第40話 竜騎士田中の純粋な願い
何をされたかも分からないまま体が吹き飛び転がる。
すぐに体勢を整えて構えるが、ヤツが指を鳴らすたびに何もできない。
「くッ――!」
試合が始まってから一度たりとも槍が届くことはなかった――。
金髪の男に何をされているのかもわからず一方的にやられている。合間を縫って攻撃を返すが素早いスピードで移動してるのか、簡単に躱され一撃すらも与えることが出来ない。
一方的に試合を進めらている。
「もう、ギブアップしてくれないか……?」
冷めた目見下ろす視線。呆れたように金髪の男は淡々と僕に話しかける。
「キミは中々タフそうだけど……ただ、それだけだ」
男は金髪の髪をかき上げ僕に向かって指鳴らした。
「それだけでは僕には勝てないよ。分かるだろう、君にも?」
指を鳴らしたのは攻撃ではなくジェスチャーだった。
それは当然の結果だと。
今、現在一撃たりとも届かない攻撃。幾度なく受ける謎の衝撃。
ココで何をしてもお前じゃ届かない、結果は明白だと指し示す様に。
ダメージが蓄積されている。
「負けるって、わかってるからって――」
呼吸が乱れている中で僕は返す。
「負けなきゃいけないのか……?」
「そうだよ。無駄に足掻いて美しくない……それは醜い戦い方の見本だ」
残念だと言わんばかりに首を横に振って悲しそうな表情を浮かべている。
「戦いは常に美しくあるべきだ」
戦いが美しいかどうかなんて、
そんなことは……
「残念だが、お断りだッ!」
求めてなどいないッ!
俺には俺の戦う理由がある。たったひとつの願いという理由が。
「お前はわかってない。勝てないから戦わないなんて、そんなことしていいわけがないんだ!!」
それを捻じ曲げる権利なんて誰にもない!
「ソレをお前はわかっていない!! ソレは俺の求めるかっこよさじゃない!!」
僕たち二人の会話が会場に反響して流れていた。
「田中選手熱い! 熱い男だ!! その通りです!」
アナウンサーが
「負けるとわかっていても戦いを挑むものこそ勇者だ! 頑張れ、田中選手!!」
僕の熱気にあてられ応援を送った。それに歓声が合わせるように贈られる。
「田中さん負けるなぁああ!」「頑張れ、おデブちゃん!」「勇者田中!」「まだ試合は終わってねぇぞ!」「せめて一撃喰らわせたれッ!」
会場の声に体が震える。応援されていると不思議と力が湧いてくる。
——そうだ、まだ終わってない。まだ俺は戦える……。
槍をもう一度握り直して闘志を高めて相手に向ける。
そして一点を貫くようにそれを突き刺す。
相手より遥か後方を狙うように。力の限りに突き出す。
「残念だ、一方的にいたぶるのは………」
だが、金髪は平然としていた。指を構える。
「好きじゃないんだけどね……」
そしてヤツは鳴らした。
「——弱いものは等しく醜い」
パチンと鳴ると体を衝撃が襲う。また体が後ろに流される。
相手は一歩たりとも動いていない。
ここで衝撃に負けずに槍を繰り出せば捉えられるのかもしれないけど、
喰らった後に一時的に動けない。ビリビリと体を駆け巡る違和感。
―—なんなんだ……体が痺れるッ!?
このまま耐えてばかりでは埒が明かない。消耗戦でしかない。
如何に耐え凌ごうとも攻撃を当てられなければこのまま何もできずに終わってしまう。実力の差は理解している。いまどうやっても埋められないかもしれない。
それでも――。
勝てないかもしれないとなどという不安など捨てておけ。
勝算や打算などいらない。欲望に忠実にいなきゃだめだ。
勝ちたい、ただ勝ちたい。もう最終戦だ。やるしかない。
小泉と誓ったんだ、一緒に優勝しようって。
そうすれば……きっと涼宮と――。
ここで諦めたら、多分………一生無理なんだと思う………。
だから、諦めることなんて出来ないッ!
「お前がいくら強くても絶対にだッ!! 絶対にぃいいい!」
元よりこれが最後の戦いだ。躊躇うことなど何もない。
俺の持てる全てを捧げてでもいい、刺し違えても、
相手がどれほどの強敵であろうとも――
「俺は諦めない!」
槍を下に向けてリングに突き立てる。僕は全身の魔力を集中させていく。
体中のマナをそしてそこら中にあるマナをかき集めて体に付着させていく。
ありったけを、注げるだけ全てを詰め込んで竜騎士にだけ許された秘術をッ!
