34:おそろいの贈り物

 家ではその夜に小さなパーティーをした。昨夜のうちに花乃と紫乃が力をあわせて挑んだ2段重ねの豪華なケーキにろうそくを灯し、シャンメリーで乾杯したあと、両親から毎年恒例のプレゼントを受けとる。去年もらったお揃いのスマホは今もお揃いのまま健在だった。今年は大きいなあとうきうきしながら花乃がリボンを解き、佳乃はそれを横から見つめる。18年間変わることなく『お揃い』のものなので、片方を見れば充分なのだった。

 箱の中から掴んだ柔らかなものを目の前に一気に広げて、花乃はわっと歓声を上げた。

「かあわいい~! すごいすごい、綺麗なお洋服ー!」

「うわ何この高そうなの! ま、まさかあたしのもこれと一緒なの? うそでしょ?」

 慌てて開けた佳乃の箱からも、全く同じデザインの服が飛び出した。フォーマルドレスと言っても過言ではないような繊細な作りのそれは、花乃のものは限りなく白に近い桃色、佳乃のものは透き通る水の色をしていた。大きく開いた襟ぐりに慄く佳乃や、幾重にも重なるレースのチュールスカートに大喜びする花乃を、芳彦と紫乃は微笑ましげに見つめる。

「わーロングスリーブのボレロついてる。ねえねえ、着てみてよ佳乃ちゃん!」

「やだよ、あたしには似合わないってば! いつも雑貨とか電化製品だったのに、なんで今年に限っていきなり服なの?」

 色めきたつ双子に芳彦は笑った。

「今年は誕生日のプレゼントも兼ねてね。二人とももう18だろう? 紫乃さんと相談して、一着はこういうものを持たせていい頃かと思ってね。今すぐ出番はなくても、大学の謝恩会や、友達の結婚式には着られるし」

「そうそう、勝負服にもなるし」

 にやにやと笑いながら母親が付けたした言葉に、双子と芳彦は口を開けて絶句した。

「しょ……勝負服って、紫乃さん」

「あら、どう見たってこの二人じゃ色気勝負は無理でしょ? なら可憐さで迫るしかないじゃない」

「せ、迫るって」

「ハイ落ちついて芳彦さん。この子たちももうそういうお年頃なんです、ちゃんと現実を見つめてあげなきゃ。ねえ、佳乃? なんだかそっちの薬指がまぶしいわねえ、佳乃?」

「! ――な、なんであたしに振るのよっ! こここれは別に」

 茹でたタコのように真っ赤になって左手を背中に隠した佳乃を見て、母親は高らかに笑い、父親は呆然とした青い顔で固まる。そんなやりとりを笑って見ながら、花乃は手にした柔らかな布地に意識を凝らした。

 どことなく、今日ほのかが着ていたドレスにも似ているような気がした。彼女のものは灰色がかった鈍い薔薇色で、もっとスタイルを前面に押し出すデザインをしていたけれど。

(これ着たら、ちょっとは大人っぽく見えるかな……ほのかさん、綺麗だったな)

 花乃は人と服をうまく合わせる目を持つが、ほのかはどんなタイプの衣類も着こなすことができるタイプに見えた。今日の装いは華奢で儚げな印象だったが、背が高くメリハリのある肢体は衣服を選ばず、自信に溢れた身のこなしがどんなものでも征服してしまう。見る目はあっても自分自身が相当衣服に選ばれるタイプの花乃にとっては、羨ましいことこの上ない。

(あんなふうには……やっぱり、わたしじゃ無理かなあ)

 うきうきした気分は急にしぼんでしまい、部屋に戻ったあとも花乃は寝るまでかがみとにらめっこをしていたが、結局もらったドレスを着ることができなかった。ベッドの中にもぐっても、楽しかったはずの映画の記憶よりも鮮やかに甦ってくるのは、英秋とほのかの面影だった。

「……メリークリスマスって、センセイに言えなかった」




「なんであんなことを言った」

「ええ?」

 昨日1日何故か――いや、いつものようにほとんど口もきかずにいた英秋がふいに口を開き、ほのかはまだかすかに濡れた髪をかきあげて振り向いた。「なあに? 何の話」

 ほのかがシャワールームにいる間にさっさと着替えたらしい英秋は、ベッドの上に腰掛けて煙草をくわえていた。あちこちに乱れたまま直そうともしていない髪を呆れた顔でなでつける恋人に、英秋は抑揚の少ない声で先を紡いだ。「昨日会った生徒にだよ」

「ああ、生徒に手を出すって言ったこと? 冗談のつもりだったのに」

 おかしそうに笑うほのかを睨んで、英秋は短くなった煙草を灰皿に擦り付けた。

「アイツらは真に受けるタチなんだ、変なことを言って噂にでもなったらどうするんだ」

「ふふ、さすが有名進学校だけあるわね、生徒さんもかわいいったら」

 甘い毒と形容するにふさわしい唇を歪ませる。「私、ああいう子を見ると突付きたくなっちゃうのよね。何も知らないような顔をして、その実、ああいうのが一番抜け目なかったりするの」

 英秋は立ち上がり、椅子にかけられていたカシミアのコートをほのかに投げた。

「お前がそれを言うとはな」

「ふふ、あなたがそれを指摘するなんてね。おかしな人、教師みたいだわ」

 あっさりとコートをはおり、玄関に向かうほのかに、英秋は感情のこもらない声で言った。

「心配しなくても、離れられないことはお前が一番よく知ってるだろう」

 くるりと身体ごと振りかえったほのかは、誰をも魅了する傾国の微笑を浮かべていた。

「もちろんよ。だって、5年前からあなたは私のものだもの」

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