七章 神々の世界

一話

 東の空が白み始めた頃、典晶達は高天原商店街へ来ていた。

 早朝の高天原商店街は、冷たく深い霧に包まれており、空気は清浄で澄み渡っていた。朝日を受けた霧が輝き、寂れた商店街が幻想的な光景へと変化していた。

「遅かったな!」

 アマノイワドの前に立つ文也を見て、典晶と那由多は口をポカンと開けた。

「……お前、その恰好、何?」

 文也は巨大なリュックサックにトレッキングブーツ、サングラスに革製のテンガロンハット。腰には大振りのナイフと鞭が丸めてある。

「何って、お前達こそ何だ! 自然を舐めているな! 那由多さんも、そんな軽装でどうなっても知りませんよ!」

 胸を張る文也とは対称的に、典晶はTシャツにジーンズといった軽装だ。那由多の方も、Tシャツにカーゴパンツだ。文也と違い、典晶と那由多は近所にちょっと買い物へ、そんな服装だった。

「……確かに、向かう先は危険な場所だけどさ」

「これだけの装備があれば、何が出てきたって問題ありませんよ。熊が出ようが、虎が出ようが、問題ナッシング!」

「熊や虎なら可愛いもんだ。ドラゴンが出たら、ちょっと厄介だな」

 ポツリと呟いた那由多の言葉に、文也は「えっ?」と、聞き返すが、那由多は「何でもない」と言って歩き出す。

「あれ? 今、那由多さん、ドラゴンとか何とかって言わなかった?」

「俺たちの聞き間違いじゃなければな」

「え? 日本の森にドラゴンっているのか? いないだろう? 普通」

「それを言うなら、虎もいねーだろうな、日本には。常世の森が日本、と言うか、地球上にあるのかも定かじゃないし」

「………」

 文也は腰に差してあるナイフを確認するように右手を添えた。

「心細いな」

「人間はライフルを持ってライオンと対等だっけ? ドラゴン相手にナイフと鞭じゃ、少し分が悪そうだな」

 重装備の文也を見て、典晶は呆れたような笑みを浮かべる。

「ロケットランチャーを持ってても、勝てやしねーだろう! 多分、見たこともないけど。ゲームじゃ、終盤の敵だからな……」

「大丈夫だよ、文也君。君たちは、俺が守るから。気楽に行こうよ」

 早朝と言う事もあってか、高天原商店街は死んだように静まりかえっていた。

「那由多さん、神様も寝るんですか?」

 素朴な疑問だった。

「もちろん。アイツ等の体の構造的に、睡眠が必要なのかどうかは疑問だけどな。俺の知ってる奴等は、大半が睡眠を取るな。時間はまちまちだけど。歌蝶さんやイナリちゃんだって、睡眠を取っていただろう? 神と言っても、意外に俗っぽいんだよ」

「俗っぽいか。凄く納得します」

 典晶は文也と顔を見合わせると頷いた。

「那由多さん、常世の森は何処にあるんですか?」

 重いのだろう。十数メートルしか歩いていないのに、文也の息は切れかかっていた。

「この道を少し先に行くと、根之堅州國へ通じる道がある。そこを右に折れて東に小一時間ほど進む。そうすると常世の森が見えてくる。途中、世界を二つ三つ跨ぐから。出入り口が変わってなければ、昼前には着くはずだよ」

「世界を」

「跨ぐ?」

 典晶と文也は小首を傾げた。

 世界を跨ぐ。それは、一体どういう意味だろう。文字通りの意味だとしたら、その世界というのは余程小さいのだろうか。

「おめーらで言う所の別の世界って事だ!」

 ガハハハと、早朝の高天原に場違いな笑い声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、そこには『萌子LOVE』のハチマキをした素戔嗚が立っていた。

「分かりやすく説明すると、幾つか別の神が住む世界を通り抜けていくって事だ! 常世の森に行くには、ゼウスの爺達の塒であるオリュンポスを抜けて、更に天使達の住まうエデンを抜ける。常世の森は、エデンの森と繋がっていやがる」

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