第3話 消せない罪の記憶 『う・ら・ぎ・り・も・の』

 これは俺の罪。


 一生消えない、俺の――


 薄暗い部屋。灯りは蝋燭一本の火だけ。


 それが彼女を照らす。


 背丈は俺よりも高く見上げるその顔は男の俺が見惚れほどに凛々しい。長い赤い髪、金の髪飾り、そして宝石の様な赤い瞳。性格はおしとやかとは正反対で男勝りで勝気な性格。


 だが頭の回転は速く大人にもひけをとらない。


 それが俺の一つ年上の初恋相手。


 ―—14歳、進藤 流花しんどう るか


 いつも俺を弟の様に扱って心配して傍に居てくれた。俺も姉のように慕って流花ねぇと呼んでいたが、気恥ずかしくていつもそっけない態度をとっていた。


 態度とは裏腹に俺はそんな彼女が大好きだった。


 だが自分の手で彼女を殺すことになる。


 あの糞見たいな世界。命を賭けたデスゲームの為だけの世界。





 ――『クラウン トイボックス』で。




 終わってしまった今でも、忘れさせないと言わんばかりに罪の夢を見る。


 目の前には二つの扉。俺と彼女は別々の扉を選択しなければいけない。


 そういうルールだった。それが最後のゲームだ。


「はじめ、アタシを信じて――」


 彼女は正解を知っていた。そして俺は彼女に促される。


「ソッチに進めば貴方は助かるわ。貴方だけでも助かって……」


 彼女は切なさを無理やり押し殺した笑みを浮かべていた。今にも泣きだしそうな表情を浮かべている彼女のそれが演技だとは俺には思えなかった。何もかもが本当のことのように思えた。声も顔も小さく震える彼女の指先も。


 だからこそ俺は信じたんだ。


 彼女を――


「ちょっと、はじめ!」

「流花ねぇ――」


 俺はそっと彼女の手を取る。扉を選択した瞬間にどちらかが死ぬ。


 これが最後の別れだと思って彼女の手を強く握って、


 引っ張って歩いていく。進んでいく足に、


 不思議と迷いはなかった。


「はじめ、何するつもりなの!」


 そして――


「俺は決めたんだ――」


 彼女が俺に選択させようとしたドアノブに彼女の手を無理やりかけさせて、


「流花ねぇ、アンタが生きてくれ」


 男の俺の力の前に流花ねぇの手で否応なくドアノブを回させた。


 彼女の手がドアノブを回した瞬間に扉の上に選択者の名前が表示された。


 進藤流花と。


 彼女はガラスケースのようなものに閉じ込められた。彼女が気丈に見せた様に俺も笑顔を返す。自分の死と向き合っても強がりたかった。


 惚れた女に魅せたかった、強くなった自分を。


 流花ねぇの為なら死すら受け入れられる、自分を……。


 彼女はケースの中で壁に手を激しく打ち付け俺に何か叫んでいた。


 俺はそれを背に残った扉に手をかける。


 名前が表示された。櫻井はじめと――。


「——死刑宣告か」


 小さな声で言葉が漏れた。


 これから死ぬというのに不思議なほど気持ちが穏やかだった。本当に怖さなどなかった。むしろ自分を誇らしく思えて清々すがすがしかった。


 この世界に来た当初とは違う成長した自分がいたことがうれしかった。


 泣いてばかりだった自分が変われたことが――


 そんな自分を変えてくれた流花ねぇの為に、


 死ねることが誇らしかったんだ。


 英雄気取りで俺はドアノブを回した。


 それが最悪な結末を生むとも知らずに。


 回した瞬間にカチッと言う音ともにガラスの中で赤いものが弾けた。


 彼女の髪の様に赤くそれは煌びやかな光をまき散らして、


 火の粉をまき散らして


 ――彼女を燃やしていく。


「流花ねぇッ!!」


 気付いた俺は全速力で駆け寄りガラスケースを打ち付ける。


「流花ねぇッ!! 流花ねぇッ!!」


 力いっぱいに拳の骨が砕けようと血が吹き出ようと関係なく、


「流花ねぇええええ――」


 何度名前を呼んだかも分からない。中で赤く黒くなっていく彼女を助けようとした必死になったが、ケースはビクともしなかった。


 中で踊り狂うように彼女がフラフラとしていて、


 俺の方に倒れ込むように近づいてい来る。


 目に焼き付いて離れない。


 火に包まれたまま床を這うように近づいてきて、


 俺に何かを伝えようとしていた。


「流花ねぇ、なんて――!」


 それが分かってしまったが故に自分の罪を認識した。


 最後の力を振り絞るように、彼女の口がゆっくりと確実に動いていた。




』と。




 ◆ ◆ ◆ ◆



「ったく――新年早々これか」


 俺は汗ばむ体を冷ますために寝巻の首元を緩めて外気を流し込む。


「つぅ――ふぅ――」


 この夢を見たのはいつぶりだろう。しばらく見ていなかった。


 それが原因かもしれない。絶対に忘れるなという。


 そういう啓示のように思えた。忘れていいわけがない。


 これは俺の罪だ。俺が殺した。


 バカで英雄気取りだった愚かな幼い俺が犯した消えない、


 間違えた選択の過去。




『ヒロイン殺し』という罪の記憶――




 俺は時計に目をやる。朝五時。


 トレーニングの時間だが今日は新年で人通りも多い。下手にトレーニング風景を見られるのは避けたい。体を動かして沈んだ気持ちを振り払いたかったが仕方なく俺はシャワーを浴びに向かった。


