第33話 終わりへのカウントダウン
鬼は既に察していた。
実力の違いを。
体格は明らかに自分が勝っていようが、回復量がどれだけ多かろうがこの男には勝てないと。モノが違いすぎた。見た目から実力の判別など着く由もなかった。
マカダミアの生徒とて同じである。
風貌から実力など見分けがつくはずがなかった。立ち振る舞いも不格好、何かを感じさせるものが強になかった。異常さを感じさせるものなど何も。
感じるはずがない。
『モノ』が違うだから。
どれだけ戦闘経験をこなさそうがモノが違いすぎて、感覚が刺激されない。
強さは歩き方に出る。
強さは見た目に出る。
強さは構えに出る。
強さは動きに出る。
強さはオーラに出る。
そのどれもがないのだ、強には。
測るためのモノが違う。自分の持っている物差しで測ろうとしても単位が違う。異質の中でも異質。特異な存在である。
それでも測れないわけではない。
ただ一度戦えばわかる。
その違いはイヤというほどに――
鬼は実力の差を、格の違いを、思い知らされた。
どれだけ殴られようと回復はする。攻撃に耐えることは出来た。しかし、それは遊び半分の攻撃。本気の戦闘において殴られてから殴り返すなど行えるわけがない。
本気の戦闘であればそれを試すようなこともできるわけがない。
その男は戦闘などしていない――
そして辿り着いた結論はひとつ――
『ならば貴方の勝ちでいい……私は服従するわ。参ったわ』
一切の迷いもない。勝てるわけがないと悟った。
残された選択肢など数少ない。出せる答えは身を捧げること。
『世界では強さこそが全て。ならば弱い者が強い者に従うのは必然、自然の摂理よ』
鬼にとってはそれが普通であり常識だった。
そうやって異世界デルカントでも生き抜いてきた。
ただ考えはそれだけでは終わらない。
別に苦戦した戦いがデルカントでなかったわけでもない。生き延びるすべは身についている。世界を収めるには時間が必要なことを知っているのだ。長い年月をかけて頂きに上ることを知っているのだ。
鬼の能力は《超再生》だ。
彼は弱くとも死なない。何度でも再生を繰り返す。腕が取れようとも、首がもげようとも。そうやって幾つもの敗北を無かったことにして生き抜いてきたのだ。そして、何度も繰り返すことによって高みに登っていった。
だからこそ異世界で王として君臨できたのだ。
——コイツさえ……どうにか出来れば。
この場にいる『
コイツ一人だけが強すぎるのだと。
ならば懐に収まればいい。時間を得るために近くにいれば油断や隙も生まれるときもあるかもしれない。その時を狙えば――コイツを殺せるだろうと。
時間をじっくりかけて強くなっていけばいいだけのことだ。
『服従するなら選べ。今ここで――』
だが、大きな間違いだった。
相手を読み違えていた。ソイツは普通ではない。
ソレは最強なだけではない。
最恐にして最凶であることをたがえていた。
『自害するか、1分間猶予を持ってから死ぬか、好きな方を選ばしてやる』
『なっ――!』
獣の提案は択などと呼べたものではない。苦肉の策で得た時間は僅か一分。
秒にして六十。足りない。
この世界を手に入れるために鬼が計算した時間には圧倒的に足りていない。
頭を使う暇もない。だが、ヤツは本気の眼で語る。
『カウントを始める。一分間は攻撃しないから安心しろ』
『待てッ!』
考える余地などない。
どちらを選択しようとも残された時間は一分しかない。
そして、すぐさまに始まった。
「いーち――」
下卑た笑みを浮かべこちらを見下ろしている。男の眼には迷いなどない。
