第11話教団
「――来たか」
「おっす」
翌日の早朝、俺は約束通りヘパイストスの神殿を訪れていた。
学校はサボっている。
サラにも休むように言っておいた。
俺がいない間に危険な目に遭わされても困るからね。
「覚悟は出来てんのか?」
「そんな気負うことでもないよ。気楽にしてていいから」
俺はヘパイストスの背中を叩く。
火傷した、あちぃ。
「じゃ、行こう」
「……ああ」
ヘパイストスとともに、俺は歩き出した。
早朝の街は少し涼しく、人の通りも少ない。
ヘパイストスと何かを話していても、おかしな人間扱いはされなさそうだけど、俺たちは終始無言だった。
そのときが来ると、ヘパイストスは大きく深呼吸してから、重い口を開く。
「……ついたぞ、ここが――――お前の神殿だ」
古く、ところどころひび割れが見えるが、確かにヘパイストスのと同じ造りの神殿が、そこにはあった。
俺は重い雰囲気に思わず頭を掻くと、頬を叩いて再び歩き出す。
神殿の扉は、木の軋む音とともに開いた。
中は少し埃っぽく、人があまり来てない事が分かる。
「人間も薄情だねぇ。ヘパイストスのとこには早朝だって通い詰める人がいるのに」
「よく言うぜ。テメェのせいで人が来てねぇんだからよ」
「はは! そうだった」
俺は神殿の中を進み、奥の台座にたどり着く。
そこには、花や少量の食料が置かれており、少なくとも人の入りがあることが分かった。
「こんなアホ神のところにも、来てくれる人はいるのか……」
少し照れくさくて、俺は頬を掻いた。
でも、今は用事を済ませよう。
俺は神殿の中心に移動すると、手を地にかざした。
「〈
◆◆◆
すべてが終わり、俺は変わらずに神殿の中心に立っていた。
「……おい」
「――――大丈夫、俺は俺だよ」
沈黙に耐え切れず声をかけてきたヘパイストスに、俺は振り返りながら答えた。
何も変わらない。
分かっていたことだけど、ホッとした。
「戻ろう」
ヘパイストスの肩を叩き、俺は神殿の出入り口に向かう。
神殿から出るとき、前から一人の老人が歩いてくるのが見えた。
「おや、こんな時間に人に会ったのは初めてじゃの」
「おはよう、おじいさん。どうしたの? こんな寂れた神殿に」
「どうもこうも、儂はここの信者じゃなからのう」
そう言って、おじいさんは手に持った酒を見せてきた。
俺は少し驚きながらも、身体をずらして道を譲る。
「ありがとさん。いやぁ……最近はここまで来るのも一苦労じゃ」
「……もういいんじゃない? 他に近いところに神様がいるならさ、そっちへ行きなよ」
「そうじゃのぉ、ヘパイストス様の神殿が一番近いんじゃが――――」
おじいさんは苦笑しながら、続けた。
「儂は昔からここの信者なんじゃよ。例え、ここの神様が
「……そうか」
「そうなんじゃよ」
苦笑ではない笑顔になったおじいさんは、そのまま真っ直ぐ台座の方へ向かう。
おじいさんに当たらぬよう歩いてきたヘパイストスは、俺の横につくと「行くぞ」と一言声を出し、外へ出た。
俺もそれに続く。
「――いい信者がいるじゃねぇか」
「そうだね……ちょっと感動した」
すでに人の喧騒が大きくなってきた街を、俺たちは歩く。
「でも、あのおじいさんには悪いことした――いや、してるね」
「どうしようもねぇことだ。あんま気に病むなよ」
「はっ! 気持ち悪いな、やけに優しいじゃん」
俺はヘパイストスを小突く。
げんこつを落とされた、いてぇ。
「人事じゃねぇからな……俺たちも」
「……」
俺は黙りこみ、足元の小石を蹴り飛ばした。
しんみりした空気は好きじゃない。
どっかで気持ちを切り替えないとね。
「ま、これで俺も安心――――――ッ!?」
「っ! スピルト!」
それは突然のことだった。
路地から伸びた腕が、俺の身体に絡みつく。
そのまま猛烈な勢いで引き寄せられると、何者かに抱えられて路地の中に引きずり込まれた。
「何だお前――――」
何とか首を倒して犯人を確認すると、信じられない物が目に映った。
やけにガタイのいい男だとか、そういう部分じゃない。
黒い……髑髏の紋章――――。
「ちく……しょぉ!」
手のひらのヘパイストスの紋章に、魔力を流し込む。
溢れだした炎は爆発的に広がり、俺たちを包み込んだ。
「うおっ!」
俺を抱えていた男は、炎から逃れるために路地の奥の方へ跳ぶ。
その際に落とされた俺は、地面に顔面を打って悶絶した。
「うぐ……いてぇな。げっ、制服焦げてやがる!」
「おい! スピルト!」
「来るな! ヘパイストス! こいつらの狙いは――――」
離れた位置で、さっきの男が手を挙げる。
すると屋根の上に影が現れ、落ちてきた。
俺たちを挟みこむように現れたのは、男と同じく髑髏の紋章が刻まれたローブを着た連中。
「――お前だって……言おうとしたんだけどな」
「遅ぇよ、タコ」
俺とヘパイストスは背中合わせになり、連中と向き合う。
「ひひっ、神様! 追い詰めた! 追い詰めたよ!」
声に反応して目を細めると、奥の大男の横に、小柄な女が立っているのが見えた。
「剛鬼! 人間! 何か一人多いよ! ひひっ!」
「魔鬼、うるさい……」
この距離じゃ紋章の有無は見えないけど、あの女もおそらくこいつらの仲間だろう。
そして、こいつらの正体はだいたい分かっている。
黒い髑髏の紋章、それは――――。
「邪神教団……!」
かつて巻き起こった神と神の戦争。
そこで滅んだはずの邪神の信者。
どの世界でも悪とされ、信仰する者は等しく断罪された。
いつしか消えてなくなり、この時代を生きている人じゃ、知っている人が数人いるかどうかってレベルの話になっている。
そんな、存在しないはずの団体が、俺たちを囲んでいた。
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