「流花ねぇ……」


 シャワーを浴びながら壁に手をつく。


 夢の反動に引きずられていた。体が微かに重い。


 あの時、自分の能力を信じていればこんな結末にはならなかった。どうして、彼女の言葉を信じてしまったのか。結果が出てしまったことは悔やんでも仕方がないとわかっていても忘れるものではない。


 絶望には抗えないのだから――。


 俺はシャワーを浴び終わり、朝食をとって、


 レポートの作成に取り掛かる。


 強の学園対抗戦の戦闘データと活動記録を纏めていく。次第と悪夢に憑りつかれた気分も戻っていく。学園対抗戦では色々あったが強の成長が見て取れる。


「今後の動向に期待が」


 二人も新しい友人ができたようだし。


「持てる結果になったっと――」


 最後の一文を締めくくり、


 エンターキーを強めに叩き終わりを告げる。


 パソコンで疲れた目を休ませる為に目を閉じて鼻頭をつまむ。


 少し伸びをして、俺は外に出かける仕度したくを始める。


 昨晩のことで気にかかっていることがあったからだ。


「時間も経っているから近づいても問題がないだろう……」


 軽はずみな期待を胸に俺は現場に向かっていった。


 国道246沿いを歩いてまっすぐ向かっていく。


 どうやら気掛かりは当りの結果だった。


「おい、ソッチの瓦礫をどけろ!」「これの残骸はこっちでいいっすか?」「道路の復旧が最優先だッ!」「おーい、コッチに人手をくーれ!」


 黒服の男達――ブラックユーモラスの調査が入っていた。


 目の前の光景に驚きと呆れがこみ上げる。


 あの殺気はやはり気のせいじゃなかったみたいだ。


 それにしても、


 ——あの人、どんな暴れ方すりゃここまで出きんだ?


 ―—市街地での戦闘つっても限度あんだろう。


 目の前に広がるのは、ビルという名の建物がゴミに変わった光景。


 辺りを見渡し黒服を着た銀髪の男を探す。


 ―—銀翔さんも来てるかな……話きけりゃいいんだけど。


 あの人は忙しいから現場に来たりとか稀なのか。


「アレは――」


 疑問と戦いながらも期待を持ち探していると見事に発見できた。


「ぎんしょうさーん」


 俺は笑みを浮かべながら歩いて近づいていく。


「はじめ? どうしたの」

「イヤ、昨日強の親父の晴夫さんがとんでもない殺気出したんで気になって見に来たんですよ。そしたら、案の定市街地がゴミになってますね」

「晴夫さんか…………」

「どうしたんすか?」


 銀翔さんの表情が微かに曇った。 


「晴夫さんは、何か言ってた?」


 俺は記憶を辿って思い出してみる。


 色々話はしたが……


 銀翔さんが求めるような情報っていうのは何だろうな。


 ブラックユーモラス関係のことだろうか。


「うーん、ちょっと色々話したんで。何か気になることがあるんすか?」

「出来れば居場所とか。行先とか」


 居場所と行く先か……。


「居場所はわかんないっすね。昨日より以前はエジプトに居てドラゴン狩りやってたぐらいしか」

「えっ、ドラゴン狩り?」

「そうっす」


 銀翔さんが珍しく呆れた色を露わにした。


「意味不明だ。相変わらずよめないな……あの人は」


 まぁ普通の感覚でいけば呆れるのも無理ない。


 ドラゴンってのは魔物の中でもにあたる。


 ブラックユーモラスでさえ竜退治するとなれば編成を組んで大人数で討伐にあたる。夏の《海竜王》討伐作戦のように。それを夫婦二人で狩りに行ってるのだから。まぁ、裏を返せばそれだけ化け物じみた強さを持っているということでもあるのだが。


「そういえば――」


 俺はポケットに手を入れてまさぐり紙を探した。


 銀翔さんの有益になりそうな情報を渡せそうと紙を手にする。


「銀翔さん、これなんす――」

「先輩!?」


 聞き覚えのある声がした。とても聞きなれた女の子の声だ。


 俺はまさかと想いながら顔をそっちに向けた。


「美咲ちゃん!?」

「先輩も学校から要請があったんですか?」


 ―—学校からの要請だと?