選べる選択肢などひとつしかなかった。『攻撃はしない』という言葉。この男よくも悪くも戦闘というものを理解していない。殺し合いをしていない。戦闘に約束事などないことをわかっていない。
唯一の光明は相手がスキだらけということだけだ。
「にー、」
脱力した体勢で無機質にカウントを繋げていくだけだ。
「さん――」
「ウォオオオオオオオオオ!!」
鬼は気力を込めて立ち上がる。残された時間を有効に活用するために。全力を込める腕の筋肉は膨張し二回りほど肥大化する。胆力を込めた一撃を弱点に向けて放つ――狙うは頭部。
「糞ったれぇえええ!!」
命を賭けた絶叫を乗せるような攻撃が放たれた。
「ヨン――」
「止まれ、止まれぇえ――」
鬼にとって一秒という時間は長い。複数回攻撃を繰り返せる。
「止まれ、止まれ止まれ、止まれぇええええ!!」
弱点を滅多打ちにする。衝撃に強の顔は左右に激しく揺さぶれてる。
「止まれッテェンダヨォオオオオオオオオ!!」
呼吸を止め、無酸素で繰り出される連撃が加速を上げていき続く。
「ハチ――」
だがカウントが止まらない。無機質に規則的に数は増えていく。
鬼は体を捻り、回して、蹴り込む。蹴る殴る、
殴る殴る蹴る、蹴る蹴る殴る蹴る、力の続く限り抗うように暴れ狂う。
攻撃のさなか。二人の間に鮮血が舞い飛ぶ。
「なぜだ……!」
赤い血が流れ勢いよく飛び散り強の顔を染める。
「なぜだ、ナゼダァアアアアアアア!」
「ニジュウイチ――」
血に染まる顔に右の拳を打ち付け振り回す様に左の拳で殴りつける。
命が懸かっている。失うわけにはいかない。
命がなければどうにもならないことを鬼は知っているから必死になる。
――コイツを殺せッ!
死という自分の前に具現化した概念を殺そうと躍起になる。
それでも、強は血に染まりながらも涼しい顔をしたままカウントを続け、
「ニジュウゴ――」
鬼を眺めていた。
「——ッ!」
鬼の攻撃がピタリと止んだ。
鬼は睨みつけるが不吉な獣は血に染まった顔で嗤って告げる。
「イイ顔してるじゃねぇか、ソレだよソレ」
必死の顔をした自分におくる男の顔が挑発そのものだった。
「お前のその顔が見たかったんだ!」
指さしてバカにしている。
「まだ三十秒近くある……」
頂点に立ったはずの鬼に対して見下すような嘲笑、
「本気で俺を殺しにこいッ!」
屈辱以外の何物でもない。おまけに自分が奴隷としていた所有物である人間如き。奴らは自分にこびへつらうだけの存在だった。それが、いま命を弄ばれているのが筆舌に尽くしがたい。
「殺してやるゥウウ――」
睨みつけた血しぶきの原因である右の拳を抑えてうずくまりながらも吠える。
「殺してやるわぁああああよ!」
それが鬼の闘志に火をつけた。
「ウワォオオオオオオオオオオオオオオオ」
鬼の咆哮に呼応して巨体が筋肉で膨れ上がる。バンプアップというにも限度がある。それは二メートルを超える体を二回りもデカくする。見た目でわかる、圧倒的パワーを有している体系であることは。
——ここでコイツを殺さなきゃダメだッ!
膨れ上がり続ける体。それは生命の危機に反応していた。いま目の前にある死を排除しろと。ここで与えられた一分という時間が活動時間だと。
——私の全身全霊、全ての命を懸けてェエエ!
命を前借するかの如く力を開放していく。死滅する細胞を無理やり能力で再生させて維持していく。膨れ上がった筋肉を切れる前につなぎ留めさらに膨張させる。
——限界をイマ
「百二十パ―ァアアアアアアアアアアアア」
それは限界を超えた鬼の姿。
――超ぇロォオオオオオオオオ!!
「セントォオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
体の筋肉が極限を超えて肥大し赤黒い表皮は蒸気を上げる。
「いいぜ、その必死さ。それでいいんだよ」
先程までの降伏を宣言して安心した姿とは別物。
決まった終わりを認めることをせずに抗おうと、
「必死でコイ――」
全身全霊を使って足掻こうとしている。
その姿を不吉な者は不気味に嘲笑う。
血に染まった顔で悪魔のような笑みを浮かべて。
「必ず殺してやるから――」
悪魔のような笑み、それは鬼にとっての死神だ。
恐怖を振り払うように吠える。
「ウルセェエエエエエエエエ!!」
両腕を振り上げ交互に振り下ろす。体の使える場所を最大限に使っていく。命を勝ち取るために脚力を全開に込め足を振るう。地を掴み全体重を乗せて放つ。出来得る限りの全力を振り絞る。生を勝ちとろうと強化した拳を渾身で振るう。
——コロスコロス、コロス、ブッコロスッ!
「サンジュウヨン――」
マカダミアの生徒から見た鬼も必死そのものだった。
息つく間もなく攻撃を繰り返して抗う姿はどちらが勇者なのかどちらが魔物なのかを錯覚させる。力の限り強敵に挑む姿は感嘆に値する。
——生きたい、生きていたいなら、コイツを
希望を望む為に全身全霊で命を賭けて抗う姿は心を揺さぶる。
——殺せぇエエエエエエエエエエ!
絶望に抗うものを勇者だというなら、鬼の今の姿は正にそれだ。
圧倒的で強大な力の差を目の前にしても諦めずに縋りついている。
「ヌゥラァアアアアアアアアアア!」
折られかけの心を吠えて打ち消している。
しかし、それほどの意気込みを持ってしても力が、モノが違いすぎる。
「ヨンジュウニ――」
上半身が頭部が激しく揺さぶられようと、
鬼がどれだけ全力を尽くそうとも、誰もが気づいてた。
——無駄だと。
それすらも嘲笑われていると。不吉はヤツのすぐ近くから離れることも無い。
「ヨンジュウヨン――」
一歩も動いていないのだから。
その不吉な者は一歩としてその場から動いていない。どれだけ攻撃を受けようとも目を閉じずに相手を見据えている。数を数え続けている。
――あの攻撃が効いてないのか……。
盾を持った勇者は驚愕の他ない。自分たちの時よりもパワーアップした鬼の攻撃なのに効いていない。むしろ殴られながらも嗤っている姿に恐怖を覚える。
「違いすぎる、何もかもが――」
力の次元が違いすぎる。鬼の攻撃を受けたからこそ分かる。盾越しに受けた一撃でさえ体の芯が痺れ吹き飛ばされた。それをただ茫然と立ち尽くし受け続ける行為が信じがたい。
眼前に映る景色が異様なものに見えて他ない。
最強と知っていてもなお余りある。想像の限界を超える理不尽な現実。
「——動いてるッ!」
一人の生徒が異変を早く察知した。鬼は口角を引きつらせ笑みを浮かべる。
——チャンスかしら……。
その動きに。徐々にだが動きだした。数センチずつだが硬直が崩れていく。
「ホワォオオオオオオ、アッタアアァアアアア!!」
それに激しく鬼は攻撃を加速させる。拳法家のように呼吸を大きく吸い込み肺を膨らませる。長時間の連続攻撃を可能にするように加速させるために。
動いていく――
「異常よ……狂ってるわ、こんなの……」
ミカクロスフォードの眼が、顔が歪み、ため息まじりの声を漏らした。
目に映る光景が、起きていることが、自分の見識の狭さを思い知らせる。
誰もが気づき始めた――動いていると。
勇者達は嘘だろ……と零した。驚愕の眼を見開いた。
「ヨンジュウハチ」
嫌悪の表情を浮かべた。
「チックショォオオオオ!!」
それでもカウントが止むことはない。悔しがる鬼。動きながらも終わりが近いことを告げる――徐々にすり足で移動する不吉なものは。
動いているがそれは後ろではない。
攻撃の嵐の中に自ら身を預けるように、攻撃を自ら喰らいに行くように、
前に前に、ジリジリと、まざまざと、
絶望を見せつけるように徐々徐々に前進している。
鬼の体がその圧力に負けひきづられるように後退をしていく。
「ゴジュウ――」
鬼は残り十秒になるカウントを聞き動きをピタリとやめた。
「何をしているのッ!」「なんだ!?」
獣から距離をあけ後ろに飛びのいた。別に諦めたわけではない。バックステップで獣から距離を確保した。その意図に気づけた者は魔法使いだけだった。
「ナニ……アレは」「なんだ……よ」
——この波動は……!?
