 もう狂気の瞳。


 小っちゃい子がそんな目で見られたら、おしっこちびるよ!!


「どういうことでしょう……俺もわかりません」

「じゃあ、アイツはストーカーってこと?」

「……かもしれませんね」

「そう、わかった」


 玉藻は包丁片手に携帯電話を取り出した。


 玉藻の携帯の発信音が静かな空間に響く。


 ――いったい……どこに連絡する気だ?


「あっ、もしもし警視総監ですか。私、鈴木政玄せいげんの孫の玉藻です」


 ――警視総監!?


「ちょっと、お願いしたいことがありまして――」

「ちょっ、ストップ! ストップ、スト、ストップ!!」


 俺は慌てて立ち上がり玉藻から携帯を取り上げて電話を切る。


 ――警視総監に何をしようとしてやがるんだ、コイツ!! っていうか、警視総監の携帯番号知っとるんかいッ!!


「どうしたの……強ちゃん?」

「お前、いったい何をしようとしてるか分かっているのか!?」

「何をそんなに慌てているの――かなァア!」

「ウッ――――ッ!!」


 俺はソファーに押し倒されて包丁を突き付けられた。


 視界の数センチ先に切っ先が映る。


 俺の鼻の上で垂直に刺す一歩手前でチラついている。


「なんでなの、強ちゃん………」


 突然の襲撃により、俺の手から携帯がソファーの下に落ちてしまった。


 傍から見れば巨乳の幼馴染に押し倒されているエロス的なシチュエーションにも見えなくないが、俺から見れば包丁持った怖い人に何されるかわからんのはホラーでしかない!!


「ストーカだったらストーカー規則法に基づいて処罰できたのに、何をそんなに焦っているのかなぁー! 実は知り合いなのかもしれないよね!! そうやって庇うってことはただならぬ関係ってことだよね!!」

「目を剥き出しにして包丁を光らせるな! こえぇえよ!!」

「ちゃんと話してくれたら、終わるから」

「わかった、わかった! 話すからちゃんと聞いてくれよ……」


 玉藻が包丁を片手に真剣な目で俺を見ている。


 ――しかし、さっきからちゃんと話してるのに聞いてくれないのにどうしろっていうんだ!! こうなったら質問に質問で返して答えを探るしかないじゃない!


「玉藻さん、ひとつ質問をさせてくれ……」

「なに?」

「俺が知らない女からチョコを貰うっていうのは……」


 そうだ、これが原因なんだ。チョコを貰ったのが悪い空気だ。


「そんなに変なことか……」

「う~ん……」


 ヨシ、考え込んでやがる!


 この方式で行けばいけるかもしれない!!


「変だと思うよ。逆に強ちゃんはなんで知らない子から貰えるって思うの?」


 質問に質問で質問が帰ってきた!!


 この時、焦った俺はすぐに間違った。



「だって、俺イケメンだし」



 答えを返してしまった。


「ふざけないでッ!」

「きゃぁ!」


 俺の顔の真横に包丁が突き刺さる。


―――うちのソファーがめった刺しにされとるぅ! というか、ふざけてないんだけど!!




「強ちゃん……ちゃんと、本当のことを教えて怒らないから――」




 ――こういうやつは絶対怒る……百パー怒るじゃないっすか。というか、今もうすでに本当のことしか言ってないのにおかしいことになってますよね、玉藻さん!


「お兄ちゃん、買い物に行ってくるね!!」


 ――ちょっと待って!


 妹が玄関を出ていく音が聞こえた。


「えっ、ちょっと美咲ちゃん!」


 ――お兄ちゃん、いま殺されそうなんですけど!! ほっとくのかい!!


「強ちゃん、なんで喋ってくれない………の?」

「いま必死に喋ろうとしてるが、包丁で脅してくるからだッ!!」

「じゃあ、百歩譲って知らない子からチョコを貰ったとして、どういう目的で渡してくるの?」

「……目的ですか?」


 百歩でもその程度なのですか……全然譲られてないし、状況変わんねぇし。俺に惚れてるからに決まってんだろうが! とか言ったら包丁が突き刺さりそうな気がするよ。


「例えばだけど……俺に恨みがあって毒が入ってるとか、爆弾だとか」


 玉藻はソファーから立ち上がり、


「それはあるかもしれないね。じゃあ中身を確認しないとね」

「えっ……」


 俺が貰ったチョコの包装をビリビリと粗っぽく破り捨てた。


 さらに中身のチョコを確認して匂いを嗅いでいる。


 箱の裏を見つめて何か白い紙を取り出した。


「いつも更新楽しみにしております。今後も頑張って下さい……」


 白い紙を読んで俺に問いかけてくる。


「強ちゃん、何コレ?」」

「なんでしょう……」


 もはや訳が分からない。何、更新って?