 そういうことか。彼女の能力があればこの現場を戻すのに大分役立つ。


 涼宮美咲の能力は《復元》。壊れたものを元に戻せる超レアスキル。


 彼女は戦闘系ではないが、マカダミアキャッツ学園に入れたのもこの能力の有用性が認められているからである。この荒れ果てた戦場を直すには持って来いだ。


「俺はあれだよ……」

「あれ?」


 彼女が首を傾げた。それにしてもアレという言葉は有用である。


 これを言うだけでそれっぽく聞こえ、時間を稼げる。


 この間に俺は頭をフル回転させ嘘を考える。


「俺は病院へ……行く途中なんだ」

「あっ、そうでしたね! 約束しましたもんね」


 彼女は手を合わせて納得した様子を見せ、笑みを浮かべた。


 よほど約束を覚えていたことがうれしかったのだろう。


 俺は罪悪感からこめかみ辺りを少し掻く。


 本当いうと約束など、ついさっきまで忘れていた。


「はじめ、病院って怪我したの!?」


 美咲ちゃんの突然の登場による動揺で、


「えっ――」


 銀翔さんが隣にいたのを忘れていた!? っていうか、銀翔さん空気読んで話しかけないでくださいよ! 強の身近な人にあんま関わりあると思われると怪しまれて仕事がしづらくなりそうなんだから!!


「銀翔さんと先輩はお知り合いなんですか?」

「えっ!?」


 動揺する俺は見事に板挟みにされた。


 それはものの見事に洗濯板で挟まれているような気分だ。


 SAN値がゴリゴリ削られていく――。


 二人からの質問攻めで頭もうまく回らない。


「銀翔、大晦日に色々あってちょっと足を怪我しちゃったんだ」

「おじ――プッ!?」


 俺は驚く銀翔さんの口を手で塞いだ。ごめん、銀翔さん。


 これぐらいしかすぐに思いつかない。


 親戚ということにすれば知り合いでもなんら問題ない。


 さらに怪我の話も出来て一石二鳥なんだ。


 だからこれ以上喋らないで。墓穴掘るから……。


「そうだったんですね! ご親戚だったんですね!」


 彼女は頭がいい。察してくれるので助かる。


 俺の嘘を嘘と分からずに。


 俺はゆっくり銀翔さんの口から手を放し目で威圧をかけた。


 余計なことを喋らないでという意味を込めて。


「そうなんだ、はじめとは親戚なんだよ」


 それを察してか銀翔さんも乗ってくれた。


「学校でいつも櫻井先輩にお世話になっております」

「こちらこそ、ハジメがいつもお世話になっております」


 銀翔さんがニヤニヤしてこっちを見ている。


「それにしても、へぇー、そうなんだ。はじめも学校ではいい先輩なんだね」


 この人は……。


 銀翔さんとは一年近く一緒に暮らしていたこともあり、


 俺のことになるとこの人はバカ親みたいになる。


「銀翔おじさん」


 普段はしっかりしているのに。ある意味手に負えない。


「俺は美咲ちゃんとの約束を守る為に病院にいかなきゃいけないんでここらへんで失礼いたします」

「えぇー」


 残念そうにこの人は。まったく。


 アンタ一応ブラックユーモラスのリーダーなんだから、しっかりしてくれ。


 俺はゆっくり病院の方に足を向けた。


 ココにこれ以上いるとロクでもないことにならない。


「先輩待ってください!」

「ん――」


 俺が退散しようとした矢先にかわいい後輩は走ってきて呼び止めた。


「どうした……の?」


 少しモジモジしている。俺に悪寒が走った。


「あの……先輩に言わなきゃいけないことがあって」


 まさか……ここで。俺は知ってしまっている。


 碌でもないことを――。


 大晦日の夜に俺は不要な情報を得てしまった。能力が故にそれは明確に。


「先――輩——」


 彼女は意を決したように話し始めた。俺は動揺を隠し切れなかった。


 ——マズイ、マズイマズイ!?


 心臓が高鳴る。ある意味興奮状態だった。


 走馬灯のように思い出されるゴミ親子の映像。


『美咲ちゃんに手を出す奴がいたらぶっ殺してやる』

『あと世界一かわいい娘に手を出そうものなら——コロスから覚悟しとけよ』


 彼女の告白イコール死刑宣告。


 最強最悪な親子に標的にされるということである。


 心が警鐘を鳴らす。


 ―—待て待て!


 ―—美咲ちゃん! それ以上、先を口にしないでくれ!


 ―—どうかお願いだ、早まらないでくれッ!! 


「あけましておめでとうございます」

「へっ?」

「今年もどうぞよろしくお願いします」


 礼儀正しい子やな……美咲ちゃん。


「いやー、新年ですし。それに先輩には色々お世話になっているので……」

「あー、そうだよね。うん。明けましておめでとう」

「今年も変わらずにお付き合い頂きたいです!」


 予想を裏切られ俺は釈然としない返事を返した。


「俺の方こそどうぞよろしくね……」


 それに彼女は新年の挨拶を言えたことにやりきったような挨拶を返す。


「ハイ!」





 それから俺は病院へ向かった。向かったのだが、


「そりゃ元旦だもんな……」


 自分が不幸だということを忘れていた。


「こうなるわな――」


 病院は年始から休業していた。



《つづく》

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