6-5. 帰還(6)
*
トーツの王弟による降伏宣言と謝罪があった日から六日。戦場に出ていた軍がセンリョウに
勝利を
そして通り過ぎたあとも人々はその場に留まり続け、興奮冷めやらぬ様子で、目にした軍人たちの活躍を噂し合った。
それから間もなく、城の尖塔に備えられた鐘が鳴り響く。それは軍が城の前に整列し、王に帰還の宣言をしたことを告げるものだった。
一連の様子を一歩引いた位置から見守っていたショウは、小さくため息をついた。
凱旋パレードで確認できたのは軍の黄土色の制服のみ。そこにユウキが行動を共にしているだろう遊離隊らしき姿はなかった。
「……どうする? もう少し待つか?」
すぐ隣に声をかけるも、そこにいたセリナはじっと通りを見据えたままだ。
ユウキが無事であることはショウも聞き知っていた。タイミングが合わず声を聞くことこそできなかったが、エイゴからその旨報告を受けている。
だがそれと心配しないこととは別だ。何せショウはもうユウキと何ヶ月も顔を合わせていない。早く元気な姿を見たいと思うのは当然のことだった。
「戻ろう、セリナ。直接、宿のほうに行ってるかもしれない」
「えぇ……そうね」
ショウが
大通りを離れるとあっという間に人通りが減った。それでも普段より多くの人が行き交っている。
そして何気なく見ていた通りの先。そこに、路地から小柄な人影が飛び出す。その人影はきょろきょろと辺りを見回し、そしてこちらを見て動きを止めた。
「「ユウキ!」」
思わず上げた声がセリナのそれと重なった。
通りの先の人影。それこそ、ショウたちが探し求めていた姿だった。以前よりわずかばかりほっそりとした印象はあるものの、顔色は悪くなく、ショウはそっと胸をなでおろす。
「ユウキ、よかった。無事だった――」
「ショウ!」
ユウキはまっすぐショウに向かって駆け出した。ショウは驚くと同時に気持ちが沸き立つ。
五メートル、三メートルとあっという間に距離は詰まり、そのまま胸に飛び込んでくるかに思えたユウキはしかし、ショウの元にたどり着く前に手をつき出し、気づけばショウの胸元の服を掴んでいた。
「え」
「ショウ、ごめん!」
目の前でピタリと足を止めたユウキの第一声は謝罪。ショウは混乱する。
思っていた状況とは明らかに違った。けれど、ギュッと握られた手がすがるようでショウはまたドキリとする。それをごまかすように、ユウキを抱き止めようとして持て余していた両手をそっとユウキの肩にそえた。
よくよく見れば、ユウキは自分よりよほど混乱している。ショウは何か不測の事態でも生じたのかと眉を顰めつつ、ユウキの言葉を待った。
「私……風捕りと会ったの。一緒に行動もした。それなのにリョッカのこと聞かずに別れちゃって。みんな特殊能力部隊の人だから、城に戻ってしまって――」
ユウキの視線が落ち着かなげに動く。
そんな緊張気味のユウキとは対照的に、ショウの肩からは力が抜けた。そしてふっと喜びが込み上げる。必死な様子のユウキが可愛らしかった。
「あの、ホントにごめん。ショウずっと探して――」
「ユウキ」
「う、うん。な、何?」
「おかえり」
微笑んでそう言えば、ユウキが驚いた顔を浮かべ、すぐに破顔する。
「――ただいま」
そこでようやく、はらはらと成り行きを見守っていたセリナが割って入る。
「ユウキ! もう心配してたのよっ」
セリナはユウキの背中に飛びつき、ぎゅっと抱き締めた。ユウキもまた身体をくるりと反転させ、正面からセリナを抱き締め返す。
「よく頑張ったわね」
「うん。うん、ありがとう、セリナ」
ユウキの目から涙がこぼれる。
ずっと一人だったのだ。いくら味方がいるといっても、付き合いが短く、何がきっかけで手のひらを返すかわからないスイセイでは心休まらなかっただろう。今、ようやくユウキは安心できる場所に帰ってきた。
しばらくの間、ショウは黙って抱き合う二人を見守った。
やがて何とか落ち着いた様子のユウキが顔を上げる。ユウキはショウとセリナの顔を順に見て、小さく頭を下げた。
「ショウ、セリナ。二人とも、本当にありがとう。二人のおかげで、戦争を終わらせられた」
「何言ってんの。頑張ったのはユウキでしょ。胸を張りなさい」
「そうだよ。まさかユウキが戦場に……敵陣にまで行くとは思わなかった。――怪我はないんだよな?」
「うん。ずっとスイセイかトウマが側にいてくれたから。それより、さっきの話だけど」
ユウキはどうにもリョッカについて聞けなかったことが引っかかっているようだ。けれど今となってはそれも些細なことだ。
そもそもの風捕りの立場自体に問題があったのだから、その解決への道筋をつけられたことが何より重要で、リョッカを探すという当初の目的は二の次になってしまっても当然だった。
もちろんリョッカと再会して過去のことを謝りたいという気持ちは変わっていない。けれどそれはいつかでいい。もしリョッカが生きているなら、機会はこれからいくらでもあるだろう。
「大丈夫だよ。もうすぐ自由に風捕りに会えるようになるから」
「え、それって……ナダが約束を守った……の?」
やはりユウキもナダが約束を反故にする可能性は高いと考えていたのだろう。信じがたいといった表情でそう言った。
「あぁ。まず、国民が落ち着きを取り戻したためって理由をつけて、箝口令が解除された。それから里の監視をしていた部隊も引き上げを開始したって聞いてる。あとは今日戻ってきた風捕りたちがどうするか、だな。住むところも仕事も奪われてたわけだから、解放するからあとは勝手にしろ、ってわけにはいかないし」
何の手も打たなければ、おそらくユウキの予想通り、ナダは約束などなかったことにしていただろう。だからショウやアキトが動いた。
ショウはナダに約束を守らせることはもちろん、無責任な形で終わらせないために、ナダの退路を塞ぐことに心血を注いだ。
「すごい。そんなところまで考えて……」
「その辺はショウが頑張ったのよ。何だっけ、臨時書記官とかいう役職もらってね」
「ちょ、セリナっ」
セリナが茶化すように口を挟み、ショウは焦る。
ショウとしてはあまり知られたくない話だった。なにせ臨時書記官というものは、ごっそりと賄賂が送られてくるような恐ろしい役職だったのだ。その対応にかなりの時間が取られたことは嫌な思い出でしかない。
ユウキがきょとんとした含みのない目でショウを見た。
「臨時書記官? 聞いたことないけどそれって――」
「あー、それより、ユウキ、疲れただろ? とりあえずケッキさんの宿屋に行こうぜ」
ショウはユウキの腕を掴んで、やや強引に歩き出した。そして忘れずに後ろのセリナを一睨みする。
だが、それで怯むようなセリナではなかった。セリナはぺろりと舌を出して見せ、それから機嫌よくショウと反対側のユウキの隣に並ぶ。
とてもセリナには敵わない。ショウは諦めの息をつくしかなかった。
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