四話

「ほう、なるほど、なかなか良い張りじゃな。私と同じくらいか?」


 美穂子に釣られ、イナリも朱華の頬をぷにぷにと触る。


 触られる朱華と言えば、為すがまま、されるがままで困り顔を白鳳に送っていた。


「いいな~、イナリちゃんも肌綺麗だし、張りがあるものね。やっぱり、神様は人とは違うな~」


「美穂子……!」


 なおも朱華の頬を突いている美穂子の手を、玉依が無造作に握った。締め上げるように、美穂子の手を上に持ち上げる。


「貴女……、美穂子とか言ったわね」


 玉依の目が怪しく輝く。


「は、はい……」


 ヤバイと思ったのだろうか。美穂子の声に緊張が奔る。


 隣では、八意と那由多が暢気にお茶を啜っていた。


「良かったら、これを使ってみて」


 そう言って、玉依は美穂子に手にクリームを塗り込んでいく。


「これって、クリーム?」


「私、デパートで化粧品の販売をしているの。若いからって、油断しちゃダメよ? 女性は、年齢に関係なく、美を磨き続ける努力が必要なのよ」


「ですよね! 私もそう思います!」


「美穂子ちゃん、良かったら私の所に来て、安く卸して上げるわよ」


 そう言って、玉依は美穂子に名刺を渡す。


「典晶! みてみて! 神様から名刺もらっちゃった!」


「…………」


「まともに取り合うだけ、無駄だな」


 文也が呟くが、全くその通りだった。


 心配するだけ、こちらが馬鹿を見る。ここ数週間で、身に染みていることだったが、やはりまだ慣れない。ちょっとしたことでも、最悪の事態を想像してしまう。それは、典晶にとって長所であると同時に、短所でもあった。


 何事も考えすぎてしまう。毎日、こんなにも考え込んでいたら、典晶の神経がすり減ってしまうだろう。


「で、白鳳さんの用事というのは」


 美穂子と玉依の話が一段落したのを見計らい、那由多が場を仕切った。


「その朱華ちゃんの事ですか?」


 那由多が視線を向けると、朱華はスッと白鳳の後ろへ隠れてしまう。


「典晶君と似ているような気配がするけど、少し違う。もっと、人に近いような気配がしますね」


「そうじゃの」


「私もそう思っていた。典晶とは違い、より人間の匂いが濃い。それに、力も強い。白鳳も、それなりの力を持っているな」


 イナリがスンスンと鼻を鳴らす。


「へぇ、白鳳さんは、力があるのか」


「凄いわね、白鳳さん」


 幼馴染み二人がこちらを見る。視線が痛い。


 土御門家に生まれ、代々、神や妖の力を受け継いできた典晶だが、一切の力がない。確かに、それで不自由はしていないが、この状況に置かれると、力がないのがなんだか悪いように感じてしまう。


「確かに、この子の問題でもあるんだ……。この子を、救って欲しい」


「救って欲しい?」


 典晶は朱華を見る。


 可愛らしい顔立ち。しかし、その顔色は青白かった。元々、そんな顔色かと思ったが、白鳳の言葉からすると、違うようだ。


「那由多、見てやれ」


「俺は医者じゃねーよ」


 そう言いながらも、那由多は立ち上がると、朱華の前に片膝を突いた。


「普段はどんな感じなの?」


 頬を触りながら、那由多は玉依を見る。玉依は肩をすくめる。


「分からない。私、あまり育児に関わって無くて」


 あっけらかんと言い放つが、とても笑える冗談ではない。


「育児放棄なんだ、こいつ。卵を産んで、そのままドロン。托卵された俺が世話をしている」


「育児放棄? 卵? 托卵?」


 これには、那由多も理解が追いつかないようだ。後ろで見ている典晶達は、全く話が見えてこない。


「八意、どういうことだ?」


 率直に、イナリが八意に尋ねる。


「儂もよく分からんが、玉依が生んだ卵を、白鳳に任せたのだろう。白鳳は一人で育てているようだが、恐らく、そこで問題が起きたのではないか?」


「流石、八意ね! 数行で的確な説明をありがとう!」


 玉依は、胸の前で手を合わせて微笑む。


 歌蝶とも宇迦とも違う、別の意味で掴み所のない女性だ。


「大分弱ってるな。見たところ、病気とかじゃ無くて、栄養失調に近いか?」


 朱華の手を取り、那由多は白鳳を見上げる。


「そうなんだ。朱華は、俺たち人間の食べ物じゃエネルギーを摂取できないみたいなんだ」


「なるほど……。それを探しに来たと」


「そうなのよ。その食べ物が」


「宝魂石か」


 イナリが言い放つ。


「そう! イナリちゃんも流石ね!」


「儂も宝魂石で力を手に入れたからな」


「イナリは、元々神の純血じゃから、宝魂石は力を手に入れるため。完全な人と神のハーフである朱華は、力をつけ成長すれば人の食べ物でも必要な栄養とエネルギーを摂取できるが、まだ子供の時は宝魂石が必要か。本来、玉依の乳が宝魂石の代わりになり、育つはずなのだがな」


 典晶達の視線は、自然と玉依のふくよかな胸に注がれる。


「ん~、それが、私、おっぱいでないのよね。ね、白鳳君?」


「そうそう、こいつ、おっぱいの出が悪くて。形も大きさも申し分ないんだけど……って、知らねーよそんなの! 俺がお前の胸を弄っていると思われるじゃねーか!」


「なんじゃ、お主達。まさか、まぐわってないのか?」


「ま、まぐ……」


 文也が玉依を見て、唾を飲み込む。美穂子は少し頬を朱色に染め、視線を外した。


「そうなのよ、八意! 白鳳君ったら、童貞で子持ちなの! まるで、マリアちゃんじゃない? 男バージョンの、童貞受胎!」


「おい! いらないことを言うなよ!」


 白鳳が拳を振り下ろすが、ヒョイッと玉依はその拳を躱す。


「おい、玉依。お遊びも常識の範囲内でな。それで、俺たちにどうしろっていうんだ?」


「那由多、宝魂石をありったけ取ってきてよ」


「帰れ!」


 間髪入れずに那由多が応えた。

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