ありったけの魔力をくれてやる――。
「
僕という
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
細胞が生まれ変わるように焼き切れて体が熱くなっていくのに。
俺は雄叫びを上げる。
◆ ◆ ◆ ◆
「おっと会場が謎の白い煙に覆われている!?」
観客席で見ていた田中の取り巻きのミカクロスフォードが立ち上がる。
「これは田中選手の技の影響か!!」
会場は田中の体が発した白い蒸気に包まれ闘技場を覆い隠した。
「田中さん! アレをッ!」
見知っている技だからこそ、この先に何があるか分かっていた。
驚くミカクロスフォードの横で他の取り巻きも声を揃える。分かっている。
それが田中の切り札に当たるものだと。
決死の覚悟を持って勝負に挑む大技だと。
「おそらくマインドゼロを覚悟の上で……」「田中さん……」「本気だ……」
その技を使うことは田中にとって戦闘後のマインドゼロをさしている。すべての魔力と精神ポイントを捧げる必要がある。田中の使った秘術により田中のステータスは一時的に跳ね上がる。
「おおっと、霧が晴れてきた!」
白い霧が晴れ竜の衣を纏った竜騎士が現れた。
「これは……田中選手なのか!?」
驚くアナウンサーの声。それも当然の事。
銀色の鎧は黒く軽装へと変化し、体の表皮は黒く熱を帯びたように光る。
体型が嘘のように変わっている。一時的に体型もスマートなものへと変化。細く強靭な体。手足がスラっと長くなっている。それは体の一部を贄としている。だからこそその威力も絶大になる。
変わり果てた姿に金髪は嬉しそうな顔を浮かべた。
「へぇ~奥の手ってやつかぁ……」
目の前でいいものを見れたと言わんように。
ただ、それでも――
「けど無駄な努力だ。それはとても無駄で」
自分の優位は変わらないと。
どれだけのことをしようとも自分に届くことはないと。
足掻きでしかなくそれは無駄であるが故に
「——美しくない」
と如月は言う。
「お前がどう思おうが関係ないッ!」
その言葉を無視するように竜人となった田中は槍を構えて突撃する。
「俺は勝ちに行くだけだッ!」
先程よりも飛躍的に上がった瞬発力による加速。それは魔力を纏った高速移動術。体に張り巡らされた魔力を一気に爆発させるための体系変化。器として完成された男の本領が発揮される。
だが、その田中の変貌を見ても、
「来なよ――醜くき者よ」
如月はひとつとして落ち着きを崩さない。
◆ ◆ ◆ ◆
これは一人の竜騎士の願いであり、彼が一人でも戦う理由に他ならない。
譲れないものがあるからこそ彼は戦い続けている。
たった一つの願いを胸に。
決勝戦が始まる前――
『僕にとっては涼宮はかっこいいんでふ。憧れなんでふよ』
涼宮強が椅子を蹴り飛ばしていなくなった後、控室で田中は残ったメンバーを前に穏やかに話していた。不思議とわかってしまった。涼宮強という男が何を考えているのか。どういう男なのか。
それは小泉と似ていた。彼もまた長年の謎が解決したのだ。
「涼宮は優しいやつなんでふよ。夏の戦いでみんな見たはずでふ」
彼の話を聞きつつも彼の取り巻きは良い顔をしなかった。眉を顰めてイヤそうにしている。けど一番先頭で戦っていたからこそ最後にその姿を一番近くで見たのは田中だ。
本気で怒っている涼宮強という人物を。
「涼宮が本気を出せば強大な力に僕等は巻き込まれていたでふ」
あの戦いに巻き込まれて怪我をするものはいなかった。確かに魔法防壁や障壁、盾役の尽力により事なきを得たという事実はある。それでも田中は気づいていた。
「だから、涼宮は最初わざとゆっくり歩いてきてくれたんでふよ」
あの時、その不吉は最後方からゆっくりと姿を見せ始めた。
「自分がここにいるぞと分からせる為に!」
だがそれはあくまで結果論にしか思えないし田中の思い込みにしか思えない。
だからこそ取り巻きの表情は依然と険しい。
だがその怪訝な表情を前にしても、
「全力で移動すれば僕たちを巻き込んでしまうから、」
田中は確信しているかのようにその行為を称える。
「敢えてゆっくりと皆に気づかれるように。わざと歩いて現れたんでふ」
