第63話 バレンタイン大作戦! —何やってんだ、オレはッ!!—

 放課後になると、美咲はすぐに席を立ちあがって鞄を持ち消えていった。


「そんなにアイツのどこがいいんだか……」


 その姿を見ていた昴はため息をこぼし愚痴をこぼす。


 バレンタインに櫻井を探して慌て急いで消えていく姿は、


 本当に恋をしていると昴に悟らせるには十分だった。


 昴自体が恋をしたことがないとしても、


 それが片思いというもの以外に思いつかない程に美咲は必死だった。


「アレ? 赤髪チビ子、うちの美咲ちゃん何処に行った?」

「師匠!」


 玉藻と一緒に昴の目に現れた師匠こと、涼宮強。


 この時、昴は不覚にもチョコを用意してなかった。


 なぜならイベントの重要性をまったくと言っていい程理解してない。


 純真無垢なバカであるが故に。


「どうしたんですか!?」


 だが違うことに気づいた。


「その二カーブみたいなものは!!」


 二カーブとはイスラム文化圏で女性が目以外の頭や髪を隠すためのヴェールの事である。だがそういものではない。


「二カーブ? よくわからんがこれはマフラーだ」

「長すぎませんか……師匠?」

「えっ……」


 マフラーが長すぎるが故にグルグル巻きにしたことにより、


 目元以外がほぼ隠れている。


 それに正直にツッコむ昴と愕然とする玉藻。


「強ちゃん、作り直してくるから!!」


 玉藻は急ぎ強のマフラーを回収に動き出した。


「いや、別にこれでいいよ。温かくてふわふわしてて気持ちいいし」


 強的に寒さ対策としてバッチリの防寒具として気に入っている。


「師匠……優しい!!」

「強ちゃん……!」


 だが、それが思わぬところで女子2名にヒットした。


 師匠の寛大な心に打たれる昴。そして玉藻はキュンっとしている。


「それより、うちの美咲ちゃんだ」

「走って消えていきました」

「どこに?」


 強の問いにイヤそうな顔で昴は返した。


「わかりません」

「う~む」


 昴的に素直な答えだった。


 なぜなら櫻井の居場所など知らないし、


 それを知らない親友がどこに向かって走りだしたのかもわからない。


 だからこその『わかりません』である。


 仕方なく、強と玉藻は二人で帰ることにした。


 いつのまにか一つのマフラーを二人で巻いて歩いている状態になっていた。


 これは玉藻が長いことを気にした結果でもあるが、ただ単に甘えるための作戦である。強ひとすじの玉藻ちゃんは時と場所を把握しない、アホの子である。


 ラブラブを人に見せつける天性の才をお持ちの娘。


 しかし、校門を通り過ぎようしたときに傍から見ればラブラブの二人に、


「あの~、涼宮さんですよね!」


 話しかける人物が現れた。


「ん? そうだけども」


 マカダミアの制服ではない女子学生。強達と変わらぬ女子高校生。


 強自身あったこともない人物に若干警戒をした。


 横で玉藻はのほほんとしていた。


「あの! これ!」


 そこに女子高校生は鞄からチョコを取り出し、突き出した。


「涼宮さん、いつも応援しています!! 頑張って下さい!!」


 玉藻は目を見開いた。


「えっ……あっ、ありがとう」


 強は突き出された女子からのチョコを片手で受け取った。


「で、では、し、失礼いたします!」


 女子は頬をそめ片言にしゃべり走って消えていく。


「な……なんだ?」


 慌てて消えていく女子高生。


 そして、家族と玉藻以外から初めてチョコを貰った強。そのチョコを見て、何が起きたのかさっぱり理解できていなかった。だが、その横で静かに闘志を燃やす者がいた。




「ねぇ、強ちゃん――」




 とても冷たい声だった。


 さっきまで、のほほん~と幸せオーラ全開にしていたのに、


「あの子、ダレ?」


 全然違う人物の様な変貌を遂げる玉藻。


「い、イヤ、知らねぇし!」


 そして、焦る強。


「へぇー、知りもしないのにバレンタインデーにチョコ貰うんだ……」

「あ、あの玉藻さん! なんか怖いよ!?」


 いつも優しい眼つきが鋭く強を睨みつけている。


 強からすれば貰い事故である。チョコを貰った故の事故。


「あの子、強ちゃんをいつも見ているとか言ってたよね?」


 何もしていないのに玉藻さんのヤンデレモードが発動してしまった。


「良くわからんことをいう女だな、ハハッ。は、はは早く帰ろうぜ!」


 いままで他の女の出現などなかったが故に、


 強も玉藻ヤンデレモードの対処が分からない。


 とりあえず、今できることは急いで逃げることだけと、


 判断したが――


「ぐぇっ!」

「強ちゃん、まだ話は終わってないんだけど……」

「ぐ、ぐるじぃ!」


 マフラーを二人で一つにしていたことが失敗だった。


 玉藻が伸びる二人間のマフラーを握り、逃げるコマンドを封じた。


 それは力強くヤンデレ乙女の力で握られている。


「ゆっくりお話しようよ、強ちゃん。あの子がどこの子でどこの学校に通ってて強ちゃんとどういう関係でどこの家に住んでてどういう趣味をお持ちで年齢はいくつでいつから強ちゃんを見ていてどうして強ちゃんにチョコをあげて、強ちゃんをどれぐらい好きなのか。話さなきゃわからないことだらけだよ、私」