「漢字の書き間違えかな……更新こうしん交信こうしんを間違えてるのかなあ……」


 上手い! 鈴木さんに座布団一枚! 


 と、言ったら殺されろうな気配です。


「あの子バカなのかなー」


 言葉がナイフだよ………玉藻さん。


「本当は連絡を取り合ってるんじゃないのかなぁー!」


 歩くナイフがコッチに向かってきた!!


 鬼気迫る表情で迫ってくる玉藻に


「どうなの、強ちゃん!!」

「取ってません!!」


 俺は半べそで答えを返したが、


 ヤツの勢いはとどまることを魅せなかった。


「そうだよね。1年間も会ってなければ……人は変わっちゃうよね。強ちゃんが私と会えない1年間どんな1年を過ごしてたのか、私は全然知らないし、知らないところで暴力とか振るっててもわかんなかったし!!」

「落ち着け、落ちつけって!!」


 ――何が玉藻をそうまでさせているのかわからない!


「他の女と遊んでてイチャイチャしててもわかんないしぃいい!!」


「激しく包丁を突き出しながら、叫ぶなぁああ!!」


 もはや鬼の形相で至近距離で包丁の百裂突きをかましてくる幼馴染。


 ――理解できない女の代表!! 


 俺は必死にそれを避けて弁解を申し上げる。


「おわ! ひょ! くっ! 待ってくだ、ぬぉっ! さい!」


「なんで、避けるのかなぁあああ!!」


「避けるわッ!!」


 ――行動が意味不明で情緒不安定で、なんか超怖いんですけど!!


「ハァハァ…………」

「玉藻さん…………?」


 激しい息遣いの玉藻がソファーの下に落ちた携帯を取り、


「あのすいません、」


 またどこかへ電話し始めた。


「防衛大臣ですか? 私、鈴木政玄せいげんの孫の玉藻です。ちょっとミサイルを一発撃って欲しいんですが………」

「やめろ!!」


 今度は防衛大臣かいッ!! どうなってんだ、お前の携帯は!! 


「また、そうやって庇うんだ……」


 携帯を取り上げた俺にまた冷たい視線が突き刺さった。


「馬鹿やろう! ミサイル一発でどれだけ飯が食えると思ってるんだ!! こんなことで皆の税金をふっとばすんじゃねぇ! いい加減にしないと俺も怒るぞ、玉藻!!」


 

 俺が怒ったら、


「強ちゃんはっ…………ッ」


 玉藻は包丁を片手になぜか涙目になり、


「強ちゃんはっ…………ああいう子が好きなのぅ?」


 震える声で問いかけてきた。


「あうういうのが……いいの?」


 いじけたような潤んだ瞳。


 唇を尖らして泣くのを我慢しながら喋っている感じに見える。


 ――怒ったり泣いたり、なんて気性が激しいやつなんだ……。


「別にあんなのなんとも思ってねぇよ……というか、マジでどこの誰かも知らんし、こんなチョコ貰っても意味わかんないし……」

「本当に……?」


 涙目で上目遣いをしてきやがる……。


 もう、俺も疲れて泣きそうだ。


「本当も本当だ………」


 だが、男はそう簡単に泣けん。えぇーい、もうやけくそだ!


「お前のチョコに比べたら分けわからんやつのチョコなどどうでもいい!」

「本当!」


 もう本当にチョコはいらない。こんな目に会うんだったら、


 知らない女からチョコを貰うのはやめよう。


 ミサイルが空を飛んでしまうほどの迷惑をかけるぐらいなら、


 ――もう、チョコなどいらない。


 心の底から俺はそう思った。

 

 こうして俺はバレンタインというものが、


 大っ嫌いになったのだった。



≪つづく≫

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