修学旅行・7日目<新幹線>
(本気、なの、あいつ。本気で、あ、あたしのこと……いや、まさか!)
新幹線の窓際で頬杖を付きながら、佳乃は一人で物思いに沈んでいた。いくら考えてもわかりそうにない、それはあまりにも信じがたいことだった。
(大体、何であたしなの? アイツはもてるし、あたしとは不毛な喧嘩しかしていない。それに、あたしはアイツのこと何にも知らないのに……ずるいよ、もうわかんない……)
あの、人を見透かすような深い色の目で、いつから自分をそんな風に見ていたのだろうと思うと居たたまれなくなった。今まであの皮肉を聞くたびに、バカにされているとしか思えなかったからこそ散々な言い合いをしたり開き直ったりできたのだ。
だが、知ってしまったからには、今まで通りに振る舞うことなど不可能に違いないと佳乃は思っていた。どうしたってぎこちなくなるし、決して以前と同じ関係には戻れない――今朝の忍のように。
(あたしにどうしろって言うのよ……)
「よーしのっ、千歌たちが一緒におやつ食べないかって。行かない?」
別の車両へ行っていた夕子が呼びに戻ってきたが、到底行く気にはなれず佳乃は首を振った。
「いい。あたしここにいるから、夕子だけで行って来なよ」
「ふうん? ……わかった。じゃ、あとでね」
夕子は手を振り、去り際一度振り返ってにやりとほくそ笑んで消えていった。
(なんだ、いまの顔……やな予感)
つきあいが長くなってきた分、夕子の不穏な顔つきは佳乃にも予測できるようになっていた。けれど早々にこの場を逃げ出していなかったことが、まさか直後の後悔につながるとは、さすがに考えつかなかった。
頬杖を付いたまま緩やかに揺られているうちに、いつの間にかうとうとしていたらしい。
ふと隣に人の気配を感じて、佳乃は目を開けた。早かったのね夕子、と口の中でもごもご言いながら振り返った瞬間、巡り始めたはずの思考回路が突如ショートした。頬杖を付いていた手が滑り、後頭部を思いきり窓に打ち付けた。目の前に、鮮やかに星が散る。
「い……っタ――!」
「何してるんですか。鈍くさい人ですね、あなたも」
佳乃が頭を手で抱え涙目で見上げたのは、心底会いたくなかった人物――さっきまで佳乃の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱した挙句、とどめにショートまでさせてくれた――神崎拓也だった。
「帰ってよ」
佳乃は必死の形相で抵抗した。「アンタの顔なんて死ぬまで見たくない。帰って」
拓也は眉根を寄せて、弱ったような顔で佳乃を見下ろした。
「困りましたね。松井さんに、あなたが呼んでるからと言われて来たんですが」
(夕子のヤツ――ッ!!! 嫌がらせだ、絶対嫌がらせだ!)
佳乃は心の中で絶叫し、さっきの夕子の気味の悪い笑みを思い出して歯ぎしりした。普段の愛想だけはいいくせに、無下にされた仕返しは必ずやってのける、仕置き人のような友人だった。
佳乃はとにかく無視をし通すことに決めた。平静を装い窓の方を向いて黙りこくっていればきっと拓也もあきらめて帰るだろうと目していた。
だが、その見通しはまたもや甘かった。拓也は昨夜の如く、佳乃の隣に遠慮なく座り込んだのだった。
佳乃は仰天し、人目を忘れて大声を上げた。
「なんで勝手に座るのよ、そこはアンタの席じゃないわ!」
「松井さんの了承は得ています」
「夕子が許してもあたしが許さないのよ、近寄らないでっ!」
床に置いていたカバンを抱き上げて、窓に背中をへばりつけながらも気丈に睨んでくる佳乃を見て、拓也は小さなため息を付きながら呟いた。
「とことん嫌われてしまいましたね」
「――当然でしょ」
本人は鬼のような形相で相手を威嚇しているつもりなのだが、どうも弱気が表に出てしまったらしく、細い眉が不安定に歪んだ形やかみしめられて白っぽくなった桃色の唇は、恐ろしいというよりはむしろ可哀想といった印象を強くもたらした。視力があまりよろしくないせいで、それを見た拓也の目と手が一瞬不自然に宙を泳いだことにも気付かない。突然自分の胸を突き上げた想いに動揺した拓也が、今にも勝手に佳乃に触れそうになる手を必死で押し込めていることなど、気付くはずがなかった。
「怖がらないでください……もう、あんなことはしません」
拓也も、昨今の自分には理性が足りなかったと自覚しているのだった。実際昨日は佳乃と逆で全く寝られず、目が微かに赤くなっていた。これ以上何かすれば絶交どころか殺されかねないという言葉で何とか感情を押しとどめているものの、逃げる小動物を追いつめたいという意識に駆られてしまうあたり、自分がいかに疲れているかよく解っていた。
そんな拓也の気も知らず、佳乃はその言葉で少しだけ気を緩めて拓也を見返した。今更ながらに赤くなってくる顔が見えないように、カバンに顔を押しつけてぼそっと呟いた。
「そこにいるのは許してあげる。でも、今度何かしたら、承知しないからね……」
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