他の魔法使いと合わせる様にミカは急いで空を見上げる。
異常な動きを見せている。異様な光景を見せている。
——何アレは……!
マナが急速に空に集まりだし、鬼の背後の黒い空が赤く染まっている。
「全員――」
指揮官はこれはマズイと慌てて声を荒げる。
「魔法障壁・防壁を展開してぇえええええ!」
鬼の魔力が増大していくのを感知した。
幾重にも上空に赤い魔方陣が連なっていく。
最後の悪足掻きではなく、これは鬼にとっては想定の範囲の事態。
——なんとか間に合ったわ……。
だからこそこの一分間ヤツが自分だけを見るように攻撃に集中していた。
「これで最後よ、」
鬼は、その間に着々と準備は進めていた。
鬼の異能は《超再生》という能力だけではない――
《魔法》も鬼は使えたのだ。
「ちゃんと受けてよね」
だからこそ、最大最強、持てる力を余すことなくつぎ込んだ一撃を放つことを覚悟していた。この『最強』の敵を倒すためには。自分の全てを使い切ることを決心していた。
「ゴジュウサン」
決意を固めている鬼を無視するように不吉は無機質に鬼に近づいてカウントを続けていく。その姿を見て鬼は安堵する。
——上等よ……。
ヤツが本気を出したら避けられてしまうだろうことは懸念していた。もし、この一撃を万が一避けられようものならたまったものでない。
——ここで決めるッ!
最強最大であるが故に時間がかかる。だからこそ拳に力が入る。
戦闘中に発動までの十秒という時間の確保は容易ではない。それをたやすく与えてくれる相手に感謝を込めた、必殺の一撃を撃ち込む準備を万全に整える。
そこに一歩一歩ゆっくりと獣がカウントして近づいて来てくれている。
「ゴジュウシ」
未だに鬼の魔力は底なしに増幅を続けている。
「なんて魔力よ、」
勇者達は障壁を展開したが直撃すれば防ぎきれるかもわからない。空全体が色を変える程に溜められた力の収束。空に描き出される巨大な赤い魔方陣。
「ケタが違う――」
ミカが感じ取ったのは軽く駒沢など消し飛ぶほどの魔力という力。
「ゴジュウゴ――」
鬼の底力に驚愕するミカクロスフォードと別にただ数字をカウントしていく強。
強には能力がないが故にその魔法がどれほどの威力か測るすべもない。駒沢が消し飛ぼうが知ったことではない。眼前には遠く空まで連なる魔方陣も映っている。
それでも恐怖も迷いも何もない。
やることは受けて立つだけだったから。
「お別れよ、おバカさん」
鬼は右腕を引き絞り魔方陣と直線状に強を配置する。
「ゴジュウロク――」
全身全霊を込めた一撃の準備を淡々と整えていく。空に展開された魔方陣がまるでジェット機のエンジンの様に力をつけ回転していく。魔法陣と魔方陣の間に凝縮されたエネルギーが展開されていく。
空の色がその激しい回転する魔方陣で赤く染まっていく――
鬼の魔力を糧に回転を始める大きくな魔法陣という歯車。
「消し飛べぇえええええ!」
「ゴジュウハチ――」
「全員衝撃に備えて!!」
鬼の叫びが、不吉なカウントが、ミカの号令が飛びかう。
「
鬼の振り下ろされる雷の様な拳に呼応するように魔方陣が眩い光を放つ。魔法陣から魔法陣へと魔力を経由していく。それは増幅回路のように次第に光線を大きくしていく。
幾重の魔法陣から解き放たれたエネルギーが降り注ぎ、光は収束し拳と同化する。一直線に強を目掛けて赤い閃光を描く。
「
それは「ゴジュウキュウ――」と唱えた、
不吉という獣の弱点であり、人体の急所が詰まった頭部に
真正面から激烈に叩きこまれる。
《つづく》
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