それは無意識だったのかもしれない。誰もがヤツを見れば自分勝手な男でしかないと思うかもしれない、それでも田中の目に映った涼宮強もまた皆とは違った。
それは彼が涼宮強の違う部分を人よりも知っていたからに過ぎない。
「それに先頭についた涼宮はいったんでふよ」
それは最前線で戦闘をしていた者たちに告げた言葉。
「巻き込まれたくなかったら、どいてろって」
それは小さなノイズでしかなかった。どういう意味にもとれる。
俺の敵だから邪魔をするなという風に誰もが取っていた。
けど、田中には違って見えた。
アレは自分たちを遠ざけるために言い放ったものだと確信していた。
あの時に誰よりも近くで獣が怒り叫ぶの見た。それは悲痛な叫びだった。
誰もが退避する中で田中だけは足を止めてみた。
孤独になる涼宮強を。誰もが彼から離れていきたった一人で何かと戦う男を。
涼宮強が世界を相手にしていたように見えた。
異世界と現実が入り混じった世界で取り残されているように見えた。
それでも彼はひとつの理由の為に拳を振るった――圧倒的な力で。
その怒りはあまりに純粋だった。たった一人の少女の為に彼は暴れていた。
叫んで心のままに怒りをぶつけて暴れ続けた姿。
その姿が田中にはとても美しく見えた。
自分の心のままに生きている姿が尊いもののように思えた。
そこから確かに感じたのだ。
「涼宮は大事なものを人を傷つけられたときにちゃんと怒れるやつでふ」
涼宮強という人物の人間性を。
「誰よりも強く怒れるやつでふ」
それだけの理由。傍に居る少女が傷つけられたという単純で明快な理由だった。彼女が涙を流した。それだけで彼はあれほど怒り狂ったのだ。一つの街を消し飛ばすほどに我を忘れて力を行使した。
それが田中にとってはスゴイことに思えて他ならなかった。
それは誰にでも理解できるものではない。
だからこそ、ミカクロスフォードは口を開く。
「けど、田中さん……それでもアイツが今まで何をしたのか」
ミカクロスフォードが否定をしようと言葉を絞り出す。
そんなヤツではない。涼宮強という人物が行った数々の暴力。
あれもその一つに過ぎないのだと。
そして、それは他のミキフォリオやサエミヤモト、クロミスコロナも同意見だった。だからこそ、ミカクロスフォードの言葉に前のめりになり田中の目を醒まそうとするが、それは遮られた。
「涼宮は戦いがあんま好きじゃないでふよ。強いでふ、圧倒的に強いでふけど、」
田中は知っている。それは遊びだった。戦闘と呼ぶにはどこか違う。力が違いすぎて涼宮強という怪物は底を見せていない。確かに嗤って暴力を振るっていたがそれはどうなのだろうと。
「一年の時に好き放題もしてたでふけど――」
それは田中の思い込みなのかもしれない。それでも田中は話を続けた。
「きっと、涼宮は楽しくはなかった気がするんでふ……」
涼宮強を信じると決めているから。
田中は思ったままに涼宮強という人物を語る。
「だって、最近の涼宮はすごく楽しそうじゃないでふか」
小泉がふと笑みを浮かべた。二学期から変わった変化。
「クラスを支配したりしてた時はあんな風に教室で笑ったりしてなかったでふよ」
涼宮強という男が時折見せる柔らかい表情。
少しずつだが涼宮強という人物の印象が変わることがらはあったはずなのだ。
「好きであんなことをやっていたんじゃないでふよ」
田中は知っていた。
「何か理由があったんでふ、涼宮にも。僕たちの知らない理由が」
学園の支配者として過ごしていた強が時折どこか悲しそうな表情で、悲しそうな目で、空を眺めていたことを。暴力的な男がどこか寂しさを纏い窓の外を眺める姿を。
ただ全てを知っている訳ではない。
それは美咲と玉藻という大事な二人の繋がりを断ち切られたものに付随する。首都高速道路でトラックに体当たりをかます前の状態の話。どこかもわからぬ異世界を求めて空を見上げて帰りを待っていただけなのだが、
強のその表情を田中は目に焼き付けていた。
元より意識してしまっていたから――。
「僕はいつも優柔不断ではっきりしないやつでふ……いまだにヒロインも一人にちゃんときめられていないどうしようもないやつでふ……」
取り巻き達はそれは違うと言いかけるが田中はそれをまだ聞いて欲しいと腕を伸ばして止める。田中がどうして涼宮強を意識してしまっていたかを。