 全然ゆっくりじゃない。息継ぎがほぼ皆無。


 目を近づけてスラスラ出てくる呪文様な言葉の羅列を飛ばす。


「だから、本当に何も知らないんだって!」

「まだとぼけるの? 知らぬ存ぜぬを貫き通すつもり?」


 赤い糸で結ばれた二人。正確にいうと赤い毛糸である。


「わかった。強ちゃんちであの女子との馴れ初めの話は聞くからいいよ」

「締まってる! 締まってるよ!」


 さらに言えば小指ではなく首と首である。


「マフラーが締まってるって、玉藻さんんんんんんんんん!!」


 玉藻にマフラーを引っ張られながら首を絞められて男は連行されていく。


 もはやマフラーというより、首輪に近いものとなっていた。


 この後、涼宮家でこってり絞られる強である。



◆ ◆ ◆ ◆



 俺は買いものを終え、ぶらぶらと街中を歩きだした。


「結構、自分で買うのも恥ずかしいものだな」


 スーパーに買い出しに行った俺はココアとチョコを買ってきた。


 バレンタインデーということもあり安くなっていたことで自然と俺の手はそれっぽいものに伸びてしまった。その行動のせいか店員のおばさんからはちょっと冷たい目線で見られた。


 いかにも、わぁー無職な上に彼女もいないから、


 一人寂しくチョコを買って、


 自分を慰めてるんだと言わんばかりの視線。


 余計なお世話である。


 まぁ、この時間帯に買い物を私服でおまけに若い俺がすればそういう目で見てくるのもわかるが、余計なお世話だ。


「オイ、どこに行くんだ、クソヤロウ!」

「あん?」

 

 汚い言葉を吐きかける女子の声が俺を呼び止めた。


 俺はソイツの顔を見るや、


「なんのようだ、本下もとしたスバミ」


 イヤな顔を浮かべて言葉を返した。


「誰だよ!? スバミって!!」

「じゃあ、バミ子何の用だ? お前からのチョコは受け付けねぇぞ、俺は」

「誰がお前みたいなクズに渡すかぁあああ!」


 コイツは……この前、俺が精神崩壊状態から救ってやったというのに、


 恩知らずなやつだ。やはり赤髪ヒロインなど良くない。


 ツンデレとか言って、暴言や暴力をなかったことにするなんて、


 飛んだDV野郎だ。


 そして、何より見た目がちんちくりんすぎる。


 息を整えた木下は俺に向けて喋りだした。


「お前のことを美咲が探してるんだ! コソコソ隠れてんじゃねぇ!」

「えっ……!?」


 そこで俺は自分の失態に気づいた。


 義理堅いあのかわいい後輩なら俺にチョコを渡しに来るということを考えてなかった。しかも俺に惚れているとあれば、強をかわして渡そうとそれなりに苦労しているであろうことも。


 そして、今の発言でさらに――


 今現在も俺を探しているってことに俺は気付いてしまった!


「美咲ちゃんは、今どこにいるんだ!?」

「知らねぇよ」


 知らねぇのかッ!? 使えねぇ奴だ!!


「私はちゃんと伝えたからな。本当はこんなこともしたくないのに……」


 なんかゴニョゴニョしている、


「美咲の為にしょうがなくだからな……なんで私かこんなことを――」


 木下を無視して俺は走り出した。


 さすがに放課後となれば学校にいないことは分かっているはず。


 ――だとしたら、彼女はどこを探す!?


 俺が行きそうな場所をどこだと考える。


 街中を走っていきながら、俺は考えを深めていく。


 ――どこに行けばいい。彼女と思い出の場所なんてねぇし、


 唯一思い出深いと言えば駒沢公園ぐらいだ。


 俺は公園へ向けて走っていった。


 公園内を一通り回ったが彼女の姿はどこにもなかった。


「他にどこに行く……?」


 頭を左右に振りながら、場所を確認していく。


 ――手当たり次第に動くしかねぇ!




◆ ◆ ◆ ◆



「公園にもいなかったか……」


 私は駒沢公園に走ってきたが、


「先輩、どこでサボってるんだろう……」


 結局先輩はいなかった。


 自然とチョコが入った袋に目線がいった。


「渡せない……のかな」


 初めてのバレンタインデーで舞い上がっていたが、


 チョコを渡すってことがいかに難しいかが良くわかった。


 渡すのに勇気がいるし他の人の前で渡すのが恥ずかしいのなら、


 二人きりになれる時間を作らなくてはダメだ。


「あぁーあ…………」


 バレンタインが何たるかを知らなかった私は何も出来ていなかった。


 チョコを作るだけじゃダメだってことに気づいていなかった。


「タイミングが重要だったんだっ……」


 結局、私は何にも出来ていなかった。


「…………」


 しょぼくれ一人で夕暮れの帰り道を家を目指して歩いてく。


 私のバレンタインはこうして終わってしまうのかもしれない――




◆ ◆ ◆ ◆


 

 ――どこにいやがる! どこで俺を探してるんだ!!


 必死に街中を歩き回るが彼女の影ひとつ見えはしない。


 人にわざとぶつかって情報を探るが彼女の目撃に繋がる物はなかった。


「ちっくしょ!」


 焦りと苛立ちが増す。


 彼女のことを想像すると胸が痛んだ。


 きっと、あの子は純粋に俺に渡そうと努力をしてくれる子だから、


 休み時間の度に俺を探していたかもしれない。


 お昼に教室に会いに来たりするかもしれない。


「なんで、無視しちまったんだ!」


『貴方が美咲様からチョコを貰いそうだからですよ、先輩』


 ――近藤の言葉をなぜちゃんと受け止めなかった!


『だが、今となっては無縁も無縁だな』


 ――何が無縁だ、バカか俺は! なんでちゃんと考えてあげなかった!!



 彼女への贖罪しょくざいと後悔の念が俺を走り回らせる。


 ――何やってんだよ、オレはッ!!


 商店街を回り、学校の近くまで走り、強の家の近くまで行った。


 しかし――


 結局、俺と彼女が出会うことはなかった。



≪つづく≫

 

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