「涼宮はハッキリものをいうでふよ。そんなところに憧れていたでふ」
だからこそ、カッコよくみえた。
涼宮強という人物が吐く言葉には強さがあるように見えた。一人だろうと構わないと強がっているだけだったものかもしれないが、それでも自分を曲げてまでは譲歩しないという意志の強さを感じ取っていた。
「……田中さん」
ミカクロスフォードは納得したわけではない。どれだけ田中が言葉を並べようとそれは涼宮強に憧れているからこそ生まれている偶像に過ぎないと分かっている。心が否定している。アイツはそんなヤツではないと。いくつもの無礼極まりない態度。
それこそが涼宮強なのだと。
それでも田中は目を輝かせて口にした。
「涼宮は僕にとって憧れなんでふ!」
その言葉を――。
信じ抜いているから。涼宮強という男のことを。
田中という人間は元来から優柔普段であり家では甘やかされて育った。そして物心つく頃には異世界に飛ばされヒロインに囲まれていた。涼宮強とは違い友達も多かった。彼の周りには人が集まった。
彼の周りは理解者が多い。
それは彼が人の意見をしっかり聞ける強さを持っていたから。
誰でも受け入れられる強さを持っていたからこそ。
それが彼の長所だった。
しかし、長所とは短所にもなり得る。
良くとらえればいいように聞こえるが悪い反面も必ず持ち合わせてしまう。誰の意見でも聞き入れるというのは彼にとってよさでもありコンプレックスでもあったのだから。良いところも裏を返せば悪い部分も秘めているもの。
ハッキリ誰かに物を言えない――。
それが田中にとってはもどかしさでもあった。良い部分は意識などしない。自然に出来てしまい楽しいのだから。しかし、悪い時ほど、悔やむときほど、人は心に強く残る。
聞いてあげるだけはどうしても解決できないことだってあるのだから。
だからこそ、悪い方だけが意識的に残ってしまう。とても綺麗な宝石でも傷一つで価値を失うように感じてしまう。ホントはそれが自分の良さなのだと分からずに、そんなもので価値を失うことはそれほどないのに。
それでも自分でそれが許せないと、自分でわかってしまう。
自分のダメなところを――。
戦闘中に口調を変えるのも弱い自分を隠すためのもの。虚勢を張らなければ、弱い自分を支えられなかったからもう一人の自分を作り上げて戦っていた。異世界でそうしなければ魔物と戦えなかったから。
偽りの自分をもうひとつ作り上げた。
そんな彼は高校へ入学して出会うことになる。
言葉が過激な嘘つきな男と。
自分のコンプレックスを
彼はその男に憧れを抱いた。
ありのままの姿で強い男に憧れを持った。
自分と正反対の感情のままに暴れ狂うような男に。
一年生だった二学期――
クラスメートが呼び出されていくなか彼も例外なく呼び出されいた。それは大分後の方だった。なんとなく涼宮強という人物がヤバイ奴だと知れ渡り始めた時。
『俺が異世界に行っていないのをどう思っているでしょうか?』
『なんとも思ってないでふよ』
当然のことのように答えた。異世界に行ってないことなど、田中にとってはどうでもよかった。ただ次第に教室での発言が過激な男に興味が湧いていた。
『それじゃあ、櫻井君。答えを確認して』
『かしこまりました。支配人♪』
櫻井は田中に触れた瞬間に表情を曇らせる。
『どうした、櫻井?』
『いや……あれ……っ?』
それは純粋な彼だからこそなせた技である。
櫻井はもう一度触る。そして答えを再確認する。首を傾げながらも納得するほかない。それは二度とも同じ答えだった。疑う余地もない解答。
『これは……』
櫻井は一瞬笑みを浮かべ平静を保ち、手を上げて
強に答えを告げた。
『なんとも思ってないだってさ、強』
『えっ……』
一瞬は驚くものの強はすぐに投げやりな態度で申し渡す。
『うんじゃあ、ソイツはパス』
そうして、田中一人だけがあのゲームをクリアした。
それは田中が強に憧れていたからこそ出た
田中は最後に一言――みんなに無邪気な笑顔で伝えた。
「僕は涼宮と友達になりたいんでふ♪」
つぶらな瞳でソレは幼い子供が純粋な願いを口にするように。
≪つづく≫
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